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サスケ 瀬戸大也選手の公式応援ソング「エールソング」を瀬戸選手の目の前で初披露!



シンガー・ソングライター・デュオ”サスケ(奥山裕次(38)、北清水雄太(38))”が、彼らの出身地である埼玉県入間郡毛呂山町から誕生したリオデジャネイロ・オリンピック競泳日本代表でメダルの期待がかかる瀬戸大也選手(21)の同町で行なわれた壮行会に参加した。

この日サスケは「虹を探すひと」「人生を闘う戦友たちへ」代表曲「青いベント」の3曲を披露。

小学校の頃から地元の先輩サスケの歌を聴いて育ったと語る瀬戸選手。「青いベンチ」ではVo北清水の無茶振りになんと瀬戸選手もマイクを持って「青いベンチ」を熱唱。会場を沸かせた。

さらに、この日瀬戸大也選手の公式応援ソング「エールソング」を瀬戸選手の目の前で初披露。

楽曲の制作ののきっかけとなったサスケと瀬戸選手の出会いは故郷毛呂山町の「観光大使委嘱状交付式」だ。

この「エールソング」は自分達とは違う道で夢に向かって直向きに頑張っている瀬戸選手に歌を贈りたいという気持ちのままに、一晩で書き下ろした曲(「エールソング」の原曲となる楽曲)を、昨年11月に行われた瀬戸選手のご家族や町の人達も集まったこの式で披露したところ、この歌の持つ力や意味をサスケ自身が再確認する場ともなり、後日、瀬戸選手のご家族からのご提案で、瀬戸家の家訓である“自分を信じる心”という言葉を織り込んで再構成され完成した楽曲。

奥山は演奏終了後「先日の日本選手権に応援に行かせていただいて、見ているとき自分の中でこの曲が流れたので間近でみて本当に興奮しました」

北清水はこの楽曲について、「今日応援に駆けつけたみんなで1つになって家族のような気持ちでみていて、無条件に頑張っている姿にこっちがエールをもらってたりして感動していたりしているんですよね。

この曲は自分の思いだけではなくて、ご家族や地元毛呂山町の皆さん、自分自身に対して応援して鼓舞して大也君も頑張っていると思うので、そういう皆さん思いを自分なりに感じて書いたつもりなので、皆さんの歌であって、大也君の曲だと思っていただけたら幸いです。声枯らして応援したいと思います!」

この楽曲を聴き終えて瀬戸選手は「本当に頑張れそうです!自分をイメージして作って頂いた曲なので、歌詞1つ1つに込められている思いが自分や家族にリンクしているところがたくさんあって胸から熱くなるような大好きな曲になりました。リオでもこの曲を聴いて頑張ります」とコメントした。

この瀬戸大也選手の公式応援ソング「エールソング」は4/25よりサスケのHPで一部公開される。

埼玉県毛呂山町出身の2人組男性デュオ。高校時代の同級生である北清水雄太と奥山裕次が、2000年4月2日にサスケを結成。名前の由来は特になく、北清水の中に突然降りてきたとのこと。作詞作曲は主に北清水が担当。2003年10月25日にインディーズで発売された『青いベンチ』は、当初、彼らの地元大宮···

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【サスケプロフィール】
デビューシングル「青いベンチ」は、ストリートライブの聖地、大宮駅西口ペデストリアンデッキでのライブ活動で人気を集めていたサスケが、かつて大宮アルシェ5階にあったCDショップ、NACK5 TOWN(現在はHMV大宮アルシェ)で限定発売されたのがきっかけで、2004年テレビ朝日系「The Street Fighters」で取り上げられ、切ない失恋ソングとして口コミで全国へ広がり、発売から62週という記録的な期間でOriconシングルチャート8位にまで上り、2004年のインディーズ年間で3位、2005年年間では1位を記録し、当時インディーズでありながらシングル30万枚の大ヒットした。

2009年解散を発表するも、2014年4月に再結成を果たし全国で活動中

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