矛盾する二つの心
ドラマの主軸を担う井沢範人は、自らがかかわる「未然犯罪捜査対策準備室(ミハン)」のせいで、愛する妻子を殺された過去を持っています。
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愛を止めて 僕から逃げて
壊して欲しいよ 全部 全部
過去も捨てて 笑い飛ばして
いいよ いいよ いいよ
≪未完成 歌詞より抜粋≫
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この世から犯罪をなくしたいという願いと、犯人への強い憎しみという相反する感情を抱えた井沢は、常に一線を越えてしまいそうな危うさを持った人物。
歌い出しから「僕から逃げて」「壊して欲しい」「過去も捨てて」と、ネガティブな言葉が並ぶこの楽曲は、まさに彼の心を歌い上げたものだといえそうです。
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「嘘吐き」って言って
無論 突き放して
もう夢見ないように
行き過ぎた感情
暴れ回るなら
いっそ 世界から 消し去っていいのに
≪未完成 歌詞より抜粋≫
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どんなに正義を掲げ、信念を持ってミハンと向き合っても、井沢の心には常に復讐心がたぎっています。
それはある意味「嘘つき」といえるかもしれません。
井沢が夢見る犯罪のない世界は儚い幻となり、殺された妻子との幸せな日々は悪夢になってしまいそうな危うさが漂います。
「行き過ぎた感情 暴れ回るなら」という歌詞は、自分の感情を抑えきれずに苦しみ、雄叫びを上げる彼の姿に重なります。
“もしも自分が一線を越えることがあったら殺して欲しい”
信頼する部下である山内徹にそんなお願いをしてしまうほど、井沢は自分の心を持て余し、取り扱いに困っていたのでしょう。
犯罪のない世界を望むからこそ、一線を越えそうな自分や妻子を亡くした悪夢に苛まれる日々にへきえきとしているのかもしれません。
似たもの同士
井沢の境遇に似た人物が登場します。
その人物とは、ミハンの統括責任者である香坂朱里です。
幼い頃に父親が犯罪を犯し、人の命を奪ってしまったコンプレックを抱えた女性です。
多くの人が犠牲になる中、自分だけが助かってしまった罪悪感や犯罪者の娘であることを隠し、素性を変えて生きてきた人生が彼女に重くのしかかっているのです。
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「本当を見せて」
言いながら 隠して
騙し合う二人
≪未完成 歌詞より抜粋≫
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井沢に対して冷たい態度を取り距離を保っていた彼女も、心の奥底に抱えている苦しみは同じだと気づきます。
家族を失った苦しみや、家族が犯罪者になってしまった辛さ。
人には言えない傷を抱えた2人が惹かれ合っていくのは自然なことです。
それでも、彼女は犯罪のない世界を作るために嘘のテロを画策し、ミハンを裏切るような行動に出ています。
同じ思いを抱えているのに、アプローチ方法が違う2人。何とも歯がゆいものです。
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不必要に君は
傷つけて来るけど
僕の愛でしか 寂しさ満たせないよ
≪未完成 歌詞より抜粋≫
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彼女は井沢を必要としながらも、自らの目的のために遠ざけます。
同じ痛みを分かり合える人がいるのに、1人で過去の傷と向き合い、傷ついていきます。
近づきたいのに近付けない、2人の切ない関係を見事に表現しています。
生み落とされた悲しみ
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僕はなんて 未完成
どうしたら良いか 分からないんだ
救えないなら 生まないで
≪未完成 歌詞より抜粋≫
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この歌詞には、自分ではどうにもできない悲しみが滲み出ています。
井沢と同じように、善と悪の狭間で苦しむのは、真犯人の篠田浩輝。
ミハンのシステムの生みの親である加賀美聡介に共鳴し、ミハンに興味を持った篠田は、父親の犯罪に巻き込まれて死にかけた経験から、犯罪を激しく憎みます。
しかし、それ故に自ら犯罪者を手に掛け、犯罪を犯してしまう悲しい人物。
彼もまた井沢と同じように、犯罪のない世界を求めつつも、自らの行動の矛盾に苦しんでいました。
加賀美は、篠田を犯罪者にしてしまったことへの責任を感じています。
加賀美によって犯罪者・篠田が生み出されたという意味では「どうしたら良いか 分からないんだ 救えないなら生まないで」という言葉は篠田の心の叫びなのでしょう。
悲しみが交錯する世界
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二度と振り返らないで
上手く 幸せになってね
こんな僕が 愛してごめん。
≪未完成 歌詞より抜粋≫
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この歌詞には、様々な人物の思いが絡み合っているように感じます。
実の弟である篠田という犯罪者を持つ姉の朱里。
彼女にとって篠田は、自分の罪の証でもあります。
父親の犯した犯罪で多くの人が死に、弟である篠田も死にかけました。
そんな中、自分だけ助かり犯罪者の子供という事実からも逃げてきた彼女にとって、すべての傷を一身に負い、犯罪に手を染めた弟を責めることはできないのでしょう。
だからこそ「二度と振り返らないで 上手く幸せになってね」「愛してごめん」という歌詞が胸に迫るのです。
また、篠田を犯罪者にしてしまった責任を感じている加賀美にとっても「上手く幸せになって」というのは切なる願いでしょう。
実際には、篠田は加賀美の腕の中で息を引き取りますが、本当は篠田が犯罪者ではない道を歩み、幸せになることを心から願っていたはずです。
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正常な日々を お願い返して
終わりたい 終われない
いいよ 君が決めて
≪未完成 歌詞より抜粋≫
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「正常な日々」とは、日常が壊れる前の当たり前の幸せ。
井沢にとっては妻子を亡くす前の平凡な日々、朱里や篠田にとっては、父親が犯罪に手を染める前の平穏な日々でしょう。
ほんの少しの変化が日常を壊し、癒えることのない傷を刻みつけます。
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例え何処で 生きていたって
僕らにしか見えていない
世界は 脆過ぎたみたい
「会えて良かった」と君が笑う
もう 自由だよ
もう 自由だよ
≪未完成 歌詞より抜粋≫
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それでも「会えてよかった」と思える出会いもたくさんあります。
たくさん傷つき、ボロボロになりながらも、最後には希望が隠れているような、温かさを秘めた楽曲『未完成』は、まさにミハンに関わる人たちに捧げられた歌といえるでしょう。
TEXT 岡野ケイ