ブルース・ギタリストの三大キングと言えばアルバート・キング、フレディ・キング、そしてB.B.キング。
この記事のもくじ
B.B.キングの凄さ
ギタリスト、シンガー、ソングライターを兼ねるB.B.キングは、最も有名なブルース界のレジェンドの1人として語り継がれています。
ローリング・ストーン誌の「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」では3位(2003年)、「歴史上最も偉大な100人のシンガー」では96位(2008年)に選ばれました。
いったいどのような人物なのか、どこが凄いのか、知りたいですよね。
ここではB.B.キングの凄さについて紹介します。
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独学から始まった個性的な奏法
B.B.キングは独学でギターを弾き始めました。
子供の頃からモダンブルースの父T・ボーン・ウォーカーを好んで聴いていたため、活動初期にはその影響が見られます。
次第にチョーキングによるスクイーズ(音量を絞る)、トレモロ(音量を上下に揺らす)、ビブラート(音程を上下に震わす)など、個性的な奏法を確立しました。
独特なプレイスタイルは音楽理論から生まれたわけではなく、フィーリングを重視して作られていたのです。
ギターから伴奏の機能を排除
人の耳には音を聴き分ける能力が備わっており、強く印象に残るのは声です。
そのため、中心となるのは歌でギターは伴奏にすぎないという考え方が一般的でした。
ところが、B.B.キングはボーカルとギターを同じレベルで聴かせるという画期的な音作りをしました。
つまり、ギターを奏でるのか、歌うのか、どちらか一方にすることで、ギターからリズムを刻む伴奏の機能を排除したのです。
ボーカルとギターで、ゴスペルのコール&レスポンスのような役割を果たすことになりました。
1年間に行うライブの平均数は330日
B.B.キングは1950年代から1990年代にかけて、20代から60代までの40年間は1年のうち平均330日もライブを行いました。
60歳を超えた後も年間250もの膨大な公演数をこなし、ライブ三昧の日々を生涯続けたといっても過言ではありません。
そのため、B.B.キングはスタジオアルバムだけでなく、ライブアルバムも多数リリースしています。
数々の有名アーティストに影響を与える
名だたるアーティストに多大な影響を与えたのもB.B.キングの凄いところです。
U2は1988年にリリースしたアルバム「魂の叫び」に収録され、1989年にシングルカットもされた「When Love Comes To Town」でコラボ。
B.B.キングが1997年に発売したスタジオアルバム「Deuces Wild」にはエリック・クラプトン、ローリング・ストーンズなど多数の有名アーティストが参加しています。
B.B.キングがブルースの王様になるまで
「リタイアという言葉を使わない」という名言を残し、生涯ブルースキングとして活躍したB.B.キング。
タキシード姿でブルースの泥臭いイメージを一新し、経済的にも大成功しました。
音楽家として一流だったことは間違いありませんが、謙虚でチャーミングな人柄も大きな魅力です。
どのような流れでブルースの王様と呼ばれるようになったのか、B.B.キングの生い立ちや経歴をたどります。
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貧しく壮絶な幼少期を過ごす
B.B.キングの本名はライリー・B・キング(Riley B.King)。
1925年9月16日、アメリカ南部のミシシッピ州イッタベーナ近郊のバークレア綿花プランテーションで生まれました。
4歳の頃に母親が他の男性のもとへ行き離婚。
10歳の頃に母親が亡くなり、18歳まではミシシッピ州キルマイケルの祖母の家で育ちました。
教会で触れたゴスペルを好み、母親のいとこブッカ・ホワイトの影響で6歳からブルース、とくにロニー・ジョンソン、T・ボーン・ウォーカーを聴くようになります。
ギターとブルースに出会う
幼少期の頃から教会の合唱団でゴスペルを歌いながら、牧師から簡単なギターコードを教わっていたB.B.キング。
初めてギターを手に入れたのは12歳のときで、自らの手で稼いだ15ドルで購入しました。
1943年、18歳でミシシッピ州インディアノーラに移住し、グリーンウッドのラジオ局WGRMなどでゴスペルを演奏。
21~23歳でテネシー州メンフィスに移り住み、ブッカ・ホワイトにギターを教わりつつブルースを歌い、ラジオDJとして活躍します。
その際The Pepticon Boyと名乗り、ビールストリート・ブルース・ボーイ、ブルース・ボーイ、B.B.キングと変化。
そして1949年、24歳でナッシュビルのレーベル「ブレット・レコード」からデビューします。
「30’clock Blues」が大ヒット
B.B.キングは1950年、ロサンゼルスのレーベル「モダン/RPM」と契約。
1951年には「3 O'clock Blues」がR&Bチャートで1位を獲得し、大ヒットしました。
1969年にはロイ・ホーキンス「The Thrill Is Gone」(ザ・スリル・イズ・ゴーン)のリメイクをリリースし、1970年グラミー賞を受賞。
ブルースの殿堂入り(1980年)、ロックの殿堂入り(1987年)、ハリウッド・ボウルの殿堂入り(2008年)、R&Bの殿堂入り(2014年)などに輝いています。
音楽史に数々の伝説を残したB.B.キングは2015年5月14日、89歳でその生涯を閉じました。
B.B.キングとルシールギター
愛用のギターに「ルシール」と名付けていたB.B.キング。
きっかけは1949年冬アーカンソー州ツイストのクラブで行われたライブでした。
公演中に喧嘩を始めた二人の男性がストーブを倒し、火事になったのです。
B.B.キングは避難後、30ドルのギブソンのアコースティックギターを置き去りにしたことに気づき、取りに戻りました。
結局、喧嘩の原因はダンスホールで働いていたルシールという名前の女性を巡る争いでした。
スタジオアルバム「ルシール」(1968年)の表題曲、映画「眠れぬ夜のために」(1985年)の挿入歌「My Lucille」など名前にちなんだ曲もあります。
主にギブソンのギターを愛用
フェンダーのテレキャスターやエスクワイヤー、ギブソンのレスポールなどさまざまなギターを奏でたB.B.キングですが、主に愛用したのはギブソンです。
1980年に発売されたシグネチャーモデル「ルシール」はES-355TDSVを元に作られました。
ブルースホークを元にした「Little Lucille」は1999年にローンチ。
80歳になった2005年には、ギブソン社からヘッドに「B.B. King 80」と刻まれたES-345プロトタイプ1が贈られました。
2009年9月に盗まれたものの、同年11月に戻ってきたというエピソードがあります。
また、アコースティックのL-30、フルアコのES-125なども愛用しました。
B.B.キングの代表曲2選
デルタ・ブルースのチャーリー・パットンやロバート・ジョンソン、シカゴ・ブルースに移行したマディ・ウォーターズなどはハチロクこと6/8拍子(厳密には12/8拍子)の泥臭いブルース。
対してB.B.キングはブルースとポップミュージックをクロスオーバーさせ、都会的なモダンブルースに仕上げたところが画期的でした。
ロックを聴き慣れた現代ではギターソロは珍しくありませんが、ボーカルとギターを交互に奏で、ゴスペルのコール&レスポンスの役割を果たした点にも注目です。
エフェクターを使わず、短いフレーズやロングトーンの後にキュッと絞るスクイーズ・チョーキングも聴きどころ。
B.B.キングの初期の代表的な2曲を紹介します。
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The Thrill Is Gone
1969年12月に発売されたシングル「The Thrill Is Gone」は4/4拍子、Bmのゆったりとした12バー(小節)ブルース。
「スリルがなくなった」という悲哀を、特徴的なスクイーズ・チョーキングで表現しています。
B.B.キングは「The Thrill Is Gone」で1970年にグラミー賞の最優秀男性R&Bボーカル・パフォーマンス賞を受賞。
スタジオアルバム「Completely Well」のほか、複数のライブアルバムに収録されています。
スティーヴィー・ワンダーとのコラボは「ロックの殿堂 25周年アニバーサリーコンサート」で披露され、映像作品にも収録。
ロイ・ホーキンスの原曲(1951年)も大ヒットしました。
Rock Me Baby
1964年発売のシングル「Rock Me Baby」はチョーキングによるスクイーズ、トレモロ、ビブラートなどの技法が満載のミディアムナンバーです。
アルバム「Deuces Wild」(1997年)ではエリック・クラプトンとコラボしました。
原曲はカントリー・ブルースのリル・サン・ジャクソン「Rockin' and Rollin」。
マディ・ウォーターズ「Rock Me」、ジェファーソン・エアプレイン「Rock Me Baby」など、カバーが多いブルース・スタンダードの名曲です。
B.B.キングの名盤2選
B.B.キングはシングル作品を120曲以上、スタジオアルバムは共作も含め45枚、ライブアルバムは14枚、コンピレーションアルバムは20枚以上リリースしています。
「全曲聴くのは大変だし、まずはどのアルバムから聴けばいいのか知りたい」という初心者の人にはライブアルバムがおすすめです。
ブルースマニア、とくにB.B.キングが好きなファンも傑作と声をそろえる2枚を紹介します。
Live At The Regal
「Live At The Regal」には、1964年11月21日にシカゴのリーガルシアターで行われた公演が収録されています。
1曲目のシングル「Everyday I Have the Blues」はスパークス兄弟の原曲をメンフィス・スリムが作り直したブルース・スタンダードです。
2曲目のシングル「Sweet Little Angel」もルシール・ボーガン「Black Angel Blues」が原曲のブルース・スタンダード。
4曲目のシングル「How Blue Can You Get」までのメドレーで盛り上がるなど、ギタープレイを存分に堪能できます。
Live in Japan
「Live in Japan」はB.B.キングが初来日した際の東京サンケイホールでの1971年5月4・7日公演で披露された全13曲を収録。
1~2曲目は「Live At The Regal」と同じセットリストです。
3曲目「Eyesight to the Blind」の原曲はサニー・ボーイ・ウィリアムソンIIによるもの。
ザ・フーのピート・タウンゼント主演、ケン・ラッセル監督の映画「トミー」のエリック・クラプトンによる挿入歌も人気です。
「The Thrill Is Gone」のほか「Japanese Boogie」など、日本公演向けのオリジナルソングも複数入っています。
B.B.キングはブルース界のレジェンド!彼の奏法は数々のアーティストに多大なる影響を与えた
貧しく壮絶な生い立ちから、ブルースキングへと駆け上がったB.B.キング。
どれほど有名になっても謙虚さを忘れない人柄で、60代までは年間330日、60代以降は年間250公演というライブに明け暮れた音楽人生でした。
エリック・クラプトンをはじめ、B.B.キングを慕うミュージシャンは大勢います。
影響を受けていない音楽家はいないほどのレジェンドと言えるでしょう。
リスナーとしてもプレイヤーとしても、音楽の歴史が詰まった教科書のように必聴です。
この記事のまとめ!
- スクイーズ、トレモロ、ビブラートなどのチョーキングが個性的
- ボーカルとギターを分けることで、歌うかのようにギターを鳴らしている
- ブルースとポップミュージックを融合し、洗練されたモダンブルースを確立した
- 代表曲「The Thrill Is Gone」「Rock Me Baby」を中心にギタープレイを学ぼう
- 名盤「Live At The Regal」「Live in Japan」からB.B.キングの真髄に触れよう