シンジの強い願いを感じるテーマソング
宇多田ヒカルの19thシングル『Beautiful World』といえば、エヴァンゲリオンを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
エヴァンゲリオンファンを公言する宇多田ヒカルの熱烈な思いを知った庵野秀明監督からオファーを受け、映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』の主題歌として書き下ろされました。
この作品はTVアニメの序盤の内容をなぞったもので、主人公の碇シンジが疎遠だった父親のゲンドウから、突然エヴァンゲリオンに搭乗し戦うよう命じられ、迷い悩みながら自身や周囲の人々と向き合っていく物語です。
『Beautiful World』はそのストーリーや名セリフからヒントを得て作られており、歌詞の中にエヴァに関連するワードがなくても、思わずエヴァを連想してしまうような楽曲になっています。
「美しい世界」を意味するタイトルの通り、エヴァンゲリオンの世界観を伝える感動的な楽曲です。
そのため、二作目の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』ではアコースティックアレンジしたリミックスバージョン、最終章となる『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』でもゼロからリメイクしたニューバージョンが起用され、まさしく劇場版全体のテーマソングとなっています。
それでは、エヴァンゲリオンのストーリーに触れながら、美しい歌詞の意味を紐解いていきましょう。
歌詞に込められた「愛」と「願い」の意味
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It's only love
もしも願い一つだけ叶うなら
君の側で眠らせて どんな場所でもいいよ
Beautiful world
迷わず君だけを見つめている
Beautiful boy
自分の美しさ まだ知らないの
≪Beautiful World 歌詞より抜粋≫
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印象的な冒頭のフレーズは「It's only love」。
英語で「それは愛だけ」と歌うように、この楽曲の根底にある想いが愛であることが窺えます。
そして、もう一つの大きなテーマは願いです。
宇多田ヒカル自身も「願うことが生きること」と語っていて、生きていく上で重要な願いに注目させています。
主人公は「君の側で眠らせて どんな場所でもいいよ」と切実に願っています。
一見とても単純ですぐに叶いそうな願いですが、これが唯一の願いになるということは、それは主人公にとって叶えられない願いなのでしょう。
「自分の美しさ まだ知らないの」という言葉から、主人公は自身の魅力や可能性に気づいていないようです。
自分に自信がないから余計に「君」に執着し、愛する人が側にいる世界こそ「Beautiful world」だと感じています。
これがシンジ目線の歌とするなら、もう会えない母親・ユイや初めて心を開けた綾波レイを想う願いという意味かもしれませんね。
その強い愛と願いが、不安定な彼を支えてきたことが分かる表現です。
ゲンドウとユイが抱く願い
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寝ても覚めても少年マンガ
夢見てばっか 自分が好きじゃないの
何が欲しいか分からなくて
ただ欲しがって ぬるい涙が頬を伝う
≪Beautiful World 歌詞より抜粋≫
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主人公は少年マンガに溺れ、「夢見てばっか」で過酷な現実から目を逸らしているようです。
しかし、そうしてばかりはいられないことも分かっているので、そんな「自分が好きじゃないの」と認めています。
とはいえどうしていいか分からず、自身の本心さえよく見えません。
何を求めているかも分からないまま、満たされたい気持ちばかりが募り、訳もなく涙があふれてきます。
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言いたいことなんか無い
ただもう一度会いたい
言いたいこと言えない
根性無しかもしれない
それでいいけど
≪Beautiful World 歌詞より抜粋≫
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彼が分かっているのは、愛する人と「ただもう一度会いたい」という気持ちだけです。
何かを伝えたいのではなく、ただ会うことさえできるならそれ以上望むことはありません。
きっと目の前にすれば言いたいことさえ言えないから、周囲から「根性無し」と思われても再会だけを願うのです。
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どんなことでもやってみて
損をしたって 少し経験値上がる
≪Beautiful World 歌詞より抜粋≫
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その願いを叶えるためなら、どんなことでもしようとします。
結果がうまくいかないとしても経験値は上がります。
そうであれば失敗は悪いことばかりではないでしょう。
最後に願いが叶うのであれば、どんな苦労もいとわない意志の強さがひしひしと伝わってきますね。
これらの表現から、この曲はシンジの父・ゲンドウと母・ユイの歌でもあると言えるでしょう。
非道にも思えるゲンドウの行動の根底にあるのは、死んだユイにもう一度会いたいという純粋な願いでした。
そして、ユイの魂が初号機に残ったのは、生きた証を残したいという思いと共にシンジを守りたいという願いがあったからです。
どちらもどんな結果になるかは分かりませんでしたが、願いを実現させるために臆せず行動しました。
二人にとってまさに「願うことが生きること」だったのです。
シンジを想うカヲルの歌でもある?
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新聞なんかいらない
肝心なことが載ってない
最近調子どうだい?
元気にしてるなら
別にいいけど
≪Beautiful World 歌詞より抜粋≫
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新聞には多くの情報が載せられていますが、主人公が知りたい「君」の近況は載っていません。
元気でいてくれるなら詳しいことは分からなくてもいい、という考えは家族や友人に対して自然と感じるものでしょう。
自分の知らない場所でどう生きているとしても、元気でさえいてくれればいい。
側にいたいと願いつつも相手の幸せを一番に考えられるのは、深い愛の表れです。
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僕の世界消えるまで会えぬなら
君の側で眠らせて どんな場所でも結構
Beautiful world
儚く過ぎて行く日々の中で
Beautiful boy
気分のムラは仕方ないね
≪Beautiful World 歌詞より抜粋≫
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「僕の世界消えるまで会えぬなら」というフレーズは、物語の重要人物である渚カヲルと重なるのではないでしょうか。
意味深なセリフが多いカヲルは、世界をループしているのではと考えられています。
この説が正しいとすれば、シンジを幸せな結末に導くために何度もループしているカヲルは、確かに一人だけ違う「僕の世界」を生きていることになりますね。
そしてシンジにとって最良の結末を迎えた時、やっと本当の意味でシンジと会うことができ、一人で生きてきた世界も消えるのです。
「君の側で眠らせて」とは死を意味しているのでしょう。
願いが叶わず死んでしまうとしても、シンジの未来を変えるためであればまたループしようとするカヲルの思いが見えてきます。
『Beautiful World』はエヴァンゲリオンのキャラクターたちそれぞれの願いが詰まった楽曲です。
「儚く過ぎて行く日々の中で」生きていると、「気分のムラ」が生じるのは仕方がないこと。
それでもただ一つ、愛する人を想う願いだけは変わらない彼らの真っ直ぐな信念に心を揺さぶられます。
愛する人がいる世界は「Beautiful World」
トップアーティスト・宇多田ヒカルが歌詞や歌で表現する『Beautiful World』は、ただ見たままを美しい世界と表しているわけではありません。
生きていることさえ大変な現実の中でも、大切な存在がいるだけでどんなところでも尊い場所になるということを意味しています。
誰かを愛し繋がりを求める願いは、エヴァンゲリオンの世界だけでなく現実でも人が強く生きるための糧になるものです。
透明感のあるメロディと切ない歌声が、寂しさを抱える現代人の心を優しく受け止めてくれるでしょう。