1. 斉藤由貴「悲しみよこんにちは」?『めぞん一刻』を理解して初めてわかる女性と歌の魅力

斉藤由貴「悲しみよこんにちは」?『めぞん一刻』を理解して初めてわかる女性と歌の魅力

ラブコメの金字塔として今も愛される名作、『めぞん一刻』。『うる星やつら』『らんま1/2』『犬夜叉』など沢山の大作を生み出した高橋留美子氏による作品です。アニメ版放映から30年以上たった今でも、そのファンは絶えることありません。

2017年9月9日


この記事の目次
  1. ・斉藤由貴『悲しみよこんにちは』
  2. ・なぜポップ調なのか?
そんなこの作品のアニメ版での初期主題歌として知られるのが、斉藤由貴『悲しみよこんにちは』。彼女の曲の中で2番目の売り上げを誇る、代表曲でもあります。

斉藤由貴『悲しみよこんにちは』



『悲しみよこんにちは』というタイトルを聞くと、一見しっとりとした曲のようなイメージを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。しかし実際は、テンポの良い明るくポップな曲なのです。

なぜ『悲しみ』なのにポップなのか?その理由を、その歌詞とアニメ『めぞん一刻』から紐解いていきましょう。

『めぞん一刻』は、1986年から放映された全話のアニメ。浪人生(のちに大学生)の主人公・五代と、五代が住む下宿一刻館の管理人・響子の恋模様を、下宿の住人たちがちょっかいをかけながらも見守るさまを描いた作品です。

しかし、ヒロインである管理人・響子にはある秘密がありました。それは、実は彼女は未亡人だということ。
そのオープニングであるこの曲の冒頭は、明るい歌詞で始まります。

――――

手のひらのそよ風が
光の中 き・ら・き・ら 踊りだす
おろしたての笑顔で
知らない人にも
「おはよう」って言えたの

――――
ストーリーは、響子が一刻館の新しい管理人としてやってくるところから始まります。「おろしたての笑顔」という表現が、気持ちを新たに、勇気を出して新しい環境に飛び込む響子のこころの中を写しているようですね。

しかし響子は、一刻館の管理人になった当初、まだ夫を亡くして1年しか経っていませんでした。そのため最初のうちは部屋で夫の名を呼び、悲しみに耽る様子が何度か見受けられました。歌詞にも、それが表れています。

――――

あなたに逢えなくなって
錆びた時計と泣いたけど

――――

「錆びた時計」とは、一刻館のモチーフでもある時計塔のことを表しており、転じて、時の流れのことも表しています。一刻館の錆びた時計は、いつからか動かなくなってしまっていましたが、これを亡くなった響子の夫に見立てています。まるでそこで時間も止まってしまったかのように、時を刻むことをやめた時計と、もう二度と戻って来てはくれない、一緒に年を重ねてはくれない愛する人。この「錆びた時計と泣いた」という表現は、この一節だけで響子の夫を失ったことに対する悲しみを表現しています。
ここでもう一つ注目すべきは、最後の「けど」

Aメロは明るい「陽」のイメージ、Bメロは悲しい「陰」のイメージで、サビ前の最後の言葉が「けど」で終わります。これは、この陰はあくまで補足で一時的であり、サビで本当に伝えたいのは泣いたことではなく、次に続く部分なのだという意図が感じられる部分です。それでは、サビを見てみましょう。

――――

平気 涙が乾いた跡には
夢への扉があるの
悩んでちゃ行けない
今度 悲しみが来ても 友達迎える様に微笑うわ
…きっと約束よ

――――
サビでは、悲しみを乗り越えようとする響子の心情がまさに現れています。
涙が乾いた跡は夢への扉への道筋となる。そこへは、悩んでいるままでは辿り着けない。もしまた悲しいことがあったとしても、友達にあいさつでもするように受け止めていくよ。…と、いった意志が感じられる歌詞です。

ここで注目したいのは、「悩んでちゃ行けない」という歌詞です。悩んじゃいけない、ではなく、「悩んでちゃ行くことはできない」という意味を主張するかのように、「行く」という言葉が選ばれています。この一言に、作詞をした森雪之丞の意図が垣間見えるような気がします。悲しいことがあったのだから、悩んではいけないわけではない。けれど、うじうじと悩んだままでは夢への扉は開かれないよ、というように読み取れるのではないでしょうか。

続く、「今度悲しみが来ても 友達迎えるように微笑うわ」という、悲しみを擬人化して表した歌詞は、森雪之丞自身が今まで作詞した2400曲以上の曲の中でも、とりわけ忘れられない表現だとのこと。作詞家がうまく詞を作れたと思える要素が、より伝えたい気持ちを忠実に再現できることなのであれば、この曲は響子の気持ちをうまく言葉に乗せることができたということではないでしょうか。

――――

出逢いと同じ数の
別れがあるのね あなたのせいじゃない
想い出あふれだしても
私の元気 負けないで

――――
2番に入り、ここでも、別れを受け入れるような表現があります。別れ(=悲しみ)はあなたのせいではない、誰のせいでもないということを理解しています。しかし、理解はしていても、もう戻れない想い出が胸の中であふれだしてしまうときもあるでしょう。ここでは、「そんな苦しい時でも、自分の元気よ、悲しみだけに心を奪われないように、踏ん張って。」というメッセージを受け取ることができます。

2番のAメロ→Bメロも陽→陰という作りになっていますが、やはり陰であるBメロの最後(サビの直前)は「負けないで」という、陰に対する逆説的な表現が出て来ているのが分かります。

――――

平気 ひび割れた胸の隙間に
幸せ忍び込むから
溜息はつかない
不意に悲しみはやってくるけど
仲良くなってみせるわ
…だって 約束よ
――――
響子は、一刻館での生活や五代との関わりの中で、悲しむ暇もないくらい忙しく過ごします。追って追われて、毎日宴会、毎日説教、主人公・五代にヒヤヒヤし、ドキドキし、ドタバタ劇の毎日です。その生活は、大変ではあるけれども充実していました。そうして彼女はいつの間にか、悲しみに蝕まれていたはずの心が、毎日の楽しさで埋められていくのを感じるのです。楽しく、明るく、そして一生懸命過ごしていれば、悲しみで乾ききってひび割れてしまった心の隙間からも幸せはやってくる、とここでは語られています。
だからこそ、のちに続く歌詞でヒロイン・響子の心を、「また悲しいことが起こったとしても、こんなに嬉しいこともあるのだから、悲しいこともある。そういうこともあるのだ。悲しみに侵食されるのでもなく、拒絶するのでもなく、その心ごと仲良くなって見せる」と歌っているのです。

なぜポップ調なのか?

時計は錆びて止まっていても、時は止まってくれません。だから、想い出が溢れ出しそうな時も、悲しみが不意にまた襲ってくることがあっても、それもまた自分だと、しっかりと向き合っていこう。この曲は一曲を通して、そんな心の在り方を、斉藤由貴のひたむきな歌声に乗せて提示しているのです。

なぜ『悲しみよこんにちは』なのにポップなのか?それは、『悲しみという、新しい自分よこんにちは』という、ポジティブな覚悟を持った曲だからなのです。


そして『めぞん一刻』自体にも、同じことが言えます。この作品は、言ってしまえば若くして未亡人になったヒロインと浪人生の話。まるで、ものすごく重い話に聞こえます。しかしふたを開けてみると笑いがいっぱいで、時々すごく切ない、でも笑いがいっぱいという、ラブコメのど真ん中を行くストーリーが展開されています。つまり、『悲しみよこんにちは』にはヒロイン・響子の気持ちが凝縮されているだけでなく、『めぞん一刻』ともとことん運命共同体の存在なのです。

清水翔太「化粧」に、みゆきファンの私が…

孤高のミュージシャン・中田裕二の濃密な…