乃木坂46『制服のマネキン』は身分違いの恋を叶える純愛ソング



乃木坂46の4thシングルである『制服のマネキン』。この曲は当時の乃木坂46にしてみれば、それまでの『ぐるぐるカーテン』『おいでシャンプー』などからイメージをがらりと変えたシングルであった。歌のキーは低めに設定され、笑顔も極力抑えるというパフォーマンスになっている。

膝下丈のふわりとしたワンピースドレスのような衣装で、清楚なお嬢様然としていた彼女たちがガーリーなポップスを歌っていたところから、『制服のマネキン』では衝撃的なまでに乃木坂の新しい印象を打ち出したのだ。

しかも、AKB48の公式ライバルとして差別化された結果であろう、彼女たちのどこか優等生的な、私立女学生のような清らかさや秀麗さは失わずにこのような曲を発表したことに、乃木坂46というグループの更なる発展性をも感じさせた。彼女たちからの「ただの清楚なお嬢様じゃない。」そんなメッセージも窺える。

『制服のマネキン』で印象的なのはもちろんサビでの“恋をするのはいけないことか?”という大人たちへの反抗を訴えかけるようなフレーズだが、その前に少しメロ部分の物語も見てみてほしい。



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君が何かを言いかけて
電車が過ぎる高架線
動く唇 読んでみたけど
YesかNoか?
河川敷の野球場で
ボールを打った金属音
黙り込んだ僕らの所(とこ)へ
飛んでくればいい

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電車が過ぎる音で聴こえなかった“君”の言葉。唇の動きを読んでみても、どちらなのかがわからなかった。しかも、電車が通り過ぎた後もその答えは聞けず、黙り込んでしまっている様子が“ボールを打った金属音”に表されている。金属バットに球が当たった音がとてもよく聴こえてしまうほどに、彼らの間には静寂があったということ。

そして、何かのきっかけがなければ次の言葉が互いに出せないくらいに気まずかったのだろう。だからこそ、そのボールが“飛んでくればいい”と願った。

――――
一歩目を踏み出してみなけりゃ
何も始まらないよ
頭の中で
答えを出すな

――――
“何かを言いかけて”やめたままの“君”。こうした歌詞から読み取れるのは、結局ボールは飛んでこなかったし、“僕”が聞きたかった言葉の続きも聞けなかったということだ。

この“頭の中で答えを出すな”はまさに、冒頭の“何かを言いかけて”に掛かっている。電車に邪魔されなかったとしても、“君”の答えがどちらなのか、その時点では聞けなかったのではないだろうか。でなければ“一歩目を”とは言わないはずである。

“君”が答えを出すこと自体を怖がっているのを“僕”は感じ取っている。

この流れから、サビの歌詞を見てみよう。

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恋をするのはいけないことか?
僕の両手に飛び込めよ
若過ぎる それだけで
大人に邪魔をさせない
恋をするのはいけないことか?
君の気持ちはわかってる
感情を隠したら
制服を着たマネキンだ

――――
この曲は、実は男性目線である。『制服のマネキン』となってしまった少女に対し、男性が「恋をするのはいけないことなんかじゃない」「殻を破れ」と手を差し伸べてあげる曲なのだ。

今どき「若過ぎる」という理由で若者の恋が阻まれることなどそうそう無いのでは、と思う人も少なくないだろう。しかし、あえてこの表現を使うことによって、乃木坂というグループがこの曲を歌う意味が出てくる。彼女たちがそれまで持たれていたイメージが「清楚かつお嬢様風」だったからである。

彼女たちを深窓の令嬢のような女学生として見ていたままこの曲を聴いた時、一瞬「今までと違う」というイメージが先行するはず。だが歌詞をよく見ていけば、彼女たちのイメージは保ったまま、大人たちに反抗し、更に恋というものに踏み出す勇気を持つという、およそ今どきの明け透けな若い女性にはありえないような処女性・乙女らしさを含んだテーマに感じられるのだ。

途端に物語が、恋に臆病なお嬢様との禁断の恋を叶えようと手を伸ばす男性の曲に変わってゆく。二番メロの“自販機の缶コーヒー君の手にあげる”という冬の恋人たちには何てことなさそうなフレーズさえ、相手がお嬢様だと思えば“缶コーヒー”という庶民的なアイテムを使って、女性と男性との身分の差のようなものを示唆しているように聴こえだす。

こうして見ていけば、二番サビの“純情の壁 壊すんだ”“僕は本気で好きなんだ”がとても重く響き、壮大なロマンスをはらんだ物語だと見ることができる。

一番と最後のサビの歌詞は同じだが、最後サビの直前には“僕にまかせろ”という印象的なフレーズが入っている。そのもう少し前を見てみると、“僕は何度も誘う 生まれ変わるのは君だ”ともある。あくまで、男性は手を差し伸べようとするだけだ。何度か書かれているとおり、“一歩目”は彼女の意思によっておこなわれるべきである、と促している。そして「あとはこの手を取ればいい」といい、それがサビで歌われる“僕の両手に飛び込めよ”に表されている。

これらのフレーズが、『制服のマネキン』である彼女に勇気をもたらそうとする、男性の器の大きさを示している。本気で好きだからこそ、感情を隠してほしくない。ありのままでいてほしい。“僕”は制服を着たマネキンなんかではなく、人間の“君”に恋をしているのだから。

タイトルにもある『制服』とは、彼女の高尚な身分のことなのではないか。「大人たちの言いなり」という意味が象徴される『制服のマネキン』という言葉だが、こうした物語として読むと、「身分なんか関係なく、ただありのままの君が好き」という、少女漫画のような純愛として読むことができる。

実際にこの曲で、それまでのイメージという「殻」を破ることに成功した乃木坂46。それは本来の自分から全く変化してしまうのではなく、元の在り方を残したまま幅を広げる、という意味だ。

彼女たち「らしさ」は残しつつ、様々な側面を見せてくれることを、これからも期待したい




TEXT:祈焔( https://twitter.com/kien_inori )

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