―序じょ―
元禄げんろく十五じゅうご年ねん。赤穂あこう浪士ろうしの一人ひとり・赤垣あかがき源蔵げんぞうは、
芝しば・浜松町はままつちょうに浪なみ宅たくを構かまえ、高畠たかばたけ源みなもと五右衛門ごえもんと名前なまえを変かえて
吉良邸きらていの動静どうせいを探さぐっていた。
かくて、討入うちいりは十二月じゅうにがつ十四日じゅうよっかと決きまり、その二日前ふつかまえ。
親おやの無ない身みであるゆえに父ちちとも母ははとも
思おもい慕したってきた兄あにの塩山しおやま伊左衛門いざえもんに、心中しんじゅうで別わかれの挨拶あいさつをと、
源蔵げんぞうは兄あにの屋敷やしきを訪たずねたが不在ふざい。
しからばと、万感ばんかんの思おもいとともに、衣桁いこうにかかる着物きものを兄あにとみて、
暇乞いとまごいの盃さかずきを開あけたのであった。
やがて、四十七しじゅうしち士しが本懐ほんかいを遂とげた十五日じゅうごにちの朝あさ、
浪士ろうし引揚ひきあげの隊列たいれつの中なかに、源蔵げんぞうも歩あゆみを進すすめていた。
沿道えんどうには見物けんぶつの人垣ひとがき。
「そうだ、兄あにも来きたるやもしれぬ。私わたしの姿すがたを見みつけてくれるやもしれぬ。
最後さいごに一目ひとめ会あいたいと、兄あにの姿すがたを探さがす弟おとうと。」
元禄げんろく花はなの兄弟きょうだいの物語ものがたり。
酒さけは呑のんでも 呑のまれちゃならぬ
武士ぶしの心こころを 忘わすれるな
体からだこわすな源蔵げんぞうよ
親おやの無ない身みにしみじみと
叱しかる兄者あにじゃが懐なつかしい
迫せまる討入うちいり この喜よろこびを
せめて兄者あにじゃに よそながら
告つげてやりたや知しらせたい
別わかれ徳利とっくりを手てに下さげりゃ
今宵こよい名残なごりの雪ゆきが降ふる
兄あにのきものに盈なみなみと
差さして呑のみ干ほす酒さけの味あじ
源蔵げんぞう「兄上あにうえ、もはや今生こんじょうのお別わかれとなりました。
お顔かお見みたさに来きてみたが、
源蔵げんぞう此これにてお暇ひま仕いとまつかまつりまする。」
兄あにの屋敷やしきを立たち出いでる
一足ひとあし歩あるいて立たち止どまり 二足にそく歩あるいて振ふり返かえり
此これが別わかれか見納みおさめか
さすが気丈きじょうの赤垣あかがきも 少時しばし佇たたずむ雪ゆきの中なか
熱あつい涙なみだは止とめどなし
かくて果はてじと気きを取とり直なおし、饅頭笠まんじゅうがさを傾かたむけて目指めざす行手ゆくては両国りょうこくか。
山やまと川かわとの合言葉あいことば。同おなじ装束いでたち勇いさましく、
山道やまみちダンダラ火事かじ羽織はおり、白しろき木綿もめんの袖そでじるし。
横川よこかわ勘平かんぺい・武林たけばやしが大門だいもん開ひらけば赤垣あかがきは宝蔵院ほうぞういん流りゅう九きゅう尺しゃくの手槍てやり、
りゅう!としごいてまっさきに吉良きらの屋敷やしきに踏込ふみこんだり。
されど東ひがしが明あけ初はじめても未いまだに解わからぬ吉良きら殿どの在処ありか。
さすがの大だい石内いしうち蔵之助くらのすけ、天てんを仰あおいで嘆なげく時とき、誰だれが吹ふくやら呼子よぶこの笛ふえ。
吉良きらの手てを取とり引出ひきだし吹ふくは赤垣あかがき源蔵げんぞうなり。
一いち夜明よあかしくれば十五日じゅうごにち赤穂あこう浪士ろうしが
引揚ひきあげと聞きくより兄あにの塩山えんざんは
もしや源蔵げんぞうがその中なかに
居おりはせぬかと立たち上のぼり、
塩山えんざん「市助いちすけ! 市助いちすけはおらぬか!
おう、市助いちすけ。赤穂あこう浪士ろうしが今いま引揚ひきあげの最中さいちゅう、
たしか弟おとうとがその中なかに居いるはずじゃ。
そなた早はよう行いって見届みとどけてきて呉くれ!
もしも源蔵げんぞうが居いたならば、隣近所となりきんじょにも聞きこえる様よう
に大おおきな声こえで叫さけんでくれ、よいか!」
もしも居おらないその時ときは
小ちいさな声こえで儂わしにだけ
知しらせてくれよ頼たのんだぞ。
祈いのる心こころで待まつ裡うちに転ころがる様ように
戻もどり来きて、
市助いちすけ「ヤァー、源蔵げんぞうさまが居おりましたワイ―っ!」
嬉うれし泪なみだの塩山えんざんは雪ゆきを蹴立けたてて真まっしぐら、
仙台せんだい侯こうの御ご門前もんぜん。群むらがる人ひとをかき分わけ
かき分わけ前まえに進すすめば源蔵げんぞうも兄あには来こぬかと
背伸せのびして探さがし求もとめている様子ようす。
塩山えんざん「源蔵げんぞう!」
源蔵げんぞう「兄上あにうえかぁ―!」
ひしと見交みかわす顔かおと顔かお、
固かたく握にぎった手ての中なかに通かよう
血汐ちしおの温あたたかさ
同おなじ血ちじゃもの肉にくじゃもの。
夢ゆめを果はたした男おとこの顔かおに
昇のぼる旭あさひが美うつくしや
笑顔えがお交かわして別わかれゆく
花はなの元禄げんろく兄弟あにおとうと
今朝けさのお江戸えどは日本晴にほんばれ
―序jo―
元禄genroku十五juugo年nen。赤穂akou浪士roushiのno一人hitori・赤垣akagaki源蔵genzouはha、
芝shiba・浜松町hamamatsuchouにni浪nami宅takuをwo構kamaえe、高畠takabatake源minamoto五右衛門goemonとto名前namaeをwo変kaえてete
吉良邸kirateiのno動静douseiをwo探saguっていたtteita。
かくてkakute、討入uchiiりはriha十二月juunigatsu十四日juuyokkaとto決kiまりmari、そのsono二日前futsukamae。
親oyaのno無naいi身miであるゆえにdearuyueni父chichiともtomo母hahaともtomo
思omoいi慕shitaってきたttekita兄aniのno塩山shioyama伊左衛門izaemonにni、心中shinjuuでde別wakaれのreno挨拶aisatsuをとwoto、
源蔵genzouはha兄aniのno屋敷yashikiをwo訪tazuねたがnetaga不在fuzai。
しからばとshikarabato、万感bankanのno思omoいとともにitotomoni、衣桁ikouにかかるnikakaru着物kimonoをwo兄aniとみてtomite、
暇乞itomagoいのino盃sakazukiをwo開aけたのであったketanodeatta。
やがてyagate、四十七shijuushichi士shiがga本懐honkaiをwo遂toげたgeta十五日juugonichiのno朝asa、
浪士roushi引揚hikiaげのgeno隊列tairetsuのno中nakaにni、源蔵genzouもmo歩ayuみをmiwo進susuめていたmeteita。
沿道endouにはniha見物kenbutsuのno人垣hitogaki。
「そうだsouda、兄aniもmo来kitaるやもしれぬruyamoshirenu。私watashiのno姿sugataをwo見miつけてくれるやもしれぬtsuketekureruyamoshirenu。
最後saigoにni一目hitome会aいたいとitaito、兄aniのno姿sugataをwo探sagaすsu弟otouto。」
元禄genroku花hanaのno兄弟kyoudaiのno物語monogatari。
酒sakeはha呑noんでもndemo 呑noまれちゃならぬmarechanaranu
武士bushiのno心kokoroをwo 忘wasuれるなreruna
体karadaこわすなkowasuna源蔵genzouよyo
親oyaのno無naいi身miにしみじみとnishimijimito
叱shikaるru兄者anijaがga懐natsuかしいkashii
迫semaるru討入uchiiりri このkono喜yorokoびをbiwo
せめてsemete兄者anijaにni よそながらyosonagara
告tsuげてやりたやgeteyaritaya知shiらせたいrasetai
別wakaれre徳利tokkuriをwo手teにni下saげりゃgerya
今宵koyoi名残nagoりのrino雪yukiがga降fuるru
兄aniのきものにnokimononi盈naminamiとto
差saしてshite呑noみmi干hoすsu酒sakeのno味aji
源蔵genzou「兄上aniue、もはやmohaya今生konjouのおnoo別wakaれとなりましたretonarimashita。
おo顔kao見miたさにtasani来kiてみたがtemitaga、
源蔵genzou此koれにておreniteo暇hima仕itomatsukamatsuりまするrimasuru。」
兄aniのno屋敷yashikiをwo立tachi出iでるderu
一足hitoashi歩aruいてite立taちchi止doまりmari 二足nisoku歩aruいてite振fuりri返kaeりri
此koれがrega別wakaれかreka見納miosaめかmeka
さすがsasuga気丈kijouのno赤垣akagakiもmo 少時shibashi佇tatazuむmu雪yukiのno中naka
熱atsuいi涙namidaはha止toめどなしmedonashi
かくてkakute果hateじとjito気kiをwo取toりri直naoしshi、饅頭笠manjuugasaをwo傾katamuけてkete目指mezaすsu行手yukuteはha両国ryoukokuかka。
山yamaとto川kawaとのtono合言葉aikotoba。同onaじji装束idetachi勇isaましくmashiku、
山道yamamichiダンダラdandara火事kaji羽織haori、白shiroきki木綿momenのno袖sodeじるしjirushi。
横川yokokawa勘平kanpei・武林takebayashiがga大門daimon開hiraけばkeba赤垣akagakiはha宝蔵院houzouin流ryuu九kyuu尺syakuのno手槍teyari、
りゅうryuu!としごいてまっさきにtoshigoitemassakini吉良kiraのno屋敷yashikiにni踏込fumikoんだりndari。
されどsaredo東higashiがga明aけke初hajiめてもmetemo未imaだにdani解wakaらぬranu吉良kira殿dono在処arika。
さすがのsasugano大dai石内ishiuchi蔵之助kuranosuke、天tenをwo仰aoいでide嘆nageくku時toki、誰dareがga吹fuくやらkuyara呼子yobukoのno笛fue。
吉良kiraのno手teをwo取toりri引出hikidaしshi吹fuくはkuha赤垣akagaki源蔵genzouなりnari。
一ichi夜明yoakashiくればkureba十五日juugonichi赤穂akou浪士roushiがga
引揚hikiaげとgeto聞kiくよりkuyori兄aniのno塩山enzanはha
もしやmoshiya源蔵genzouがそのgasono中nakaにni
居oりはせぬかとrihasenukato立taちchi上noboりri、
塩山enzan「市助ichisuke! 市助ichisukeはおらぬかhaoranuka!
おうou、市助ichisuke。赤穂akou浪士roushiがga今ima引揚hikiaげのgeno最中saichuu、
たしかtashika弟otoutoがそのgasono中nakaにni居iるはずじゃruhazuja。
そなたsonata早hayoうu行iってtte見届mitodoけてきてketekite呉kuれre!
もしもmoshimo源蔵genzouがga居iたならばtanaraba、隣近所tonarikinjoにもnimo聞kikoえるeru様you
にni大ooきなkina声koeでde叫sakeんでくれndekure、よいかyoika!」
もしもmoshimo居oらないそのranaisono時tokiはha
小chiiさなsana声koeでde儂washiにだけnidake
知shiらせてくれよrasetekureyo頼tanoんだぞndazo。
祈inoるru心kokoroでde待maつtsu裡uchiにni転koroがるgaru様youにni
戻modoりri来kiてte、
市助ichisuke「ヤァyaaー、源蔵genzouさまがsamaga居oりましたrimashitaワイwai―っxtu!」
嬉ureしshi泪namidaのno塩山enzanはha雪yukiをwo蹴立ketaててtete真maっしぐらsshigura、
仙台sendai侯kouのno御go門前monzen。群muraがるgaru人hitoをかきwokaki分waけke
かきkaki分waけke前maeにni進susuめばmeba源蔵genzouもmo兄aniはha来koぬかとnukato
背伸senoびしてbishite探sagaしshi求motoめているmeteiru様子yousu。
塩山enzan「源蔵genzou!」
源蔵genzou「兄上aniueかぁkaa―!」
ひしとhishito見交mikaわすwasu顔kaoとto顔kao、
固kataくku握nigiったtta手teのno中nakaにni通kayoうu
血汐chishioのno温atataかさkasa
同onaじji血chiじゃものjamono肉nikuじゃものjamono。
夢yumeをwo果hataしたshita男otokoのno顔kaoにni
昇noboるru旭asahiがga美utsukuしやshiya
笑顔egao交kawaしてshite別wakaれゆくreyuku
花hanaのno元禄genroku兄弟aniotouto
今朝kesaのおnoo江戸edoはha日本晴nihonbaれre