1. 松本隆のうつくしい言葉の世界観。KinKi Kids『スワンソング』尽きる瞬間の描きかた

松本隆のうつくしい言葉の世界観。KinKi Kids『スワンソング』尽きる瞬間の描きかた

KinKi Kidsは様々な著名アーティストや作詞家・作曲家などに提供を受けてきた。その中でも今回はデビュー曲『硝子の少年』ほか多数の名曲を手掛けてきた松本隆について取り上げたい。

2016年7月11日

Column

祈焔




KinKi Kidsは様々な著名アーティストや作詞家・作曲家などに提供を受けてきた。その中でも今回はデビュー曲『硝子の少年』ほか多数の名曲を手掛けてきた松本隆について取り上げたい

松本隆といえば、ジャニーズの先輩では近藤真彦『スニーカーぶる~す』をはじめ、多数のアーティストの楽曲や、最近でもアニメ「マクロスF」挿入歌『星間飛行』などのヒットを出しており、ジャンル・時代を問わず活躍する作詞家である。KinKi Kidsの楽曲は、他のジャニーズのグループと比較してみても一際「日本語の美しさ」を感じることが多い。その理由のひとつに、松本のような作詞家が提供する楽曲の多さが関係しているだろう。松本の詞は歌というよりも、物語を読んでいる感覚に近いものがある。

そんな中で、松本がKinKi Kidsに直近のシングル曲として提供したのが、2009年にリリースされた『スワンソング』だ。


――――
青空に目を伏せて
ぼくは船に乗り込む
桟橋を走ってる
君の髪 雪崩れて
死にゆく鳥が綺麗な声で
歌うように波が泣いた
――――



堂本剛の歌い出すサビから、非常にドラマティックなイントロと共にこの曲は始まる。特に印象的なフレーズ“死にゆく鳥が綺麗な声で 歌うように波が泣いた”。この詞で一旦、最初のサビが締め括られAメロへ続く間奏へ入り、最終的にこの曲を締め括るのもこのサビだ。それほどにこのフレーズが「強い力を持った言葉」であることが窺える。これは、曲名である『スワンソング』を表している部分なのだ。

スワンソングとは、「詩人・作曲家・演奏家などの生前最後の作品・曲・演奏」のことをいい、「死ぬ間際の白鳥は最も美しい声で歌う」という伝承から生まれた言葉。つまり、「最後の瞬間」を抽象的に表したとも言えるだろう。これを踏まえて、この曲の物語を感じてほしい。

――――
君の優しい白い手
海の青にも染まらず
どこでボタン間違え
未来がずれたのか
ぼくと生きた数年が
君を綺麗に変えたね
すぐ泣いた君がこんなに
冷静装う

辛いばかりだね
遠距離恋愛
楽しくないのに
続けるのは無理か
――――



一見して詞を見ていくと、遠距離恋愛だった恋人たちがその関係に終わりを告げる曲である。“辛いばかり”や“楽しくないのに”など、愛が冷めているような雰囲気を窺わせる言葉が並んでいるが、ここで注目すべきはこのくだりの最後“続けるのは無理か”だ。“無理だ”とは言っていない。どちらもある種の決め付けにはなっているが、この流れからすると、“無理だ”ならば自分からも愛が冷めていて別れを確定させる形になるが、“無理か”というのは相手にもこの結論を委ねる余白がある。

好きな時に会うことも顔を見ることも話すこともなかなか敵わない遠距離恋愛において、“辛いばかり”というのは頷ける。だが、愛が冷めたから“楽しくない”のではなく、その距離感が辛いがために“楽しくない”と表現したとすればどうか。愛が冷めたどころか、相手も辛いと思っているだろうと考え、相手を慮って別れを切り出す。むしろ、そこに愛があるからこその別れという決断であった……という物語が見えてくる。

“ボタン間違え 未来がずれた”という詞からは確かに、二人の擦れ違いを感じさせる。しかし“優しい白い手”や“君を綺麗に”からは、彼女への愛が冷めた様子は感じ取れない。この“ぼく”にとってはきっと、別れは苦渋の決断だったのだ。では、彼女にとってはどうだったのか。それは、このあとのサビに描かれている。

――――
ほんとうに終わりなの
君はコクリ頷く
桟橋の端に立ち
手を振っていたけど
潮騒の中 無声映画の
ようにひざを折って泣いた
――――



このサビで違和感を覚える人は少なくないかもしれない。急に、視点が変わったように見えるからだ。ずっと“ぼく”の視点で描かれていたと思って見ていると、“ほんとうに終わりなの”のフレーズで迷ってしまう。

“終わりなの”という疑問形から“君はコクリ頷く”の流れは、「別れを切り出された女性からの問いに対して頷いた“ぼく”=“君”」というふうに勘違いさせられる。しかし最初のサビを思い出してほしい。桟橋にいたのは“君”という彼女で、船に乗り込んだのが“ぼく”という彼だったはずだ。あくまで視点はずっと“ぼく”のまま。では“君”はなぜ、何に頷いたのか。

この場面では“終わりなの”に対する返事が略され、書かれていない。もしくは、“ぼく”は何も言わなかったのかもしれない。どちらにしろ彼女は彼の様子からその答えを読み取り、「頷くしかできなかった」ということ。納得はしていない。けれど、彼はもう決断したのだと分かってしまった。だから、彼女はコクリと頷く。桟橋の端で手を振っていたまではきっと必死で笑顔を繕っていたかもしれないが、ついにひざを折って泣き崩れてしまう。彼が“無声映画のよう”と表したのは、潮騒で泣き声は届かないほどに遠ざかっていたが、その姿ばかりは見えていたから。

彼女の愛もまた、冷めてはいなかった。これは、愛し合っているにも関わらず別れを決断する哀しい二人の物語なのだ。

この曲の最後のサビの歌詞は最初と同じだが、“ほんとうに~手を振っていたけど”の部分が手前に挿入されている。同じものを繰り返すのは、強調するということ。それは、“君”の未練であり、哀しみであり、強がりだったりするだろう。そして『スワンソング』はまた“死にゆく鳥が綺麗な声で 歌うように波が泣いた”で終わってゆく。この最後だけは“泣いた”の部分だけが溜めて歌われるのが、ひとつの愛を失くした瞬間にぽつりと落ちる涙のようで、白鳥の最期のように力強く儚い美しさを感じられる。

命が燃え尽きる瞬間の、最もうつくしい白鳥の歌声は、沈みゆく寸前に水面を震わせる強い音という波を発する。この物語中で失われたのは、二人の関係だけではなく、どこかで死にゆく白鳥の命も重なっているのである。あくまで“死にゆく鳥”は比喩ではない。“歌うように”は“波が泣いた”にかかっているのだ。


これが、日本語の文章表現における面白さでもある。さらりと読み流しているとこのようなギミックで世界観がずれて感じたりするが、深く読み込むことによって情景がより際立って見えてきたりする。この言葉のうつくしさや日本語の面白味を感じる詞が、KinKi Kidsの楽曲を魅力的に彩ってきた。それを今も昔もやってのけてしまうのが松本という作詞家なのだ。

『スワンソング』はその情感あふれるメロディーとKinKi Kidsのハーモニーとの全てが噛み合って物語が完成している。ぜひ曲を聴きながら、松本隆の書く世界に浸ってみてほしい。

TEXT:祈焔( https://twitter.com/kien_inori )

今関西の音楽シーンがアツい! 関西イチ…

CANDY GO!GO!、2ndシング…