Official髭男dism「Chessboard / 日常」歌詞の意味を考察！ 人生と日常を歌う2曲に込められた奥深いメッセージとは

将来への道筋が楽曲のテーマ

「Chessboard」の曲名となっているチェスボードとは、市松模様のチェスの盤面のこと。それを世界に見立て、将来への道筋が楽曲のテーマになっています。

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チェスボードみたいなこの世界へ僕らは ルールもないままに生まれてきた
幸せと悲しみの市松模様 そのどこかで息をする

王様もいないこの盤上で僕らは どんな役を与えられたんだろうか?
行ける場所 行けない場所 目指すべき場所 知らないままで息をする
≪Chessboard 歌詞より抜粋≫
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歌詞の主人公の「僕ら」は、自分のことをチェスボードのマス目の上に置かれたコマのように感じています。ただ、チェスと違って人生にはルールも勝敗条件もない。進む先もわからない。主人公は「どんな役を与えられたんだろうか？」と自問します。NHK全国学校音楽コンクール中学校の部課題曲ということもあり、歌い出しのこのパートには、きっと、将来についての夢と不安を抱えた中学生たちの心情が投影されているのでしょう。

そんな中、主人公の「僕ら」は少しずつ自分らしさを見出していきます。地に足を着け、行く場所や帰る場所も自分で決めて歩み始めます。

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綿毛みたいに風に任せ 飛べた頃を羨むけど
空中からじゃ見落とすような小さな1マス そこであなたに会えたんだ
≪Chessboard 歌詞より抜粋≫
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そして主人公は、自分にとっての大切な存在である「あなた」に出会います。「綿毛みたいに風に任せ　飛べた頃」というのは、飛び回って遊んだり、何にでもなることのできた子供時代のことでしょう。それを羨むということは、主人公は少しずつ大人になって、自分の足元から続く道筋が見え始めてきたということなのだと思われます。

後半で視点が変わる壮大な人生讃歌

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大きな歩幅で ひとっ飛びのナイトやクイーン
みたいになれる日ばかりじゃない
からこそ躓いた 進めずに引き返した
そんな日にも芽生えてる あなたの足元から 足跡から
≪Chessboard 歌詞より抜粋≫
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この曲はAメロ、Bメロ、サビというわかりやすい構成ではなく、同じメロディのモチーフを繰り返す中で音数が増え少しずつ曲調がリッチになっていくという構成を持っています。中盤からは勇ましいメロディに乗せて、人生の道筋を一歩ずつ歩んでいる様子が歌われます。チェスの大駒であるナイトやクイーンのように、目的のマスまで一気にたどり着けるわけじゃない。上手くいくことばかりじゃない。そんなときにも諦めずに進む様子が綴られます。

そしてこの曲は、後半で一気に視点が変わるのがポイント。前半まではチェスの盤面に見立てた世界で人生を一歩ずつ進む「僕ら」の一人称の視点だったのが、後半からは、その人生を見下ろす俯瞰の視点に変わります。

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美しい緑色 こちらには見えているよ
あなたが生きた証は 時間と共に育つのでしょう
≪Chessboard 歌詞より抜粋≫
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この「美しい緑色」からのフレーズは、ヴォーカルの藤原聡のソロではなく、混声の合唱によって歌われています。色彩も、それまでのチェスの盤面の白と黒から緑に変わり、言葉だけでなく、メロディやサウンドのスケール感からも描く世界の視点がガラッと変わったことが伝わります。「こちらには見えているよ」という歌詞の主語は示されていないですが、もう一人の自分、もしくは神仏や天上の存在のようなイメージも浮かびます。

合唱コンクールの課題曲という機会を活かした、とても壮大な人生讃歌と言えるでしょう。

変わり映えのしない日々の憂鬱に寄り添う

「日常」は「news zero」のテーマ曲として書き下ろされた一曲。

報道番組のテーマソングということもあり、曲調はドラマティックというよりもどこか淡々としたもの。人々が毎日の暮らしの中で思い浮かべる感情に寄り添ったような曲になっています。

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ノルマ以下か以上か 日常は今日も計られる
スーツでもスウェットでもそれは同じみたいだ
≪日常 歌詞より抜粋≫
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「日常」の主人公は、変わり映えのしない日々の暮らしに鬱々とした気持ちを抱えています。その理由のひとつは、常にノルマを課せられているような思いになっていること。「スーツでもスウェットでもそれは同じみたいだ」というフレーズからは、その感情が職場でも休日でも変わらないということ。もしくは、サラリーマンとして仕事をしている人だけでなく、勉強や家事など様々な境遇で「やらなきゃいけないこと」を抱えている人たちも同じ思いを持っているということが伝わってきます。

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解決策はいくつかある事 分かってても踏み出せない
ホメオスタシスの7文字に容易く躓いてる心じゃもう
しんどいなぁなんて嘆いたって迷惑みたいだ
≪日常 歌詞より抜粋≫
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歌詞の描写からは、悩んでいながらも、なかなか解決に向けての手を打つことができない重苦しい気持ちが伝わってきます。ホメオスタシスとは「恒常性」とも言われる人間の身体の働きのことで、「外界が変化していたとしても、体内の状態一定に維持できる能力」のことを意味します。自律神経にも深く関わっている機能で、日々の憂鬱が心だけでなく身体にも影響を与えているのではないかと推察されます。

明日に小さな希望を持つ

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別に大した事ないよ 話すだけで十分だよ
打たれ弱いくせして あなたにまだ良い顔をしていたい
≪日常 歌詞より抜粋≫
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ただ、そんな主人公は決して孤独ではなく、歌詞にはそんな主人公のことを思いやる「あなた」も登場します。ポケットの中にしまったスマートフォンのメッセージの通知ひとつで救われたような気持ちになるという、大切な存在。歌詞にある「別に大した事ないよ　話すだけで十分だよ」というのは、思い悩むなかで自分がどうしたいかも見失いがちな主人公が「あなた」からかけられた言葉なのでしょう。

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変わらない人たちに悩まされては癒される
強がれるこの強さが割と大事みたいだ
不細工な心ひとつ日常を今日も生きる
≪日常 歌詞より抜粋≫
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この曲のラストでは、「変わらない人たちに悩まされては癒やされる」というフレーズを歌う部分で転調します。悩みがわかりやすく解消されるわけではないし、強がっていることもわかるけれど、そんな自分自身の強さを認めるポジティブな感情に着地して曲は終わります。決してドラマティックな盛り上がりがあるわけではないけれど、変わらない毎日を過ごす様々な人が、明日に小さな希望を持つことのできるような曲になっていると言えるでしょう。

人々の不安や悩みを優しく解きほぐす2曲

こうして見ていくと、ダブルAサイドシングルとなった「Chessboard / 日常」の2曲は、どちらも聴き手の人生に寄り添う曲と言えるでしょう。ダイナミックで壮大な「Chessboard」と、淡々とした「日常」は、視点も曲調も対照的。それでいて、どちらも人々の不安や悩みを優しく解きほぐすような楽曲になっています。

チェスの盤面を社会に見立てるなど、巧みなメタファを用いながら真摯なメッセージを歌う2曲は、Official髭男dismの奥深い魅力に改めて気付かされる2曲と言えるでしょう。


TEXT　柴 那典
1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』（新潮新書）、『ヒットの崩壊』（講談社現代新書）、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか？』（太田出版）、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』（太田出版）がある。