熊木杏里 7月に発表した麻枝准とのコラボレーションアルバム「Long Long Love Song」をまるごと披露
10月11日、渋谷O-West。今年、 デビュー15周年を迎えた熊木杏里が<An‘s Meeting>と銘打って行っている数多くのライブの中でも、このステージはいつもとは趣を異にする。
7月に発表した麻枝准とのコラボレーションアルバム「Long Long Love Song」をまるごと披露するのだ。つまりオリジナル曲を1曲も歌わない。しかも初のスタンディングライブとなれば、彼女にとっては大きなチャレンジだし、ファンにとっても新鮮な体験になるだろう。また、アルバムを通じて熊木を見知った人も少なくないと見えて、会場はオーディエンスの期待感に満ち、開演前から熱を帯びていた。
ライブは、アルバムの曲順に沿って進められた。1曲ごとに紡がれた物語は、それ自体で完結しているのだが、繋げることでよりスケールの大きな世界観が描かれる。ステージ後方に配された大きなスクリーンには曲に合わせたアニメーションと歌詞が次々に映し出され、オーディエンスはおのずと「Long Long Love Song」の深淵に引き込まれていく。
アルバム制作にあたっては、熊木自身が手掛ける曲とはテイストもテンポも違う麻枝作品にずいぶん苦戦したと聞くが、いざこうしてステージに広げてみれば、温度感のあるバンドサウンドも手伝って、熊木らしいとさえ言えるあたたかな歌声が響いた。「ずっと歌っていきたい」と言いたくなるのもなるほど、麻枝准が紡いだ物語と、その表現者となった熊木杏里のコラボレーションは、この日のライブでさらなる進化を見せたといっていい。ミディアムテンポの楽曲はもとより得意だとしても、アップテンポのロックからデジタルチューンまで。歌う本人がなにより楽しそうで、それを目の当たりにする客席フロアも当然盛り上がる。そんなに大きなステージではなく、だから熊木はセンターの立ち位置からほとんど動くことはないのだが、とても自由にたゆたっているように見えた。自分の言葉とメロディから離れて、新たな音楽に身を投じた裸のボーカリストは、楽曲たちが内包する柔らかさやはかなさとは裏腹に、そのステージでとても凛々しく、頼もしかった。
コンセプトアルバムのライブだから、もちろんその世界観にきっちりと寄りそう。だけど、朗らかなMCで会場に笑顔をもたらしたり、時におどけた表情を見せたりしてライブの流れに起伏をつけていくあたりには、さすがに彼女のキャリアを思わずにはいられなかった。シンガーソングライターとして大小のステージで歌い続けた15年は伊達じゃないのだ。きっと、はじめて熊木杏里を観た人も楽しめたことと思う。
本編ラスト、アルバムでももちろんラストを飾った「Love Songの作り方」で会場を埋め尽くしたみんなの歌声が、そのなによりの証拠だ。あたたかな、幸せな空気に包まれて、「Long Long Love Song」のステージは幕を下ろした。
ちなみに、今回のプロジェクトが熊木にもたらしたものは、すでに彼女の音楽の中で実を結び始めている。リリース日こそ前後したが、「Long Long Love Song」の制作を終えてからレコーディングした最新オリジナルアルバム「群青の日々」を聴けば、それは一目瞭然だ。表現力というべきか、そのボーカリゼーションの幅と奥行きの広がりに驚いた人も少なくないだろう。
そうしてさらなるポテンシャルを感じさせながらライブ活動は続き、12月には昨年に引き続き中国8か所8公演を行う。そして、この日、O-Westのステージで告知されたのは、来年3月24日に決定した東京国際フォーラムホールCでのライブ。15周年イヤーの締めくくりに彼女が何を見せてくれるのか、今から楽しみにしていたい。15年のその先へ、熊木杏里ののびしろは、まだまだ尽きることがない。