響灘～Les Miserables～ 歌詞 冨永裕輔 ふりがな付

わたしが初はじめて愛あいした女性じょせいは
炭鉱たんこうの町まちへ売うられていった
わずか十じゅうの齢れいでゆくその人ひとの
頬ほおに蒲公英たんぽぽを押おし付つけた

「愛あいさないで でも憎にくまないで
いい加減かげんな男おとこで ただ笑わらっていてね 春はるの風かぜ
愛あいでない愛あいで愛あいされたい
それが従兄いとこの愛あいではないの
あなたを好すきになったわたしが嫌きらい」

あなたもわたしも あの川かわのように澄すみ切きっていた夏なつ
本当ほんとうの愛あいなど 一ひとかけらもなかったから

売うることのできる幸福こうふくのすべてを売うった不幸ふこう
きみ 芸者げいしゃ
買かうことのできぬ不幸ふこうのすべてを買かいたがった不幸ふこう おれ 文学ぶんがく青年せいねん
「明みん日水ひみず上あげ 嬉うれしくて悲かなしくて 馬鹿ばか々々ばかしくて
あなたからだと 日記にっきに嘘うそ書かくの
裸はだかで入はいってこんとね 菊池川きくちがわの鮎あゆにならんとね
ね 一緒いっしょに死しんでくれる
鮎あゆが一匹いっぴきで死しのうが 二匹にひきで死しのうが
阿蘇山あそざんの煙けむりには何なにの関係かんけいもないわよねぇ ねぇ」

こころのなかに肉体にくたいがないように
私わたしのなかにこころがない そうして
ないこころのために 兵隊へいたいにならなかった
わたしが立たっている
そのおれを許ゆるす このおれが許ゆるせるか

あの世よと この世よの 間あいだの今いまを生いきてゆく運命うんめい
大空おおぞらの砂漠さばく探さがして 散ちった君きみのあとで

母ははと別わかれて泣なかぬ 犬いぬと別わかれて泣なくクリスマス
おれを嫌いやがるおれを嫌いやがらぬ母ははを嫌いやがるおれ 草くさ毟むしる
「いかんでよか パリの月つきが玄界灘げんかいなだに
どんな涙なみだば落おとすとね」

故郷こきょうの名なを言いわなかった母はは 横よこの雲くも
従妹いとこが売うられた夜よる 薄暗うすくらがりの長押なげしを見みていた
いつまでも見みていた
その後姿うしろすがたが やがて 長押なげしよりも黒くろずんでいった
なぜか今いまは 赤茶あかちゃけた闇やみがある

あなたの手てを離はなし 炎ほのおの中なかを私わたしだけ走はしる
私わたしを産うんでくれた 炎もえる母ははを残のこして

お母かあさん あなたを死しなせてしまいました
力ちからを尽つくせば 救すくい出だすことができたのに
友達ともだちたち 君きみたちを死しなせてしまいました
工夫くふうを凝こらせば 死地しちにゆかせないことができたのに

奪だつれぬ天下てんかだから奪だつれ 父ちちの号令ごうれい 五月闇さつきやみ
天下てんかを奪だつらなかった父ちちの遺産いさん 日本刀にほんとう 大だい玄海げんかい
滝たき飛沫しぶき 死しんだ 生うまれた 泣ないた 笑わらった
あの世よとこの世よ 牧山まきやま峠とうげ 一本道いっぽんみち きみとおれ

きみ去さってからの 水みずたまりの虹にじ
「虹にじ、それは前生ぜんしょうの祈いのり」
遠賀川おんががわ 遠とおくの賀がびは 近ちかくの悲かなしみですか
鳥とり泳およぎ 魚さかな飛とぶなら そこがどこでも 響灘ひびきなだ
あぁ 響灘ひびきなだ