江戸えどは夕焼ゆうやけ 灯ひともし頃ころに
夢ゆめを求もとめて みなし子ごが
国くにの越後えちごの 空そらを見みる
顔かおも赤鞘あかざや 安兵衛やすべえが
何時いつか覚おぼえた 酒さけの味あじ
喧嘩けんかするなら 相手あいてになろうか
俺おれは天下てんかの 素浪人すろうにん
真まこと武士ぶしなら 男おとこなら
やると決きめたら 安兵衛やすべえは
行いくぞ白刃しらはの 只中ただなかへ
のり屋やのばあさんが差出さしだした
手紙てがみを開ひらく 中山なかやま安兵衛やすべえ
急いそぎしたため参まいらせ候こう
堀内ほりうち源左衛門げんざえもん先生せんせい
道場どうじょうで深ふかく知しり合あい
叔父おじ甥おいの 義ぎを結むすんだるこの菅野すがの
引ひくにひけない 武士ぶしの意地いじ
村上むらかみ兄弟きょうだい一門いちもんと
高田たかだの馬場ばばで果はたし合あい
六十ろくじゅうすぎた拙者せっしゃには
勝目かつめは一ひとつも御座ござ無なく候そうろう
後あとに残のこれる妻つまや子こを
お願ねがい申もうす安兵衛やすべえ殿どの
文武ぶんぶ秀すぐれたそなたじゃが
酒さけをつゝしみ身みを修おさめ
天晴あっぱれ出世しゅっせなさるよう
草葉くさばの陰かげから祈いのり参まいらせ候そうろうと
涙なみだで書かいた遺言状ゆいごんじょう
「ばあさん!今いま何なん刻どきだ!
何なに!辰たつの下刻げこくかうーむ
高田たかだの馬場ばばまで後半あとはん刻とき
南無なむや八幡大菩薩はちまんだいぼさつ 此この安兵衛やすべえが
行いきつくまでは叔父おじの身みの上うえ守まもらせ
給たまえ!ばあさん水みずだ! 水みずを呉くれ!」
関せきの孫六まごろくわし掴づかみ
牛込うしごめ天竜寺てんりゅうじ竹町たけまちの
長屋ながやを飛出とびだす安兵衛やすべえは
小石こいしをけとばし砂すな巻まき上あげて
宙そら飛とぶ如ごとく駆かけてゆく
此これを眺ながめた大工だいくに左官さかん
床とこやも 八百やおやも
米こめやのおやじも 魚さかなやも
それゆけ やれゆけ
安やすさんが大おおきな喧嘩けんかを見みつけたぞ
今夜こんやはタラフク呑のめそうだ
後あとから後あとから付ついて行いく
一番後いちばんあとからのり屋やの婆ばあさん
息いきを切きらして
ヨイショコラショ ヨイショコラショ
安やすさん安やすさん!!
喧嘩けんかは止よしなとかけてゆく
高田たかだの馬場ばばに来きてみれば
卑怯ひきょう未練みれんな村上むらかみ一門いちもん
わずか二人ふたりを取とり囲かこみ
白刃しらは揃そろえて斬きりかゝる
哀あわれ菅野すがのと
若党わかとうは次第次第しだいしだいに追おいつめられて
すでに危あやうく見みえた時とき
馬場ばばに飛込とびこむ安兵衛やすべえが
関せきの孫六まごろく抜ぬく手ても見みせず
村上むらかみ三郎さぶろう斬きり捨すてゝ
天てんにも轟とどろく大音声おんじょう
中山なかやま安兵衛やすべえ武庸たけつねが
叔父おじの菅野すがのに助太刀すけだち致いたす
名乗なのりをあげて
さあ来こいと脇差わきざし抜ぬいて
左手ひだりてに天地てんちに構かまえた二刀流にとうりゅう
右みぎに左ひだりに斬きり捲まきくる
折おりしも叔父おじの背後うしろから薙刀なぎなた持もって
祐見ゆみが 斬きり下おろさんとした時ときに
撥ばち止どめ投なげた脇差わきざしが
背中せなかを貫つらぬき見事みごと倒たおした有様ありさまは
さながら 鬼神きじんか天魔てんまの業ごうか
かたずを呑のんで 見みていた群集ぐんしゅう
どっとあげたる歓声かんせいが
高田たかだの馬場ばばにこだまする
剣つるぎがきらめく 高田たかだの馬場ばばに
桜吹雪さくらふぶきが舞まいかかる
勝かって驕おごらぬ 爽さわやかさ
花はなの青年せいねん 安兵衛やすべえの
顔かおに明あかるい 春はるの風かぜ
江戸edoはha夕焼yuuyaけke 灯hiともしtomoshi頃koroにni
夢yumeをwo求motoめてmete みなしminashi子goがga
国kuniのno越後echigoのno 空soraをwo見miるru
顔kaoもmo赤鞘akazaya 安兵衛yasubeeがga
何時itsuかka覚oboえたeta 酒sakeのno味aji
喧嘩kenkaするならsurunara 相手aiteになろうかninarouka
俺oreはha天下tenkaのno 素浪人surounin
真makoto武士bushiならnara 男otokoならnara
やるとyaruto決kiめたらmetara 安兵衛yasubeeはha
行iくぞkuzo白刃shirahaのno 只中tadanakaへhe
のりnori屋yaのばあさんがnobaasanga差出sashidaしたshita
手紙tegamiをwo開hiraくku 中山nakayama安兵衛yasubee
急isoぎしたためgishitatame参maiらせrase候kou
堀内horiuchi源左衛門genzaemon先生sensei
道場doujouでde深fukaくku知shiりri合aいi
叔父oji甥oiのno 義giをwo結musuんだるこのndarukono菅野sugano
引hiくにひけないkunihikenai 武士bushiのno意地iji
村上murakami兄弟kyoudai一門ichimonとto
高田takadaのno馬場babaでde果hataしshi合aいi
六十rokujuuすぎたsugita拙者sessyaにはniha
勝目katsumeはha一hitoつもtsumo御座goza無naくku候sourou
後atoにni残nokoれるreru妻tsumaやya子koをwo
おo願negaいi申mouすsu安兵衛yasubee殿dono
文武bunbu秀suguれたそなたじゃがretasonatajaga
酒sakeをつwotsuゝしみshimi身miをwo修osaめme
天晴appaれre出世syusseなさるようnasaruyou
草葉kusabaのno陰kageからkara祈inoりri参maiらせrase候sourouとto
涙namidaでde書kaいたita遺言状yuigonjou
「ばあさんbaasan!今ima何naんn刻dokiだda!
何naにni!辰tatsuのno下刻gekokuかうkauーむmu
高田takadaのno馬場babaまでmade後半atohan刻toki
南無namuやya八幡大菩薩hachimandaibosatsu 此koのno安兵衛yasubeeがga
行iきつくまではkitsukumadeha叔父ojiのno身miのno上ue守mamoらせrase
給tamaえe!ばあさんbaasan水mizuだda! 水mizuをwo呉kuれre!」
関sekiのno孫六magorokuわしwashi掴dukaみmi
牛込ushigome天竜寺tenryuuji竹町takemachiのno
長屋nagayaをwo飛出tobidaすsu安兵衛yasubeeはha
小石koishiをけとばしwoketobashi砂suna巻maきki上aげてgete
宙sora飛toぶbu如gotoくku駆kaけてゆくketeyuku
此koれをrewo眺nagaめたmeta大工daikuにni左官sakan
床tokoやもyamo 八百yaoやもyamo
米komeやのおやじもyanooyajimo 魚sakanaやもyamo
それゆけsoreyuke やれゆけyareyuke
安yasuさんがsanga大ooきなkina喧嘩kenkaをwo見miつけたぞtsuketazo
今夜konyaはhaタラフクtarafuku呑noめそうだmesouda
後atoからkara後atoからkara付tsuいてite行iくku
一番後ichibanatoからのりkaranori屋yaのno婆baaさんsan
息ikiをwo切kiらしてrashite
ヨイショコラショyoisyokorasyo ヨイショコラショyoisyokorasyo
安yasuさんsan安yasuさんsan!!
喧嘩kenkaはha止yoしなとかけてゆくshinatokaketeyuku
高田takadaのno馬場babaにni来kiてみればtemireba
卑怯hikyou未練mirenなna村上murakami一門ichimon
わずかwazuka二人futariをwo取toりri囲kakoみmi
白刃shiraha揃soroえてete斬kiりかrikaゝるru
哀awaれre菅野suganoとto
若党wakatouはha次第次第shidaishidaiにni追oいつめられてitsumerarete
すでにsudeni危ayaうくuku見miえたeta時toki
馬場babaにni飛込tobikoむmu安兵衛yasubeeがga
関sekiのno孫六magoroku抜nuくku手teもmo見miせずsezu
村上murakami三郎saburou斬kiりri捨suてteゝ
天tenにもnimo轟todoroくku大音声onjou
中山nakayama安兵衛yasubee武庸taketsuneがga
叔父ojiのno菅野suganoにni助太刀sukedachi致itaすsu
名乗nanoりをあげてriwoagete
さあsaa来koいとito脇差wakizashi抜nuいてite
左手hidariteにni天地tenchiにni構kamaえたeta二刀流nitouryuu
右migiにni左hidariにni斬kiりri捲makiくるkuru
折oriしもshimo叔父ojiのno背後ushiroからkara薙刀naginata持moってtte
祐見yumiがga 斬kiりri下oろさんとしたrosantoshita時tokiにni
撥bachi止dome投naげたgeta脇差wakizashiがga
背中senakaをwo貫tsuranuきki見事migoto倒taoしたshita有様arisamaはha
さながらsanagara 鬼神kijinかka天魔tenmaのno業gouかka
かたずをkatazuwo呑noんでnde 見miていたteita群集gunsyuu
どっとあげたるdottoagetaru歓声kanseiがga
高田takadaのno馬場babaにこだまするnikodamasuru
剣tsurugiがきらめくgakirameku 高田takadaのno馬場babaにni
桜吹雪sakurafubukiがga舞maいかかるikakaru
勝kaってtte驕ogoらぬranu 爽sawaやかさyakasa
花hanaのno青年seinen 安兵衛yasubeeのno
顔kaoにni明akaるいrui 春haruのno風kaze