「トランスジェンダー」を題材とした楽曲
摩訶不思議な言葉遊びで生まれる歌詞が、特徴的なボカロP『てにをは』。
そんな彼が制作したボカロ曲『ヴィラン』は、ニコニコ動画での再生回数は60万越え、YouTubeでは300万越えの人気楽曲となっています。
この楽曲には、ある噂が存在しています。
それはトランスジェンダーについて歌われているというものです。
一体、どういう事なのか、その意味を歌詞から考察していこうと思います。
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きっと手を繋ぐだけでゾッとされる
馬鹿げた競争一抜けたら通報される
突然変異じゃない ただの僕さ
XとかYとか
≪ヴィラン 歌詞より抜粋≫
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トランスジェンダーとは「身体的な性別と自分自身が認めている性が一致しないあるいは不完全であると感じる人々」を示す言葉です。
『ヴィラン』はそんな人々について歌った楽曲だと多くの人々に考察されています。
その考察を証明するかのように、歌詞の中には「性」に関係する事が歌われています。
肉体の「性」を決める際に必要とされる細胞の染色体を指していると思われる「X」や「Y」。
前半で歌われている「突然変異じゃない」という歌詞からは、楽曲の主人公がトランスジェンダーである事が推測できます。
さらに2番Bメロでは、このような歌詞も歌われています。
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ぶるってんじゃねーよ 多種多様の性
愛しい哀しい話をしよっか ゼラチン質の
「で?」
≪ヴィラン 歌詞より抜粋≫
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昨今世間では、男女というくくりの「性」のみでは語れない人々が認知され始めています。
日本では「LGBT」と呼ばれる場合もあり、トランスジェンダーもそのくくりに入っています。
「多種多様の性」とは、そういった人々を表現しているのだと思います。
このように「性」を示唆する言葉が多数でてくることから、トランスジェンダーの楽曲であると噂されているのでしょう。
では、次はそんなトランスジェンダーである主人公自身に迫ってみようと思います。
「男子のフリ」をする主人公
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Mr.Crazy Villain Villain
夜行性の花弁
違う服着て君の前では男子のフリする
拝啓 Dr. Durand-Durand
迎えにきて下さい
顔も知らない誰かにとって僕はもうヴィラン
≪ヴィラン 歌詞より抜粋≫
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1番サビの歌詞から主人公の肉体が男である事が推測できます。
「フリする」と歌うさまかもら、主人公自身が認知している心は女である事が考察できます。
また2番の歌詞でもこのように歌われています。
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逸脱の性をまたひた隠す
雄蕊と雄蕊じゃ立ち行かないの?
ねぇ知ってんのか乱歩という作家のことを Import you
造花も果ては実を結ぶ
≪ヴィラン 歌詞より抜粋≫
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「乱歩」というのは作家である江戸川乱歩の事でしょう。
実は彼、初恋の相手は男であったという話があります。
ここで彼の名前を出すという事は、主人公自身の恋愛対象が男である事を表現しているのだと思われます。
歌詞の前半に「雄蕊と雄蕊」という歌詞があることからも、察する事ができます。
肉体の「性」は男であり心の「性」は女なので、恋愛対象は男。それが主人公自身が持つ「性」のようです。
「ヴィラン」指し示す「悪党共」とは
しかしそんな自分が世間的に見ておかしいとわかっているのか、サビの入りでこのように歌っています。
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Mr.Crazy Villain Villain
≪ヴィラン 歌詞より抜粋≫
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狂っているという意味の「Crazy」、そして悪役という意味の「Villain」。
世間に馴染めない「性」である自分の事を狂人や悪人扱いしているようです。
タイトルの『ヴィラン』は、そんな世に馴染めない普通ではない主人公自身を指している可能性が高いことがこの部分で考察できます。
ですが、本当に悪役なのは、このような主人公側の人々なのでしょうか。
心と肉体の「性」が違うというだけで、差別や迫害をする世間側こそが、主人公側の人々からすれば悪役に見えるのではないでしょうか。
またCメロで主人公はこのように歌っています。
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素晴らしき悪党共に捧げる唄
骨まで演じ切ってやれ悪辣に
残酷な町ほど綺麗な虹が立つ
猥雑広告に踊るポップ体の愛
≪ヴィラン 歌詞より抜粋≫
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「悪党共」とは主人公自身と同じ「性」について悩んでいる人々を指していると思われます。
続く歌詞の内容もそんな彼らに向けてのメッセージとなっています。
そのメッセージとは、彼らが世間に馴染んで生きる為には普通を演じ切らなければならないということ。
そんな内容が皮肉気味に綴られています。
ですが見方を変えれば、世間という名の悪党共へのメッセージとも捉えることができます。
こういった普通ではない人々も、確かにいるのだと訴えているように感じ取る事もできなくもありません。
もしそうだとすると、やはりこの『ヴィラン』は、世間そのものを指しているようにも見えてくるのです。
男と女の恋愛が普通と認識される世の中。
しかし、本当に恋愛をする上で「性」が大事ならば、なぜ「性」のくくりに囚われない愛が生まれるのか。
はたして愛とは「性」とはなんなのか。
「多種多様の性」が認められ始めているこの世の中だからこそ、改めて考えなければならない問題を、この楽曲は歌詞を通して突きつけてきているのかもしれません。
TEXT 勝哉エイミカ