それは両A面シングルとして2008年11月12日に発売された、「カンパニュラの恋」です。
この楽曲では、ショパンの代表曲の1つ「ノクターン」の繊細なメロディーに日本語歌詞が添えられています。
平原綾香「カンパニュラの恋」
平原綾香が作詞を手がけた「カンパニュラの恋」は倉本聰脚本ドラマ「風のガーデン」の挿入歌です。
実はこのドラマ、膵臓癌を抱える主人公・白鳥貞美の最後の恋人、氷室茜役として平原自身が出演しているのです。
「風のガーデン」を知らずに聴いても、居なくなってしまった大切な人を想う楽曲なのだと感じることが出来る「カンパニュラの恋」ですが、ドラマに触れてから聴いてみると、この曲には「風のガーデン」というドラマが、そして平原が演じる氷室茜という役が深く息づいているのだと気づきます。
Love true love それは ただひとつ
あなたに捧げる愛
涙散らして 離れてゆくあなたのぬくもり
白く 白く咲いたカンパニュラの季節
病気の事実を知らされず、一人残されてしまう彼女。知らせないことが、彼なりの優しさと想いだと分かっているからこそ、曲中で彼を恨む気持ちは出て来ません。
むしろ、一人重い病を隠して去っていった彼の孤独を理解するような言葉が並べられています。
自分の痛みだけに囚われない彼女の心に、聡明さ、優しさ、そして強さを感じます。
想いあっているのに一緒にはいられない二人
いつの日にか 果てしない空は短い夏をさらってゆく
甘さも痛みも 風に吹かれて
ベルのように揺れる花が 時を数える
気持ちを通わせる二人が最後に会ったのは、カンパニュラが咲く夏の季節でした。
その日、無名の歌手、氷室茜は自身のデビュー曲が「カンパニュラの恋」に決まったこと、そして”この曲は貴方への想いが詰まった曲なのだ”と彼に伝えます。
しかし、未来に溢れた彼女の横で、彼はすでに優しい嘘と共に彼女の前から去ることを決めていました。
振り返ってから気づく、一緒に過ごせた時間の尊さ、何も気づかずに過ごしていた自分の愚かさ。
そんな何処にも行き場のない想いを抱える彼女に胸が締め付けられます。
この曲に出てくるカンパニュラは、教会のベルに似た可愛い花びらが特徴的な”カンパニュラウェディングベル”という種類。
想いあっているのに一緒にはいられない二人のそばで、咲き誇るカンパニュラウェディングベルはどこか寂しく、儚げです。
二人の「誠実」で「感謝」溢れる恋を象徴する「カンパニュラの花」
Love true love いつか 私が愛した あなたの声を忘れられる日はくるの?
My love この胸に
あなたが住んでしまったから
きっと どれだけ季節が廻ったとしても
My love かえる場所は
ふたり過ごした カンパニュラの刻
そっと 降るはずのない雪が舞う
もう居ない人を想い続けることは、失恋とはまた違った痛みを伴うでしょう。
好きな人を忘れるのは難しい。好きな人を自分の心に刻むのも苦しい。
だから彼女はカンパニュラを通して、何度も大切な人のところへと戻っていきます。
ドラマの最後、雪が降る日に彼女はコンサートでカンパニュラの押し花をそばに置きながら、「カンパニュラの恋」を歌います。
その押し花は、デビュー曲「カンパニュラの恋」のヒットにより人気歌手になった彼女へ、彼から贈られた最後の贈り物でした。
曲を聴くと、ドラマを見れば尚更、彼と自分を結ぶカンパニュラが、そして彼という存在が彼女の中に根付いているのだと感じられます。
カンパニュラの花言葉には”感謝”や”誠実な愛”があります。
迎える結末は悲しいものですが、悲しみだけではなく花のように凛とした芯を感じられるのは、二人にとってこの恋が、悲しみに押しつぶされない誠実で感謝の溢れる恋だからでしょう。
歌手の平原綾香ではなく、氷室茜を演じた役者、平原綾香が書いたとも言える「カンパニュラの恋」。
ドラマ「風のガーデン」をご覧頂くことで、曲が描く感情や風景がより近くに感じられる、そんな楽曲だと思います。
TEXT:柚香