泣いている「あの子」に重ね合わす自分
2020年3月25日発売のアルバム『40果実の木』に収録されている『徒花の涙』。YouTubeでのMV再生回数は2020年現在170万回を突破。大きな話題を呼んでいます。
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一人っきり あの子は泣いていた 逃げ出した過去の無力 思い出して
大切な記憶を ひた隠し 生まれてはいけなかったと泣いていた
事変の荒波が 畝りをあげてゆく いづれ誰もが通る 別れ道へ
後戻りができない 僕らの 自由とは何だろうか 出会ってしまう迷路
≪徒花の涙 歌詞より抜粋≫
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歌詞の幕開けを飾るのはこんな一節。
「一人っきり」で泣いている「あの子」を舞台の中心に据えた物語が始まります。
「逃げ出した過去」という表現には、おそらく多くの人が共感を覚えるのではないでしょうか。
誰しもが持っているであろう、忘れたいほどに嫌な過去の記憶。
機械のメモリーのように消し去りたいと願ってもなかなか消えてくれないそれは、否が応でも思い出の片隅にこびりついて離れません。
そんな過去のしがらみを、歌詞に登場する「あの子」も同じように抱えているのでしょう。
そしてそんなネガティブな感情は、時に「大切な記憶」でさえも黒く塗りつぶしてしまうもの。
本当はとても大切でキラキラ輝いているものであったとしても「ひた隠し」生きていかなければならない状況には、とても胸が痛みますね。
人気の高い文学的な歌詞、そのヒミツ
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生まれた 代償ばかりに罪を抱いて 死に損なった心が
のこされた愛も奪ってしまって からっぽになった
解いてよ 痛いよ 殺してくれよ うなされた夜の行く末は
決めつけられた 痛烈な惨状 苛烈業苦の中で
≪徒花の涙 歌詞より抜粋≫
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続く歌詞では、さらに悲壮感を漂わせた歌詞が聴き手の心を揺さぶります。
「生まれた代償」という言葉を口に出してしまうほど「あの子」の心は荒んでしまっているのが分かります。
「死に損なった心」はとうとう、なくなりかけていた「愛」でさえも奪ってしまいます。
そうして精神的な落ち込みがピークに達した「あの子」の口からはとうとう「殺してくれ」という叫びが飛び出します。
痛々しい言葉に聞こえますが、現実に同じような苦しみを抱えている人が少なくないのもまた事実。
そんな聴き手に向けて、全身全霊を込めた歌声がメッセージを届けます。
また、生まれながらにして罪を背負っている、という考え方やその後に登場する「愛」といったキーワードは、どこか聖書やキリスト教的な発想を聴き手に与えます。
美しい日本語で描かれる文学的な歌詞も、この楽曲の魅力の一つ。
その秘密は、圧倒的な語彙力の上に成り立つ言葉一つ一つの聡明さにあるのかもしれません。
ウォルピスカーターの魅力があふれる
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そうだ 僕たちは 苦しくても 息をする
いつかはそうだ 僕たちは 嬉しくて 泣いていた
生きる意味それは 生まれたこと /(精一杯 息をしようぜ)
僕たちが生きる「今」のこと /(どんな困難も乗り越えろ)
≪徒花の涙 歌詞より抜粋≫
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楽曲を締めくくる一節では、勇気あふれるポジティブな結末が聴き手を迎えます。
「僕たちは苦しくても息をする」という言葉からは、どんなに苦しい状況にあっても決して諦めてはいけないのだという力強いメッセージが感じられます。
一見ありきたりな言葉にも聞こえますが、続く一節でそのメッセージに説得力を持たせているのがポイントです。
「いつかはそうだ 僕たちは嬉しくて泣いていた」
つまり、誰しもの体には本来「悲しみ」だけでなく「嬉しさ」を表現するための涙が備わっているということ。
自分の経験と重ね合わせて思わずハッとさせられるような表現が、聴き手の心を掴みます。
そして「生きる意味」に対しても一つの答えを提示しています。それは「生まれたこと」。
生まれたことには何の罪もない、生まれた時点でそれが生きていることの理由になるのだという温かい思いが歌詞に込められています。
『徒花の涙』は楽曲に込められた大切な想いを最大限に表現して見せるウォルピスカーターの魅力がたくさん詰まった一曲です。
TEXT ヨギ イチロウ