「優しい彗星」が描くのはルイとイブキの関係
2021年1月に配信リリースされたYOASOBIの『優しい彗星』は、板垣巴留による人気漫画原作のTVアニメ『BEASTARS』第2期のEDテーマとして書き下ろされました。この楽曲の原作は、板垣巴留の書き下ろし小説『獅子座流星群のままに』です。
OPテーマに起用されている『怪物』では、アニメの主人公であるハイイロオオカミのレゴシとウサギのハルにスポットを当てていました。
一方、『優しい彗星』では学園のカリスマ的存在であるアカシカのルイと、裏市で活動するライオンの犯罪組織・シシ組のイブキとの関係を描いています。
同年3月にはYouTubeにてMVを公開。
ayaseが生み出す静かで凛とした音楽と作品を踏襲した歌詞、ikuraの瑞々しい歌声、物語を鮮明に描き出すアニメーションが交わった心に迫る作品に、多くのファンが魅了されています。
どのような内容が表現されているのか、原作のストーリーに触れながら歌詞を考察していきましょう。
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今、静かな夜の中で
無計画に車を走らせた
左隣、あなたの
横顔を月が照らした
ただ、思い出を探る様に
辿る様に言葉を繋ぎ合わせれば
どうしようもなく溢れてくる
日々の記憶
≪優しい彗星 歌詞より抜粋≫
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ある夜、2人は車に乗って無計画なドライブをしています。
おそらく騒がしい抗争に勝利した後なので、2人きりの時間はより静かなものに感じるのでしょう。
左隣に座る相手の横顔を見ているのは、ハンドルを握っているイブキです。
ルイと過去の思い出について語り合っていると、「日々の記憶」があふれてきて彼の心を締めつけます。
イブキはある出来事をきっかけにルイをシシ組のボスに据えることを提案し、それをきっかけに2人の関係が始まりました。
ルイからシシ組脱退の意思を告げられたイブキは、思い留まってほしい気持ちと解放してあげるべきではないかという考えの間で揺れます。
そんな別れの予感が漂うドライブで、2人はこれまでの思い出を大切に振り返ります。
“類”の無い日々で感じた幸せ
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あなたのそばで生きると決めたその日から
少しずつ変わり始めた世界
強く在るように弱さを隠すように
演じてきた日々に
ある日突然現れたその眼差しが
知らなかったこと教えてくれた
守るべきものがあればそれだけで
こんなにも強くなれるんだ
≪優しい彗星 歌詞より抜粋≫
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ルイのそばで生きると決めた日から、自分の世界が変わり始めたと感じているイブキ。
「強く在るように弱さを隠すように演じてきた日々」は、ルイと出会うまでの人生のことを指す言葉です。
イブキは以前のボスに「百獣の王を演じ続けろ」と言われ、肉食獣としての誇りが幸せをもたらすと教わっていました。
それを信じてきたものの、いつしかただ虚勢を張っているだけだという事実が背中に重く圧しかかるようになっていきます。
そんな時にルイと出会い、強さは種族で決まるものではないことに気づきました。
草食獣でありながら強い心を持つルイの姿、そしてルイとの関係で変化した自分の心と向き合い、「守るべきもの」がその人を強くするのだと知ったのです。
積み重ねてきた偽りの自分を捨て、ありのままの自分で強くなる術を得たイブキの世界は確かに良い方へと変わっています。
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深い深い暗闇の中で
出会い、共に過ごしてきた
類の無い日々
心地よかった
いや、幸せだった
確かにほら
救われたんだよ
あなたに
≪優しい彗星 歌詞より抜粋≫
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裏市の「深い深い暗闇の中」で彼らは出会い、共に過ごしてきました。
異種族と生きるという人生で唯一無二の体験をした「類の無い日々」を「心地よかった」と振り返ります。
ここに“ルイ”の名前が入っていることに注目すると、出会う前の「ルイの無い日々」と出会ってからの「類の無い日々」が対比されていると解釈できます。
そうして大切な人がいることこそが幸せなのだと感じられるようになったと思われます。
続く部分で、原作小説に登場する「俺を救ってくれた」というセリフが織り込まれています。
これはイブキの言葉ですが、この楽曲では同時にルイの想いも重なっているように感じます。
イブキがルイに救われたと思っているように、ルイもまたイブキと出会って自分自身の闇と向き合うことができるようになりました。
きっとそれぞれがお互いをかけがえのない存在と見ているに違いありません。
優しい彗星がもたらす別れの“息吹”
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わずかな光を捉えて輝いたのは
まるで流れ星のような涙
不器用な命から流れて零れ落ちた
美しい涙
≪優しい彗星 歌詞より抜粋≫
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ここから視点は完全にルイへと移ります。
月の「わずかな光」に輝いたイブキの「まるで流れ星のような涙」。
自分のことを思って己を犠牲にしようとする不器用なイブキがどんな覚悟を持っているかを、ルイはその涙から察したのでしょう。
「美しい涙」にイブキの純粋な心が表れています。
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強く大きな体に秘めた優しさも
どこか苦しげなその顔も
愛しく思うんだ
姿形じゃないんだ
やっと気付いたんだ
無情に響く銃声が夜を引き裂く
別れの息吹が襲いかかる
刹那に輝いた無慈悲な流れ星
祈りはただ届かずに消えた
≪優しい彗星 歌詞より抜粋≫
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イブキの「強く大きな体に秘めた優しさ」や肉に飢えた生活により「どこか苦しげなその顔」は、全て自分を含めた仲間のためのものだと考えると愛おしささえ感じます。
仲間思いのイブキと出会ったからルイは肉食獣を好きになり、相手を知るために必要なのは「姿形じゃないんだ」と気づくことができました。
しかし、無情にも1発の銃声が2人の関係を引き裂きます。
「別れの息吹」には“イブキ”の名前が隠されています。
イブキがルイに襲いかかった瞬間、車外からの銃弾がイブキに命中しました。
それはイブキが前もって部下に指示していたことであり、自分を殺せないだろう優しいルイを解放するために襲いかかる振りをして部下に殺されるよう仕向けたのです。
最後にイブキの口から吐き出された吐息は「別れの息吹」となって2人に別れをもたらします。
生きる世界は違っても共に生きたいという願いは届かず、イブキは息絶えてしまいます。
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この、手の中で燃え尽きた
金色の優しい彗星を
美しいたてがみを
暗闇の中握り締めた
≪優しい彗星 歌詞より抜粋≫
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彗星は氷と塵でできた小さな天体で、太陽に近づいて燃えるときに輝いて見えるものです。
命を燃やすという表現があるように、人も一生懸命に生きているときにいっそう輝くのかもしれません。
自分のために命を懸けてくれたイブキを腕に抱き、ルイは悔しさや怒り、寂しさや苦しさを感じていると思われます。
暗闇の中で光る彼の金色のたてがみが、まるで輝く彗星の光のように見えるのでしょう。
言葉にできない複雑な想いを抱えながら別れの時を噛み締めているルイの姿を思うと切なさがこみ上げます。
原作の世界観に引き込む感動の名曲!
YOASOBIの『優しい彗星』は肉食獣の使命と仲間への思いを背負って命を全うしたイブキに焦点を当てた楽曲でした。原作のストーリーを美しく表現した言葉の数々は、原作ファンはもちろんまだ原作を知らない方までもその世界観に引き込む力があります。
ぜひアニメと合わせて楽曲を聴いて、ルイとイブキの想いをさらに深く読み解いてください。