男水の3人、UNISON SQUARE GARDENに似てね?最終回を前に主題歌「Silent Libre Mirage」で想いを振り返る

「男水」はもうご覧になっただろうか。2.5次元ミュージカルで活躍中のイケメン俳優陣が出演することで話題のドラマだ。

2017年3月10日




「男水」は2.5次元ミュージカルで活躍中のイケメン俳優陣が出演することで話題のドラマ(日本テレビ系列の深夜枠)だ。原作は「花LaLaonline」に連載中の同名漫画。2つの高校の水泳部を舞台に、3人の幼馴染みが競泳にかける真摯な姿が描かれている。2017年5月には舞台化も決まっている。

その主題歌「Silent Libre Mirage」は、UNISON SQUARE GARDENのベース・田淵智也が書き下ろした楽曲である。田淵は制作にあたり、原作を読み込んだという。



その時、彼はこう思ったかもしれない。
「これ、俺らに似てね?」

彼らのはじまりは、高校1年の時。隣のクラスだった田淵と斎藤宏介(Vo.Gt)。そこに田淵の小学校時代の同級生の鈴木貴雄(Dr)が加わって、コピーバンドの仲間になった。3人は次第に頭角を現し、2004年7月24日にUNISON SQUARE GARDENを結成。これまで一度も大衆に迎合することなく、自分たちがカッコいいと思う音楽を貫いてきた。真摯に打ち込む彼らの姿は、そのままドラマの秀平、大樹、礼央のピュアな姿と重なる。

青春のすべてを競泳に捧げる、ドラマ「男水」の3人の幼馴染み。自分たちのロックを愚直に貫くUNISON SQUARE GARDENの3人。その共通点を探りながら、主題歌「Silent Libre Mirage」をひも解いていこう。


「上がり込んで何様って…」これは自分の居場所をあらわす。男水の秀平、大樹、礼央にとっては水泳部の仲間と過ごす放課後のプールだ。あの独特の塩素の匂いが自分の中に染みついていて、そこに近づくだけで嗅覚を含む五感のすべてが刺激され、無条件にアドレナリンが出てくる。それを一種の照れ隠しで、「俺のスイッチを勝手に入れやがって、このプールは何様だよ」と皮肉る。ユニゾンの場合、居場所はもちろんライブ会場だから、「おい、この会場のアツい空気、俺をけしかけて何様だよ」となる。


続く「ピッチ」という言葉は、水泳では水をかく回数を、音楽では音の高さの度合いをあらわす。中途半端に進めてしまったので一時はピッチが不安定になってしまったが、それを仲間の手助けで乗り越えたというイメージか。チームワークを良いものだと捉えながらも、ほめたたえてなれ合うような生ぬるい関係でもない。田淵の好む、人とのほど良い距離感を表現している。


「位置について、よーい、ピッ!」と飛び込もうとする、まさにその瞬間である。いよいよはじまりだ。ライブでいえば、ちょうど幕が上がったところ。まだまだイントロダクションに過ぎないから、ここで肩に力が入りすぎちゃいけない。

派手にやるフェーズ、つまりサビに向けてこれから徐々に盛り上がっていこうぜ、という勢いを感じる。また、「にやる」「になって」「になる」の3連発と、「フェーズ」「ノイズ」の連続使用によって、実に耳あたりの良いパートに仕上がっている。


「凛として呆然 太陽が乱反射した」。八分目から九分目へ、そしていま万全の体制に整った。さあ、ここからが快進撃のはじまりだ。水の中がしーんと静まり、集中力がいよいよ高まる。レースのピッチがどんどん上がり、水を得た彼らの姿は花びらが舞うように華麗で美しい。飛び散る水しぶきに光が当たってキラキラ輝くのも、また美しい。

ライブに置き換えたら、汗のしずくにライトが当たる光景だろうか。プールであれライブ会場であれ、そこは紛れもなく自分と仲間の居場所であり、自分たちがカッコよく輝く唯一のステージだ。例え世の中がしがやみや制約ばかりであっても、ここではすべてから解き放たれて自由でいられる。そんな意味に受け取れる。一方ギミックとしては、田淵特有の言葉遊びに注目したい。

普通であれば「花びらが舞う」の比喩表現の後に「花と見間違うくらいの」とは続けない。同意フレーズの繰り返しや同じ語句(ここでは花)の連続使用は、粋な表現ではないからだ。田淵があえてこのフレーズを選んだのは、意味より音を重視した結果だと考える。常識に捉われる凡人だと、なかなかこうは振り切れない。

 
続いて、おもしろいのは、白黒つけるというフレーズだ。はっきりさせるという直接的な意味合いと、その後に続く蝶々が乱れ舞うカラフルな光景との色の対比との2つの意味をなしている。強烈な個性を持った一流の蝶々(選手たち)が、我こそが一番だと競い合う。もちろん競泳は勝負だから勝たなくちゃいけないけど、それは数字の上だけで、水から出たらレースは終了。だから何が良くて何が悪いとか、事の是非とか、正解・不正解とか、そういう哲学的な問題はおよびじゃないよ。

ひいては、外野があーだこーだ言ってロックバンドとしての正解を決めつけるなよ、と言っているように思えてならない。また、ここに登場するおなじみの田淵語もファンにはたまらないポイントだろう。「蝶々乱舞」は四字熟語っぽいけど熟語2つをくっ付けただけの造語だし、常体(だ・である調)の中にいきなり敬体(です・ます調)の「です」が出てくるし、たしかに無秩序ではある。だが、そこが田淵マジックのすごさで、強調・誇張・特別感をもった秀逸なスパイスとして見事に好意的に受け止められてしまうのだ。「歌詞なんてメロディあってのものだろ?日本語の常識とか関係ねえよ」という彼の主張が聞こえてきそうだ。

水をかくという物理的な意味と同時に、分岐点ごとにちゃんと選択をして不要なものをかき分けながら進んでいく様子をあらわしている。当てもないまま進んできたけど、なんとかいまこうして立っている。これから先に何があるのかわからないけれど、きっと今までと同じように不要なものはそぎ落とし、かき分けながら進んでいく。俺たちは変わんねえよ、と。


田淵の歌詞が記憶に残りやすいのは、あくまでも主役は歌詞ではなくメロディーだと割り切って、音の響きを優先させているから。たしかに日本語表現としては無秩序で乱暴かもしれない。それでも胸に強く響いてしまうのは、彼自身が本当に思っていることしか書かないからだと思う。

そこに一片のウソも存在しないから、人は共感できるのではないか。「Silent Libre Mirage」の2番の歌詞に出てくる「容赦ないフレーズで刺したら外野はゴミクズ」というフレーズこそ、まさに田淵の魅力そのものだ。美辞麗句を並べたり、公序良俗を説いたりしなくとも、要は心に刺さるかどうか。たかが1つのフレーズが人生を変えるかもしれない。田淵の歌詞にはそんな不思議な力がある

TEXT:藤川あさこ

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