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Salyuの「風に乗る船」の、歌詞にはないけど聴こえるアレの正体。

Salyuという女性ボーカリストがいる。彼女には、“ナチュラル”という言葉がよく似合う。彼女が発する歌声は、大地から力をもらい、グングンと伸びる強く美しい大樹をイメージする。それは、彼女の“命”を見ている様な気がする。
彼女の“命”が、はっきりと感じられる珠玉の一曲がある。『風に乗る船』だ。

歌詞には、“命”というキーワードは存在しない。

それなのに何故、“命”を感じるのか。

答えは、歌詞を深く大きな視点で見つめれば解る。

歌詞が描くストーリーを、彼女の歌声の素晴らしさと共に読み解いてみよう。

Salyuの歌声は誰もが羨む心に響く天性の歌声

まず、Salyuと聴くと小林武史とミスチルの櫻井和寿が中心メンバーで活動するバンド、Bank Bandが浮かぶと思う。


彼らと歌ったのは、『to U』という曲。

この曲で彼女の存在は随分と知られたが、様々なトップボーカリストがこぞって羨む彼女の歌声の素晴らしさは、『風に乗る船』に全て詰まっている。

なぜなら、明確にされていない曲のテーマを見事に歌で表現しているからだ。

彼女の歌声は、“包容力がある”“大地に響く”“圧倒的”などと評価される。伝えたい事をしっかり伝える力があるのだ。

兎にも角にもまずは、彼女の歌声をぜひ聞いて欲しい。衝撃をうけるはずだ。

普通のアーティストの曲ならば、歌詞から伝わる言葉の印象が強くなる。

しかし、Salyuの場合はそうじゃない。耳にしたとたん歌声がまるで“感情”になって心を打ってくるように感じられる。

特に『風に乗る船』は、Salyuが伝えたい曲のテーマが歌詞には明確に記されていない。

それは、作詞作曲をプロデューサーである小林武史が行なっているからだろう。

しかし、彼女は与えられた『風に乗る船』で、自分の伝えたいテーマを見事に歌に乗せた。

この曲のテーマは“命”だ。

彼女の歌を聴けば、“命”は歌に乗って聴き手の心に感情となって響いてくる。しかし、それはあくまで響き。

聴き手が感じ取る、この“命”の響きをここからは、歌詞の力を借りて明確にしていこう。

歌いだしから、Salyuのポジティブさが出る


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涙の後には虹が出る
眼を閉じていたら 頬を伝った
体が少し縮むような
寂しさの井戸に涙が落ちた
≪風に乗る船 歌詞より抜粋≫
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命を想う時、人は“死”と“誕生”に対面し、その儚さと尊さを知る。

歌い出しになっているこの一節は、“死”を優しく連想させる。

Salyu自身が、物事の終わりをネガティブに捉えない心持ちなのもあるだろう。

そんな心持ちが合間って、何かに「寂しさ」を感じている人や「涙」を落としている人、そんな人に曲をポジティブに聴いてもらうためだろう。

その想いをSalyuは歌声で、まさに雨上がりの後の「虹」を見たときの様な。

どこまでも明るく、心がサプライズを受けた喜びでいっぱいになり、これからに希望をかけられる…あの気持ちと似た、慈愛に満ちた声で歌い上げている。

死と言っても“人の死”として、直接的に描かないのは、“死”を“人が亡くなる”という解釈だけにしないように。

“死”=“物事の終わり”と捉えてもらう事で、“終わり”は様々な“希望の始まり”に繋がる。

出会いが意味するものは幸福


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あの日の出会いを忘れない
くすぐるようなオーラを放つ

誰かのために生きていること
知らずにいた あなたと会うまで
≪風に乗る船 歌詞より抜粋≫
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物事の終わりがあったのなら、必ず“始まり”がある。

その始まりを、表現するのは「出会い」だ。

「あの日の出会い」が意味するのは、母親と初めて対面した日。そう、誕生の瞬間だ。

「くすぐるようなオーラを放つ」が、その誕生と出会いの喜びを絶妙に表現している。

今までお腹の中に存在していて、お互い知っているはずなのに、顔を合わすのは生まれた瞬間が初めましてなのだ。

なんだか、ちょっと恥ずかしいようで出会えた事がただただ嬉しく幸福でしかない。

誕生は、人生すべての始まりだ。

そして、「誰かのために生きていること」の意味を知るころ。

母親が大切に守り育てた命は、たくさんの始まりと終わりに繰り返し繋がって大人へと成長しているのだ。

ありがとう、って言えたらもう大丈夫


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いまはあなたにありがとう、って
やっといえるかな 積もる時間に
いつのまにか新芽が出たら
それに水をやり育てていこう
≪風に乗る船 歌詞より抜粋≫
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「やっといえるかな積もる時間に」という一説には、出会いと別れの中で育まれた様々な感情を昇華する事にかかった時間。

それは、長い時間を表している。

人が何かと出会い最期を迎える時間の中には、必ずネガティブな出来事がある。

しかし、人は人をいつまでも嫌いなままでいる事は苦しいもの。

その苦しみを乗り越えた証は「ありがとう」と苦しみに対して言えることだ。

「ありがとう」と、抱えた苦しみを許すことができた時。すでに、そこには新しい時間が生まれている。

やがて、その「ありがとう」は、新しい時間に変わらずに在る存在へ向けられるのだ。

苦しみを許せなかった時にも、傍にいてくれた人へ。

そして、苦しかったはずの「積もる時間」は「ありがとう」と共に新芽を咲かせ、幸せが実っていくのだ。

虹の橋という希望を見るためには


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あたしがここで生きてた事も
長い時に 消えてゆくけど

風に乗る船 どこまでいこう
明日はまだ見えないけれど
大丈夫かな まだいけるかな
大きな輪をかいて宇宙を
飛んでいけたなら あの日のふたりに
多分二度とあえないけれど
あたしの中で生きているから
≪風に乗る船 歌詞より抜粋≫
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人の時間には、限りがある。人の命に限りがあるように。

時間は、命を運んでいく。その「長い時」の先には「あたしがここで生きていた事」すらも消してしまう。

まるで「大きな輪」を廻るように、命は始まりと終わりを巡り、自分以外も消えていくのだ。人も出来事も。

終わりとは、あったものが失くなる事で、無くならなければ続いた未来も無くなる事だ。

それはきっと、とてつもなく心細い事なのだ。

しかし、今は見えない未来にも風は吹いている。それだけは確実なのだから、“自分の命”を舵にして、“人生”という風に乗る船を進める。

乗組員は、巡りあった全ての命。

心の中で、「生きている」想い出なのだ。どんな事があっても、“自分は1人ではない”と強く思えた時、虹の橋という希望が見える。

歌から聴こえる“命”の正体は…


最後に、なぜ『風に乗る船』は“命”を感じるのか。

それは、この世に生を受け、始まる事も終わる事も。

恋愛も何もかも全て、”愛情”と“感謝”から成るものだからだ。

Salyuは、歌い続ける命の中で、幾度となく古いスタイルを脱ぎ新しいスタイルへと変化を求めた。

その繰り返しは、人生を自由に常に自分らしく歩くために必要なマインドとなって、Salyuを作ったに違いない。

だからこそ『風に乗る船』に”命”というキーワードがなくとも、Salyuの歌声からは“命”が聴こえるのだ。

この”命”の響は、Salyuの”命”そのものなのだ。

TEXT 後藤 かなこ

Salyu 1980年10月13日横浜市生まれ。 2000年、音楽家・小林武史のプロデュースによりデビュー。 映画「リリイ・シュシュのすべて」(岩井俊二監督)の音楽プロジェクトにLily Chou-Chouとして参加。 2003年、Yuka Honda、Sean Lennonと共に「SHADY」ほかを制作。2004年、Ilmari×Salyuとし···

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