1. 『今一番おいしいバンド「おいしくるメロンパン」! 『色水』に見る鮮やかすぎる表現力』

『今一番おいしいバンド「おいしくるメロンパン」! 『色水』に見る鮮やかすぎる表現力』

音楽フェス全盛期。 今時ロックに求める事は猫も杓子も「大きな会場でのライブでどれだけ踊れるか」のようで、そんな風潮にキュウソネコカミが「歌詞に意味なんかいらない」「結局音楽はBGM」と皮肉をかましてもオーディエンスは構わず踊り続けている。

2017年7月16日


この記事の目次
  1. ・美味しそうな名前、おいしくるメロンパン
一方で少女漫画原作の映画やドラマがJK達から圧倒的な人気を誇り、その主題歌を歌うアーティストの楽曲は「歌詞にどれだけ共感出来るか」が重視されているように思える。恋するオトメの独り言のような歌詞が、夢見る女子達の涙腺を直撃しているらしい。

そもそも、歌の歌詞とはなんだろう? 年寄りくさいと思われるかもしれないが、歌詞とは、少なくともノレるバンドサウンドに華を添える単なるおまけでもなければ、リスナーが自分自身を「悲劇のヒロイン/ヒーロー」に演出するためにあるものでもない。
ロックも歌謡曲も学校で習う唱歌でさえも、歌詞は立派な「物語」なのだ。

最近インディーズ界隈で注目を集める、なんとも斜に構えたロックバンドがいる。
「おいしくるメロンパン」


美味しそうな名前、おいしくるメロンパン

美味しそうな名前をしているが、これはギターボーカルのナカシマが食べていたメロンパンが「美味しい状態である」と言う事を表現するために生み出した造語らしい。

由来まで人を食ったような印象のバンド名に2015年結成と言うキャリアの若さ、ナカシマの中性的で繊細そうな佇まいから、ここまで読んで「ああそういう感じね、下北沢のレコード屋で推されてそうなそんなバンドね、わかるわかる」とお思いの方も多いのではなかろうか。


いや、そこは侮るなかれ。フェスで踊れるド派手な楽曲が重視されるこのご時世に、スリーピースバンドでストイックな音像にのせられた叙情的な歌詞を全面に押し出してゆく彼らのスタイルは、紛れもなく異彩だ。それでいてロックフェスのコンペを勝ち抜き、インディーズデビューの機会を勝ち取ったのだから、不思議なバンドである。
まだ世にその名前を広くは知られていない若いバンドだが、その楽曲からは間違いなく、私が思う「歌詞=物語」の方程式が感じ取れる。現段階での代表曲『色水』を通して見ていこうと思う。




色水になってく 甘い甘いそれは
君と僕の手の温度で
思い出を彩ってく
寂しくはないけどちょっと切なくて
流し込んだ空の味



突然歌メロから始まる構成のこの曲は、タイトルにもなっている「色水」の描写から始まる。シンセサイザーや打ち込みなどの音はほとんど無く、ドラム・ベース・ギターだけのシンプルなサウンドは跳ねるようなリズム感が印象的で、その上を踊る流麗でキャッチーな歌メロは耳に心地良く、ナカシマの少年性を感じる歌声と非常にマッチしている。

しかし歌詞の方はまだ少々抽象的な印象だ。一見すると何の事だか判らない内容になっており、かろうじて推し量れるのはこの曲はおそらくラブソングらしいと言う事ぐらい。

短い間奏を挟んでメロ部分に入ると、少しずつ物語の全容が見えてくる。


くるくると回る風車を君は弄んで
下駄のかかと鳴らしながら
『またね』って笑ったんだ
夏の終わりは 通り雨の香り
『喉が渇いたよ』



ここでやっと、いわゆる夏祭りデートの帰り道と言うシチュエーションの中綴られている詞である事が判った。切ないラブソングの王道シチュエーションと言えるが、物語の主人公のモノローグ(独り言)を最小限に抑え、シンプル過ぎるほどの端的な言葉で的確に情景を描き出している点が個性的だ。

細かく刻まれた小気味好いテンポのサウンドも、センチメンタルになりすぎてしまいかねない歌詞世界を明るく爽やかに彩っている。報われない恋なのか、終わってゆく恋なのか、彼女の隣を歩く「僕」の胸に秘めた想いが「喉が渇いたよ」と言う何の変哲も無いひとことに凝縮されているのも面白い。

二番メロでは、また少しだけ主人公が独白のように感情を表す。


生ぬるい風が吹いて
夏は僕を笑った
茜色に溶け出した空は僕を見ていた
飛行機雲が 淡く線を引く
いつか忘れてしまうのかな



ここで、サビに描かれる「淋しくはないけどちょっと切なくて」と言う感情が何故彼に芽生えたのか、解答のようなものが得られる。「いつか忘れてしまうのかな」と言う独白の通り、彼は何処かで恋の終わりを、夏の恋の儚さを悟っていたのだ。「ひと夏の恋」と言うよくあるフレーズに表される通り、ロマンスの世界では夏の恋は往々にして花火のように儚く描かれることが多い。

だからこそロマンチックだとも取れるが、今現在恋の真ん中にいる「僕」にとってそれは最後通告のように残酷だ。夏と言う季節は「僕」を笑い、「君」「僕」の間を飛行機雲が淡い線を引いて分断する。「僕」が置かれている感情の状態が少しずつ明らかになる様は、さながら小説でよく使われる伏線回収の技法のようだ。ナカシマの溜め息を吐き出すような気だるげで投げやりな歌声が、更に寂寞感を誘う。


この曲のサビは一番、二番、大サビと全て冒頭と同じ、抽象画のような歌詞になっている。結局「色水」とは一体何の事なのか? その解答は、クライマックスに差し掛かるところでやっと判るだろう。


写真にうつる君の手の中で
風車は回り続けるのに
君が僕にくれたブルーハワイは
今、溶け始めたんだ。



「色水」とは、溶けてゆくブルーハワイのかき氷の事だった。ブルーハワイは、まるで味気なく移り変わる時のように、「僕」の心を置いてけぼりにして無情にも溶けてゆく。鮮やかなまま残される思い出の象徴である「写真の中の風車」との対比によって、その存在感は更に切なく「僕」の気持ちを象徴する。更にその溶けてゆくかき氷を味気ないどころか食べることすら出来ない「色水」に喩え、その上そのブルーハワイ色の「色水」はサビで夏の空にまで喩えられている。

一曲まるまる通して聴いてみると歌詞の中で比喩の入れ子構造のようなものが出来上がっており、最後まで聴く事によってやっと目の前に物語がまざまざと展開されるようになっているのだ。この曲の歌詞は、シンプルなようでいてあくまで非常に構築的に綴られている事が判るだろう。



おいしくるメロンパンの楽曲は、音だけでなく歌詞もストイックに描かれている。あくまで音にのせる事を前提とし、短歌や歌謡曲のように無駄な言葉を廃した歌詞は、若手バンドの楽曲にありがちな「言葉を詰め込みすぎてしまう」と言った状態とは無縁だ。普遍的なテーマを、曲全体を使って一本の映画のように端正に仕上げている。


共感を求めるメッセージソングなんかは、時代が変われば人の心も変わって忘れられてしまうかもしれない。
本来歌に求められるものは薄っぺらい「わかるわかる!」「あるある!」なんかじゃなく、歌い手なりのオリジナルな言葉で物語を描き出し、それをリスナーに追体験させる事なのだ。


インディーズデビュー一年目にしてリスナーがその全貌を見たくなってしまう――嫌が上にも最後まで聴いてしまうような「物語」を生み出した彼らは、次代に続く名曲を生み出すバンドになるはずだ。

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