ボカロ界に突如現れた同人サークルによる、伝説のボカロ曲
2012年、ボカロ界であるサークルが結成されました。
その名はKEMU VOXX。前年から突然現れた期待の新人PであったKemuを中心に結成されたグループです。
彼らは、ある壮大な物語を楽曲に落とし込む事に決めました。
そしてそのシリーズの中、生まれたのが『六兆年と一夜物語』。
のちにボーカロイド伝説入りをはたし、ボカロファンの中で聴き続けられることになる、この曲が語る物語の中身に迫ります!
再生数800万超え!緻密な物語性に深読みせずにはいられない!?
KEMU VOXXの楽曲は全て、一つの世界観を基に制作された物語調の楽曲となっています。
『六兆年と一夜物語』はその四つめにあたるもので、ファン達から「リクくん」と呼ばれている「僕」と、「君」という一人の少女を主体に物語が展開されています。
歌唱するボカロはIA。Kemu Voxx内では初のIA歌唱楽曲です。
あまりの緻密な物語性を含んだ歌詞展開故に、ファンの間ではIAを使用した事にも何か意味があるのではないか、と推察までされています。
ニコニコ動画での再生数は現時点で800万回超え、YouTubeでは2000万回を超えています。ボーカロイド伝説入り曲とも言われ、今なお語り聴き継がれている楽曲なのです!
KEMU VOXXリーダーkemu。その正体はあの人気バンドのベース!?
KEMU VOXXは2012年1月にボカロPのKemuを中心に結成された同人サークルです。
Kemuが制作した楽曲を基に、同じくボカロPのスズムがSMCを担当し、絵師のハツ子が描いたイラストをke-sanβがMVに仕上げる形で、楽曲投稿を行っていました。
2013年5月に投稿した『敗北の少年』を最後に一度その活動は停止したとされていましたが、2017年新曲『拝啓ドッペルゲンガー』の公開と同時に活動を再開。
投稿楽曲その全てがミリオン入りをはたすという、驚異の人気を誇るボカロチームです。
さらに近年Kemu本人により、その正体がバンド『PENGUIN RESEARCH』のベースを担当している堀江晶太であることが明かされました!
『PENGUIN RESEARCH』もまた“今最もライブを観たいバンド”と称され、バンド、ボカロ、両音楽ジャンルで人々から人気を得ているバンドなのです!
短い言葉の中に秘められた、壮大な物語の背景
ここからは歌詞を見ていきましょう。いよいよ、この楽曲の語る物語に迫ります!
一番Aメロからわかるのは、この物語の主役が「名も無い時代」に「集落」の「忌み子」として扱われていた少年だということです。
つまりこの少年こそが、リクくんなのでしょう。
注目点は望まれずに生まれてきた子供のことを指す「忌み子」という言葉。
現代ではあまり使われなくなった言葉ですが、言葉自体の歴史は古く、天皇后が生んだ双子の男児が最初の忌み子として『日本書紀』に記されています。
数十年前まで双子は忌み子として蔑まれていたのです。
古き日本の時代には、その名がなかった頃というものが存在しています。つまり「名も無い時代」とはそうした古き昔を示唆する言葉なのでしょう。
「悲しい事は何も無い」しかしその歌詞に続くのは、悲しくなるようなお話です。
忌み子であったリクくんは、生みの親からも疎まれていたのでしょう。
だから「叱られた後のやさしさ」や「雨上がり手の温もり」といった子が親に与えるもの全てを知らないで育ってきてしまったのです。
「本当は寒いんだ」という歌詞も「寒い」という言葉に隠された、彼自身の冷酷な境遇がよく伝わってきます。
「僕は何で死なない?」という疑問にも言外に「僕は死にたいのに」と願っているような情景描写が浮かびます。
そして、そんな彼の前にある人物が現れるのです。
この「君」とは、MVに描かれているもう一人の人物を指していると思われます。
どこかリクくんに似た雰囲気のある長い髪の少女。彼女は他の者達が彼を蔑む中、唯一彼に普通に話しかけてくれます。
しかし舌を奪われているリクくんはそれに返す事ができません。
さらに、他者から酷い扱いを受けてきたにもかかわらず、返事ができない事に対して「ごめんね」という謝りの言葉。
彼が受けて来た扱いがよくわかると同時に、彼自身の性格もわかる歌詞です。
他人を気遣う優しさを、誰からも優しさを受けないで育った彼が知っているかと思うと、深い悲しさで胸がいっぱいになりますね。
リクくんに「一緒に帰ろう」と告げて来る君。
一番の歌詞に対になるかのように、その手を引いた彼女とリクくんの運命はどうなってしまうのでしょうか。
「知らない」から始まる一番と対になるフレーズ。
慣れない他人の温もりに戸惑う反面、これが現実の事である事を噛みしめているのがわかります。
しかしここで新たな謎が出てきます。それが「忌み子がふたり」という歌詞。
今まで忌み子だと言われていたのは、リクくんだったはず。増えた登場人物は、君だけ。となると、この「ふたり」とはリクくんと君だと推測がされます。
日本では数十年前は双子を忌み子として蔑まれていたと紹介しましたよね。ということは、もしかして君はリクくんの双子の姉妹の可能性もあるのかもしれません。
物語への想像が広がるのを感じつつ、逃げ出した二人の行方を見てみましょう。逃げ出した先で彼らを待っているのは、幸福とは言い難いものでした。
夜が明け、捕まってしまった二人。
このままでは、またあの冷酷な日々に戻ってしまう。君に関してはリクくんを連れ出した罰としてもっと酷い事が待っているかもしれません。
リクくんが願ったのはそのときです。
「皆いなくなればいいのにな」
今までどれだけ他人に蔑まれても、死にたいと願うばかりで他人にその感情をむけてくることはなかった優しいリクくん。
そんな彼がこの時、初めて他人に対して強い憎しみを吐き出したのです。
そしてそのとき、「知らない声」が聞こえてきます。この「知らない声」というのはKemu vox楽曲に共通して登場する、ある『神』の声だと思われます。
この神がどのような思惑で彼の願いを叶えたのかはわかりませんが、叶えた事で全人類は消される事となります。
そして「夕焼けの中」へ吸い込むように消した――。
ありし日に手を引かれ、世間からリクくんが姿を消された時のように……。
物語性だけが魅力じゃない!高い中毒性を放つ「堀江節」
緻密性の高い物語とは別に、この楽曲にはもう一つ魅力があります。
それが驚くべき速さと豪快さで奏でられる、高い中毒性をもったメロディーです。
Kemu Voxx作品全体に通ずる共通点でもあり、同時に現在「堀江節」とも呼ばれている、kemuこと堀江晶太の持ち味でもあるメロディーです。
まるで聴く者の鼓膜を殴っていく様な堀江節の曲調に、「知らない」「死なない」などのドストレートかつ綺麗に韻の踏まれた歌詞が繰り返される事で、その言葉とメロディーが頭の中に染みつき、離れられなくなってしまいます!
しかしその反面、堀江晶太制作の楽曲には繊細なピアノバラードの楽曲なども存在しています。そのギャップの差は激しく、この曲のイントロにもそれが発揮されています。
サビの終わり部分のメロディーをピアノ版にアレンジしたと思われるメロディー。そのあとに続く堀江節の気配など一ミリも感じさせない、もの悲しい旋律が奏でられています。
つまりこの楽曲は、KemuというボカロPが持つ二面性が存分に発揮されている楽曲なのです!
ノベライズ発売中!楽曲だけでは解けなかった謎の答えが記される
画像引用元 (Amazon)
実は「六兆年と一夜物語」は現在ノベライズ化されています。
この記事では歌詞だけを基にして物語を解読していますが、小説版ではKEMU VOXX原案による物語が書かれています。
曲中だけでは得られなかった明確な展開が書かれている他、同様にノベライズ化されているKEMU VOXXの楽曲に関わる重大な「過去」を紐解く話にもなっています。
ぜひ楽曲だけではなく、小説版も手に取ってみてください!
TEXT 勝哉エイミカ