秦基博『ひまわりの約束』 何よりも伝えることを大切にして作られた名曲であった

実力派のシンガーソングライターとしてその名を知られる秦基博。秦基博は音楽にどんな思いを込めているのだろうか。

2017年4月24日




実力派のシンガーソングライターとしてその名を知られる秦基博。
人は彼の歌に感動し涙を流す。細やかな描写が特徴的な彼の歌に誇張はない。
「自らの思いをそっと渡す」秦基博の曲を聴いた時、リスナーは大切にしたくなるプレゼントを渡されたような気持ちになる。自らで楽曲制作をする秦基博は音楽にどんな思いを込めているのだろうか

彼は人それぞれの解釈を大切にしているという。人生の歩み方が人それぞれであるように、同じ歌の聴き方も人により違ってくる。
その違いを認めながら、秦基博は自分なりの心を伝えている。過去と未来、現在の景色、色彩を伴った感情、彼は自らが見えているものをより良く伝えるために言葉の選び方やメロディに気をつけている。
それは、技術的な意味での歌唱力や音質を絶対的な基準に置いているのではないことを意味する。

あるインタビューで彼は楽曲制作に対して「自分のリアリティをどれだけ伝えられるか」と話している。「伝えること」を大切とする姿勢は大ヒット曲「ひまわりの約束」にも、顕著に表れている。映画の主題歌となり、卒業式で度々歌われている「ひまわりの約束」は日本の音楽史に刻まれる名曲だ。
秦基博が心がけている「伝えること」「ひまわりの約束」にどのような形で表れているのだろうか。歌詞を紐解きながらその真意を見ていきたい。



“どうして 君が泣くの まだ僕も泣いていないのに
自分より悲しむから つらいのがどっちかわからなくなるよ
ガラクタだったはずの今日がふたりなら宝物になる”



この曲の肝といって部分が冒頭の一節だ。「どうして君が泣くの まだ僕も泣いていないのに」気持ちを伝えようとする秦基博の意志が悲痛なほど伝わってくる。
「どちらかつらいのかわからなくなる」深いところまでわかち合った人間同士に比較という概念は存在し得ない。別れはどちらにとっても辛くはあるが、宝物にもなるのだ。
日常をガラクタと表現し、その中で育まれる人間関係を宝物とする。それぞれが糸を紡いでこそ日々は鮮やかになるのだ。ここでは「伝えること」をモットーにしている秦基博の細やかな描写力が見事に光っている。
ひまわりの約束では、言葉の端々から伝えるための努力がにじみ出ている。


“そばにいたいよ 君のために出来ることが僕にあるかな
いつも君にずっと君に笑っていてほしくて

ひまわりのようなまっすぐな優しさを温もりを全部
これからも僕も届けていきたい ここにある幸せに気付いたから”



「ひまわり」には「明るい」「元気」といったイメージがある。秦基博は、そのひまわりを具体的にイメージできるものとして用い、同曲を美しい物語のように仕立て上げている。
彼は子供にも伝わるように「ひまわり」を持ってきたという。そうした点からも「ひまわりの約束」は温かみや優しさを表現していると理解できる。ただ、それだけではない。別れに対しての悲哀や「これからも僕も届けていきたい」という感動ゆえの決意も同曲からは伝わってくるのだ。

“遠くでともる未来 もしも僕らが離れても
それぞれ歩いていく その先でまた出会えると信じて

ちぐはぐだったはずの歩幅 ひとつのように今重なる”


秦基博の伝える力、その源となるのは心配りなのであろう。彼は歩みを止めずに彼自身を生き、多くの人に歌のプレゼントを渡す。生きる中で感じた出会いや別れの心情を新たな歌へと昇華させる。
「ちぐはずだったはずの歩幅 ひとつのように今重なる」その言葉を自らにも言い聞かせているのかもしれない。
人の心をつなぐ「ひまわりの約束」。そこには、秦基博のリアルが詰め込まれている。今日も「ひまわりの約束」は、どこかの街の誰かの胸を温めているはずだ。




TEXT:笹谷創(http://sasaworks1990.hatenablog.com/

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