この旅たびは先さきが見みえないけど
だからこそ行いく価値かちがあるんだろう
捨すてきれなかった心こころの地図ちず
そこに道みちを描えがくのは紛まぎれも無ない自分じぶん
人ひとは限かぎられた時間じかんの中なかで喜よろこび悲かなしみを抱かかえ
泣ないて笑わらって出会であい別わかれ
大切たいせつなものを見みつけて
きっと綺麗きれいなものばかりじゃないだろう
この手てを汚よごすこともあるだろう
振ふり返かえり帰かえりたくなることもあるだろう
それでも涙なみだを拭ぬぐったなら
また一ひとつ見みつけたよ いつのまにか
どこかで落おとしていた 自分じぶんのカケラを
巡めぐり会あってまた別わかれて そして歩あるき出だす
時ときに笑わらったり時ときに泣ないたり それでも歩あるいてく
先さきなんて見みえなくて
むしろわかることのほうが少すくないこと多々ただあるけど
ありのままで 僕ぼくになって どこまでも遠とおくへ
旅たびだって 孤独こどくを知しって 踏ふみ出だして
自由じゆうになって 風かぜにふかれ
雨あめに打うたれ それでもありのままで
それぞれがいくそれぞれの道みち
それぞれ探さがすそれぞれの意味いみ
いつの日ひかまた互たがい見みつけられるよう
でかく自分じぶんらしい花はな咲さかせよう
巡めぐり会あってまた別わかれて そして歩あるき出だす
時ときに笑わらったり時ときに泣ないたり それでも歩あるいてく
先さきなんて見みえなくて
むしろわかることのほうが少すくないこと多々ただあるけど
ありのままで 僕ぼくになって どこまでも遠とおくへ
終おわりなき旅たびの中なかで
僕ぼくらは大切たいせつなものを見みつけてはなくして
同おなじような過あやまちを繰くり返かえして
僕ぼくらは少すこしずつ大人おとなになっていく
少すこしずつ臆病おくびょうになって
踏ふみ出だせずにいるときもあって
果はてしなく続つづく道みちの先さきへ 自分じぶんの信しんじる方ほうへ
巡めぐり会あってまた別わかれて そして歩あるき出だす
時ときに笑わらったり時ときに泣ないたり それでも歩あるいてく
先さきなんて見みえなくて
むしろわかることのほうが少すくないこと多々ただあるけど
ありのままで 僕ぼくになって どこまでも遠とおくへ
このkono旅tabiはha先sakiがga見miえないけどenaikedo
だからこそdakarakoso行iくku価値kachiがあるんだろうgaarundarou
捨suてきれなかったtekirenakatta心kokoroのno地図chizu
そこにsokoni道michiをwo描egaくのはkunoha紛magiれもremo無naいi自分jibun
人hitoはha限kagiられたrareta時間jikanのno中nakaでde喜yorokoびbi悲kanaしみをshimiwo抱kakaえe
泣naいてite笑waraってtte出会deaいi別wakaれre
大切taisetsuなものをnamonowo見miつけてtsukete
きっとkitto綺麗kireiなものばかりじゃないだろうnamonobakarijanaidarou
このkono手teをwo汚yogoすこともあるだろうsukotomoarudarou
振fuりri返kaeりri帰kaeりたくなることもあるだろうritakunarukotomoarudarou
それでもsoredemo涙namidaをwo拭nuguったならttanara
またmata一hitoつtsu見miつけたよtsuketayo いつのまにかitsunomanika
どこかでdokokade落oとしていたtoshiteita 自分jibunのnoカケラkakeraをwo
巡meguりri会aってまたttemata別wakaれてrete そしてsoshite歩aruきki出daすsu
時tokiにni笑waraったりttari時tokiにni泣naいたりitari それでもsoredemo歩aruいてくiteku
先sakiなんてnante見miえなくてenakute
むしろわかることのほうがmushirowakarukotonohouga少sukuないことnaikoto多々tadaあるけどarukedo
ありのままでarinomamade 僕bokuになってninatte どこまでもdokomademo遠tooくへkuhe
旅tabiだってdatte 孤独kodokuをwo知shiってtte 踏fuみmi出daしてshite
自由jiyuuになってninatte 風kazeにふかれnifukare
雨ameにni打uたれtare それでもありのままでsoredemoarinomamade
それぞれがいくそれぞれのsorezoregaikusorezoreno道michi
それぞれsorezore探sagaすそれぞれのsusorezoreno意味imi
いつのitsuno日hiかまたkamata互tagaいi見miつけられるようtsukerareruyou
でかくdekaku自分jibunらしいrashii花hana咲saかせようkaseyou
巡meguりri会aってまたttemata別wakaれてrete そしてsoshite歩aruきki出daすsu
時tokiにni笑waraったりttari時tokiにni泣naいたりitari それでもsoredemo歩aruいてくiteku
先sakiなんてnante見miえなくてenakute
むしろわかることのほうがmushirowakarukotonohouga少sukuないことnaikoto多々tadaあるけどarukedo
ありのままでarinomamade 僕bokuになってninatte どこまでもdokomademo遠tooくへkuhe
終oわりなきwarinaki旅tabiのno中nakaでde
僕bokuらはraha大切taisetsuなものをnamonowo見miつけてはなくしてtsuketehanakushite
同onaじようなjiyouna過ayamaちをchiwo繰kuりri返kaeしてshite
僕bokuらはraha少sukoしずつshizutsu大人otonaになっていくninatteiku
少sukoしずつshizutsu臆病okubyouになってninatte
踏fuみmi出daせずにいるときもあってsezuniirutokimoatte
果haてしなくteshinaku続tsuduくku道michiのno先sakiへhe 自分jibunのno信shinじるjiru方houへhe
巡meguりri会aってまたttemata別wakaれてrete そしてsoshite歩aruきki出daすsu
時tokiにni笑waraったりttari時tokiにni泣naいたりitari それでもsoredemo歩aruいてくiteku
先sakiなんてnante見miえなくてenakute
むしろわかることのほうがmushirowakarukotonohouga少sukuないことnaikoto多々tadaあるけどarukedo
ありのままでarinomamade 僕bokuになってninatte どこまでもdokomademo遠tooくへkuhe