「迷える羊」という名の舞台
米津玄師の5枚目のアルバム『STRAY SHEEP』の表題曲とも言える『迷える羊』は、「カロリーメイト」のCM「変わらないもの」篇のために制作された楽曲。米津本人が出演したSF映画のような雰囲気の映像と、クラシック界の作曲家、坂東祐大がアレンジで参加した荘厳さを感じる楽曲で話題を集めました。
作詞面でも、楽曲と同様に時空を超えた壮大な物語が描かれています。
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ねえ 生まれてきた日を 思い出せるかい
シナリオの 最初の台詞を
≪迷える羊 歌詞より抜粋≫
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冒頭のフレーズは「この世は舞台、人はみな役者だ」という名言を連想させるのではないでしょうか。
それは、イギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『お気に召すまま』に登場するセリフ。
人は誕生とともに人生という舞台に上がり、自分の役割を演じ、死によって舞台を降りるのだと、舞台を人生の縮図として表現しています。
『迷える羊』では果たしてどんなドラマが繰り広げられるのか、期待と不安が高まる幕開けですね。
米津玄師にとって「サンタマリア」とは?
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舞台は巡り 演劇は続く
楽屋には サンタマリアがいない
≪迷える羊 歌詞より抜粋≫
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「サンタマリア」と聴いて思い出すのは、米津玄師のメジャー初シングル『サンタマリア』でしょう。
サンタマリアとは、イエス・キリストの母「聖母マリア」のこと。
米津の『サンタマリア』も、信じる心や未来への希望を歌う聖歌のように静かで美しい曲ですよね。
歌詞の中の「サンタマリア」という言葉も、救いや導きを求めて歌われているのではないでしょうか。
また、『迷える羊』は、新型コロナウィルスの感染が拡大し、外出が自粛されていた時期に制作されました。
そこで描かれる人生という名の舞台は、暗転を繰り返しながらどんどん物語が進んで行きます。しかし、その「楽屋には サンタマリアがいない」。
過去のインタビューで『サンタマリア』を「指針になった曲」と語っている米津にとって、このフレーズは、今のこの世界には導いてくれる人がいないという意味なのではないでしょうか。
変わりゆく社会で見えたもの
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最初で最後の歌を 上手く歌えないのに
監督たちは 沈黙を守る
脚本の終わりは 書きあがっていない
祈る様に 僕は口を開いた
≪迷える羊 歌詞より抜粋≫
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新型コロナウィルスの影響でツアーが中止となり自粛生活を送る中で、音楽の存在意義について考えた米津。
そして、この世界で自分のやれることはポップソングを作ることだという結論に至ったと語っています。
このフレーズには、筋書きも導きもないこの世界で音楽家という役割を担い、苦しみながらも歌を生み出そうとする自分自身の姿が描かれているのかも知れません。
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美しく 都市を跨いでいく
屋台は崩れ 照明が落ちる
観客は 白い眼
≪迷える羊 歌詞より抜粋≫
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「背骨をなくした 大きな機械」とは、未知のウィルスのような人知を超えた巨大な力を表しているのではないでしょうか。
その大きな力が一瞬にして世界の風景を変えていった2020年の姿が表現されているのかもしれません。
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列なす様に 演劇は続く 今も新たに 羊は迷う
堪うる限りに 歌を歌おう フィルムは回り続けている
≪迷える羊 歌詞より抜粋≫
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続いて行く混乱の中で、羊飼いの群れからはぐれたかのように、真実を見失い右往左往する無力な人間たち。
このフレーズは、「そんな状況で可能な限り音楽家としての役割を果たそう、今この瞬間も、すぐに歴史となって未来へと語り継がれるのだから」と伝えようとしているのかも知れません。
米津玄師が考える未来
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最初で最後の歌を 上手く歌えないのに
監督たちは 沈黙を守る
脚本の終わりは 書きあがっていない
祈る様に 僕は口を開いた
≪迷える羊 歌詞より抜粋≫
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かぎ括弧で囲まれた部分は『迷える羊』という舞台で音楽家が歌っているのではないでしょうか。
今から1000年後、地球が存在しているかどうかもわかりません。
でも、もし人類が生き延びていたとしたら、今、私たちが1000年前の世界を振り返るように、3020年の人々も2020年のコロナ禍を知るでしょう。
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「君の持つ寂しさが 遥かな時を超え
誰かを救うその日を 待っているよ ずっと」
≪迷える羊 歌詞より抜粋≫
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コロナ禍の中で、迷いながらもがんばった人々の姿が未来の誰かを勇気付ける日が必ずやってくる。
「未来のことをよく想像する」と語る米津の、自分たちの生きた証を未来へと繋ぎたいという気持ちが伝わってくる力強いフレーズですね。
前作『BOOTLEG』から約3年、インタビューでも「考える」という言葉を頻繁に使う彼にとって『STRAY SHEEP』は、現時点の彼がたどり着いた思考の旅路の到達点なのかも知れません。
TEXT 岡倉綾子