独特的な世界観
5月27日にニューアルバム『三毒史』をリリースする椎名林檎。それに先駆け5月2日に、『駆け落ち者』という楽曲が先行配信された。同作は、BUCK-TICK・櫻井敦司とのまさかのコラボレーションで大きな話題を集めた。
唯一無二の独特な世界観は、他社を寄せ付けない孤立した印象も与える。しかし、近年立て続けに発表される様々なアーティストとの共作は、どれもその新たな魅力を存分に引き出しているのだ。
今回、椎名は櫻井をイメージして作詞をしたという。
彼女が「危なさMAX」と語るこの楽曲の歌詞。
彼女が今回の歌の舞台に選んだのはどのような世界だろうか。
友達でも恋人でもない、「正反対の番」
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ああ透明になる 追っ手を撒いて
さあいよいよ突破口通過しようか
正反対の番同士ついに実体を匿い合っている
お前は深い緑色して 確か私は荒い紫色して
自由は欲しくない ずっと奪っていて欲しい
そう元来完成しているの
≪駆け落ち者 歌詞より抜粋≫
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「駆け落ち」と言えば、認められない恋人同士が一緒になるために逃亡する際などに使われる表現だ。しかし、楽曲の雰囲気や歌詞の文面からは、それらしい甘い情熱的な恋愛表現は感じられない。
恋人、友人、幼馴染、浮気相手…男女の関係を表すときに使える言葉はごまんとある。それらの言葉の多くは、二人の関係性の深さを瞬時に理解できる。しかし「正反対の番」と聞かされてピンと来る人が果たして何人いるだろうか。
本来、男女もしくは雄と雌を一組として表す「番」という言葉。しかし今回のこれは、おそらく只者のカップルではない。
世間に反対され、見放され、決して誰にも許されていない危険な関係。それを成熟した魅力を持つ大人の2人が歌うことで、よりエロティックでリアリティのある世界観を表現している。
決して似ている2人ではない。
深い緑と荒い紫は、色相環でもまさに対極である。しかしそれが故に2人は惹かれあってしまった。
支えあうような依存しあっているようなまさに「危なさMAX」な関係の2人。それをあえて明確な言葉で表現しないところに、彼女の才を感じられる。
SF映画のような世界観
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さあいよいよ大気圏脱出しようか
正反対の番同士とうに特性を失い切っている
お前の深い海底へ ±私の荒い山頂を埋めて
余裕は欲しくない もっと塞いでいて欲しい
ね丁度いいだろう 全然余っていないだろう
そう本来完成しているの
≪駆け落ち者 歌詞より抜粋≫
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曖昧に表現されたその関係性とは裏腹に、二人はダイナミックな逃避行へ旅立とうとする。
歌詞を目で追いながら曲を聴くと、まさに誰にも邪魔されたくない、2人だけの世界にのめりこんでいく様子が目に浮かぶ。
深い海底、それと対を成す山頂。プラスとマイナス。二人はまさに正反対。それが故に2人はぴったりと余裕なく互いを塞げる。
これこそが自分たちの完成形なのだと言ってのける。
数字で言うならば0。まさに宇宙だ。
まるでSF映画のように科学とファンタジーが共存した世界観は、彼らの今後を示唆しているように見せかけ、これも明言はされていない。
この先どうなるのか、何が待っているのか、という希望はもちろんあるのだろうが、それと同じかそれ以上の危険も待っている。
宇宙の果てに何があるのかは、誰も知らない。
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ハロー真空地帯!グッバイ世界!
≪駆け落ち者 歌詞より抜粋≫
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彼らはそのまま我々のいる世界に別れを告げ、光の如く真空地帯へと旅立ってしまった。
2人の関係の真相も行く先も、様々な解釈が楽しめる歌詞になっている。
これはまさに2人だけの空間。
そこに入り込み彼らを分かった気になろうとするのは、ちょっぴり野暮な気もする。
TEXT 島田たま子