1. ジャニーズソングではなぜ「プリンセス」が多用されるのか考えてみた

ジャニーズソングではなぜ「プリンセス」が多用されるのか考えてみた

ジャニーズグループの曲には様々な物語上のお姫様がモチーフとして登場する。

2017年4月15日

Column

祈焔


この記事の目次
  1. ・Hey!Say!JUMP 『Romeo&Juliet』
  2. ・NEWS 『KAGUYA』
  3. ・Sexy Zone中島健人『Black Cinderella』


ジャニーズグループの曲には様々な物語上のお姫様がモチーフとして登場する。恋愛ソングなどで女性をそう喩えることは他のアーティストでもさほど珍しいことではないが、今回はあえて「男性アイドル」という彼らの立場に基づいた視点から、幾つかの曲を例にとってそれが何故なのかを考えてみたい。

Hey!Say!JUMP 『Romeo&Juliet』

まずはHey!Say!JUMPの『Romeo&Juliet』
シングル『瞳のスクリーン』カップリング曲であり、タイトル通りシェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」が基になっている楽曲である。お伽噺や童話とは少し毛色が違うが、男女の恋愛劇を描いているという点において、楽曲モチーフとしてはよく使用される物語ではないだろうか。


――――
僕たちRomeo & Juliet
あふれる愛を伝えてよ
叫ぶ名前は
僕たちRomeo & Juliet
君に愛を伝えるよ
叫ぶ名前はJuliet
――――

明るいメロディーで構成され、彼らのコンサートではコール&レスポンス曲としてアンコールなどで使用されることもあるこの楽曲。しかし本来、「ロミオとジュリエット」は恋愛悲劇である。

対立する家同士とは知らず恋に落ちる二人の男女。密やかに結婚式を挙げるが、ひとときの幸せな時間は束の間、運命は二人を引き離してしまう。最後には擦れ違いの末、男が死んでしまったのち女も後を追って死んでしまう、というお話だ。

ひたすらに“名前を叫ぶ”というこの詞の構図は、ジュリエットがロミオを敵と知り「おおロミオ…」と嘆く名シーンに対するパロディーと捉えてみるのも面白いだろう。

――――
見つめ合うことが夢じゃない 時間をStop! 終わらせないで
(中略)
時間が僕らを切なくさせたがる
どんな時も 一緒だよ
――――

コンサートという場所も、喩えて言えば男女の逢瀬だといえる。そんな夢の時間を終わりたくない、終わらせないで…と願うような一節。“時間が僕らを”から続くフレーズは、幸せなひとときが終わることを恐れる女性に対し、安心させようと気遣う呼びかけのようでもある。

最後には二人とも死んでしまう悲劇として描かれる「ロミオとジュリエット」の物語だが、引き離されてもなお二人の心が結ばれており、それほどに激しく情熱的に燃え上がった愛だったということでもある。結果のみ見ればけして叶わぬ愛の悲劇だが、これは同時に“離れても求め合い続ける関係”だということにも捉えられるのではないだろうか。
彼らがひたすらに客席に向かい“Juliet!”と呼びかけるのは、ひとときの夢の時間が終わっても、“心はどんな時も一緒”だという愛を伝えているのかもしれない。

NEWS 『KAGUYA』

続いてNEWSのシングル曲『KAGUYA』だ。
これも名の通り竹取物語の「かぐや姫」を基とした楽曲となっている。詞の世界観もほとんどそのまま物語が反映されている例といえるだろう。


――――
姫の家に 入りて見れば (きよらにていたる)
これならむと おもひて とらへて (のがさじとすとて)

追えば霧となるあなたを
今日も想うだけ 月のように
――――

美しいかぐや姫に対し求婚してきた公達たちに無理難題を突きつける話は有名だが、この曲での視点は恐らくそれらの公達では無く、それらの噂を聞きつけてかぐや姫に会いたがったという「帝」である。

対面を拒絶され続けた帝は、不意をついてかぐや姫の家に入り、そこで光に満ち清らかに坐す美しい人を見た。たまらず連れて帰ろうとした帝だったが、かぐや姫は姿を光へと化してしまい、彼女が地上のものではないと悟る帝であったが、彼女を素晴らしいと思う気持ちは抑えられることはなかった――まさに、前述の詞のとおりだ。
――――
愛おしくて
Looking for my princess, far
あなたが僕を弱くするんだ

君の名は ”KAGUYA”
――――

全体を通し、サビの歌詞には“消える未来とわかっても 心も心ならず”と書かれている。叶わぬ恋だと知りながらも姫を愛しく思い、月を毎晩眺めては“かぐや”という名のそのひとを思い出す。月の姫に焦がれた帝は、手が届かないものと知ったあとも愚かしいまでに彼女を想っている。

サビの最後にある“恋のSAGA”とは“性(さが)”であり“叙事(サーガ)”でもあるのだ。叶わないと知っていても想わずにはいられない、それが恋の想いである。それほど貴女が魅力的である…という意味に捉えると、女性への賛美の曲ともいえるだろう。

この曲のMVは蜷川実花が監督を務めており、華やかな色遣いと耽美な和の彩りが、『KAGUYA』という極めて二次元的な世界観へと誘い、NEWSの四人を美しく飾っている。切ない恋物語をお伽噺に沿えて色濃く描く彼らの姿もぜひ一度は見てみてほしい。

Sexy Zone中島健人『Black Cinderella』

最後はプリンセスモチーフとしてもはや王道といえる「シンデレラ」からひとつ、Sexy Zone中島健人のソロ曲である『Black Cinderella』を紹介する。“Black”と形容されているように、通常のシンデレライメージとは違って小悪魔ふうな女性像を描いている曲だ。


――――
「Darlin'」その呼ぶ声
ねえ、言っていいの?
(中略)
この朝日
2人でみたかった
君はいない
Honey
口づけなんて
ただの遊び?
――――

歌詞の中で何度も“12時まで”や“マボロシ”と繰り返される“カノジョ”だが、幻というからには何度も会っているとは考えにくい。つまり「一夜の恋」であったと考えられる。

「シンデレラ」の物語は実に様々な派生の形が存在しているが、一般に広く知られているパターンとしては、一夜の舞踏会で王子様に見初められるというものだろう。そして12時の鐘と共に彼女はガラスの靴を落として王子の前から去ってしまう。現実的に一夜の恋というと“12時”というのは比喩と捉えるのが妥当だが、少なくとも朝日が昇る頃にはもう彼女はいなかったわけで、まるで“魔法”にかかっていたかのような出来事に思えた、ということ。

“Why 愛?恋さ。 Cinderella!”

魔法が解けると同時に幻となって消えてしまう彼女に対し、その想いが愛ではなく“恋”だと言っているサビのフレーズ。この曲の中で彼女は“イジワル”と形容されており、彼女は初めから朝を迎えないつもりでいたことを彼が悟っているように聞こえる。その上で“Darlin’”と呼んだというところがとても思わせぶりな女性を想起させ、一番のそのフレーズに対応するように書かれている二番での“Honey”は既にそこには居ない彼女に向けられている。“ただの遊び?”と疑問形になっているのが、“Cinderella”に対する彼の未練を表しているのだ。

この曲での女性は、一晩で恋に落ちてしまうほど魅力的という意味で「Cinderella」、なおかつその小悪魔な素振りを「Black」として喩えられている。ジャニーズの「ラブホリ(Love holic)王子」こと中島が書くその詞では、ファンという“Cinderella”と魔法のような恋をして、去った後も彼は“カノジョ”を想い続けているのだ、という甘いメッセージを送っているのではないだろうか。

限られた時間での逢瀬の様子や、結果的に叶わない恋愛模様が描かれることの多いジャニーズのプリンセスソング。偶像的であるアイドルという存在だからこそ、そのファンの多くを占める女性をお姫様に喩えることは自然なことといえるのかもしれない。それはアイドルとファンという儚い距離感の比喩でありつつも、そこに夢や魔法のような時間とそこで通じ合う想いが確かに存在することも表しているのだ。


TEXT:祈焔(https://twitter.com/kien_inori)

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