「クリーム」が演出する世界観とは
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ベランダに出た 青い柵にもたれかかって煙を喫んだ
不確かな日々 歩きながら確かめていった
日が暮れるのが遅くなったね
だんだん暖かくなってきたね
風も気持ちよくなってきたね窓をあけようか
≪クリーム 歌詞より抜粋≫
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こんな一節で始まるのが、TikTokをきっかけに若いリスナーからの知名度を一気に獲得した新進気鋭のアーティスト・yamaの『クリーム』です。
2020年5月にリリースされたこちらの楽曲も、大ヒットとなった『春を告げる』に続いて大きな話題を呼んでおり、MVの再生回数も記録を伸ばし続けています。
「ベランダ」という舞台設定が歌い出しに使われている『クリーム』。
中でも印象的なのが、飾らないままの人生を真っ直ぐに捉えた表現です。
タバコの「煙」が倦怠感を伴った現実的な日常を思い起こさせます。
ちょっぴりオトナな雰囲気の漂うこのキーワードが20代を中心とする若者のハートをグッと掴みます。
続く歌詞では「不確かな日々」を「歩きながら確かめて行った」ことがわかります。
さらにはその思い出を語りかけるような口調で口にしていることから、恋人または親しい間柄の友人が同じ部屋にいると考えられます。
あるいは、主人公1人だけで自問自答のように自らに問いかけているシーンととらえることもできるかもしれません。
まるで時間が止まったかのようななんとも心地よい瞬間を、これでもかと文学的に表現して魅せるタバコの煙が歌詞の世界観を強めているように感じられますね。
日常、そして人生を象徴した歌詞
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茜色の空を眺めながら肩にもたれかかって
夢みたいな日常がいつしかありました
寄り道は気づかないしあわせの形だね
変わらない階段と景色を刻んで
≪クリーム 歌詞より抜粋≫
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続く一節で描かれるのは、「人生」を象徴するような表現力の高い歌詞です。
「茜色」に輝く空の色を眺める主人公。
目に眩しいほどに鮮やかで綺麗な夕焼けの街の情景が、聴き手の目にも浮かんできそうなほどにみずみずしい描写で描かれています。
そしてそんな風景の中で、思い返す過去の日々を「夢みたいな日常」だったと語ります。
おそらく、この部屋に引っ越してきてからそれなりに時間を過ごしたのでしょう、窓の外の景色や「階段」の様子が思い出と共に主人公の心に飛び込んできます。
輝かしい毎日の思い出も、今はどこか落ち着いてしまって過去のものとなってしまった。
ふと夢から醒めたような目線で紡がれる言葉からは、過去の日常への「決別」すらも感じさせるような大きな想いが見え隠れしています。
ネガティブな感情にそっと寄り添う
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まどろみの中へ
白い壁が暖かい陽に染まって
綺麗な街をこえているとなんだか悲しくなったんだ
移りゆく景色これからの生活を想って暗がりへ
そっと目を閉じた
≪クリーム 歌詞より抜粋≫
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美しい情景描写が主人公の心情と一気に重なるのがこちらの一節。
「まどろみの中」へと行ってしまうほど、言い換えればうとうとと眠ってしまいそうになるほどに心地よさを感じている主人公。
しかしその眠気は心地よさに加えて「倦怠感」の現れでもあるでしょう。
輝いていた過去の日々と比べてなんだか味気ない時間を過ごしている主人公にとって、目の前に広がる鮮やかなオレンジも街の綺麗な景色は退屈ないつもの風景になってしまっています。
そんな姿に対応するように、続く一節では時間と共に「移りゆく景色」を眺めて「これからの生活」を気にかける主人公が描かれます。
街が闇の中へと沈んでいくその風景の移り変わりが、主人公の日常にも次第に険しい道のりがやってくることを示唆しているかのようです。
誰しもが、何か失敗を経験して憂鬱な気分になっている時はこのような精神状態に陥ってしまうのではないでしょうか。
過去のキラキラとした日々が遠くに感じられ、その代わりにやってくるのは底知れぬ未来への不安。
この先はどうしたらいいだろう、と悩んでしまうこともあるでしょう。
その原因は、時に仕事や学校のこと、さらには失恋といったものも挙げられるかもしれません。
そのどれもが、若者の日常に深く根差している要素。
いわば「人生」の1ページと言えるでしょう。
ネガティブな感情は吹き飛ばすだけでなく、時にはそっと寄り添い向き合うのも必要なこと。
そんな時間に優しく寄り添ってささやかな花を添えてくれる『クリーム』の歌詞からは、多くの若者をグッと惹きつけて離さないパワーが感じられますね。
TEXT ヨギ イチロウ