一夜の事件に翻弄される家族の再生物語
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2019年公開の映画『ひとよ』は、心に傷を抱える母子の再生を描くヒューマンドラマです。
原作は舞台の脚本で、桑原裕子が自身主催の劇団KAKUTAの公演のために書き上げました。
「いちよ」とは「一夜」のことを意味しており、2011年の東日本大震災で町が復興や再生を謳う中、たった1日の出来事ですべてが変化したことへのやるせなさから、本当の再生を模索して書いたストーリーだそうです。
その映画化となる本作で監督を務めたのは、映画『凶悪』でアカデミー賞などの映画賞を総なめし、脚光を浴びた白石和彌。
脚本を担当するのは、監督と共同脚本の経験もある髙橋泉です。
舞台では描ききれないシーンを映画ならではの手法で表現し、多くの著名人を含め観た人の心を大いに揺さぶる作品と高い評価を得ています。
家族の在り方を問う本作の魅力を紹介しましょう。
映画「ひとよ」のあらすじ
稲村タクシーを運営する稲村夫婦には3人の兄妹がおり、いつも自宅で両親の帰りを待っていました。
土砂降りのある日、帰宅した母親のこはるから父親を殺したと打ち明けられる兄妹。
夫の執拗な暴力に耐えかねた母親が、子供を守るために罪を犯したのです。
母親は15年経ったら戻ってくることを約束し、警察に出頭して音信不通になってしまいました。
事件から15年後。
次男の雄二は東京で暮らし、夢だった小説家ではなくフリーライターとして大衆雑誌の編集を行っています。
長男の大樹は地元の電気屋の娘と結婚し、雇われ専務として勤め、長女の園子は美容師の夢を諦め、地元の小さなスナックで生計を立てる毎日です。
実家のタクシー会社は「稲丸タクシー」と名前を変え、かつての従業員を中心に営業を続けていました。
そんな中、母親が約束通り兄妹の元に帰ってきます。
15年ぶりの家族の再会ではあるものの、周囲からの誹謗中傷を受け続けた兄妹は複雑な思いで母親を迎えるのでした。
その裏では、家族への嫌がらせがエスカレートし、親子の溝は更に広がることに。
バラバラになった家族がかつての絆を取り戻せるのか、衝撃のヒューマンドラマが描かれます。
実力派キャストの繊細な演技が泣ける
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本作の主演は、稲村家の次男役の佐藤健です。
無精ひげを生やし母親にきつく当たる役どころで、自身が抱えるもどかしさに感情を爆発させる様子を人間臭く演じています。
長男役を演じるのは鈴木亮平で、内向的でコミュニケーションが苦手という普段のイメージとは違う役ですが、思いをうまく伝えられない不器用さがにじむ演技を披露しました。
長女役を演じるのは松岡茉優は、同じ女性として母親を理解しようとする健気さを感じさせ、兄たちとは違う角度から家族を取り戻そうと奮起する妹を好演しています。
本当の兄弟であるかのような3人の自然体の掛け合いが秀逸で、シリアスとユーモアの絶妙なバランスを取るストーリーに観る人を引き込みます。
そして母親役は田中裕子が務めており、揺るがない気品のある母親像を表現し、表情や佇まいだけでも圧倒的な存在感があります。
さらに、佐々木蔵之介、音尾琢真、筒井真理子、MEGUMI、浅利陽介、韓英恵、千鳥の大悟など、多彩なキャストが共演。
重みのある家族の物語を支え、より深みを持たせる演技を見せています。
リアルな家族像で心に訴えかけるストーリーが魅力
本作の見どころは、重厚なストーリーで描かれる家族の歪みと愛です。
家族をテーマにした映画作品は数多くありますが、これほどまでに痛烈に家族の本質を描いた作品は少ないのではないでしょうか。
家族がバラバラになるきっかけの事件は、実の母親が夫を殺害するという壮絶なものです。
事件が起こる前には夫の日常的な暴力が支配する生活の残酷さが描かれ、ぞっとするような空気が流れています。
その中で子供の人生の自由を願って行動した母親の決断は、確かに深い愛情に動かされたといえます。
とはいえ、両親がいなくなった子供たちに待っていたのは、事件のトラウマを負う窮屈な人生でした。
そのため、15年ぶりに帰ってきた母親に従業員は温かく迎えるものの、子供たちは戸惑いそれぞれ異なる反応を見せます。
それは家族だからこそ感じる微妙な距離感で、リアルな葛藤に共感できるでしょう。
本作を観ていくと、兄妹たちの考え方の歪みから、家族にとって過去の記憶と事件がどれほど大きな影響を与えているかが伝わってきます。
その一方で、母親の愛は事件の前から何一つ変わっていないことが、様々なシーンで生々しく映し出されているところも胸に迫ります。
4人揃ってもバラバラに孤独を抱える家族がどのように1つになっていくか、最後まで見逃せません。
また描かれる家族は稲村家だけでなく、長男の家族や新人ドライバーの堂下と息子のエピソードも盛り込まれています。
いくつもの家族の生活を見ていく中で、家族の在り方についての心に刺さる言葉が数多く登場します。
それらの名言は、毎日の中で忘れてしまいがちな家族の本質を思い出させてくれるでしょう。
多種多様な登場人物がいるため、きっと自身と重なる人が見つかるはずです。
各人が家族と向き合っていく様に、観る人も家族について深く考えさせられます。
重々しいテーマを描きつつも、最後には夜明けのような穏やかさな余韻を与えてくれる結末がすべてを包み込んでくれますよ。
「ひとよ」は壮大で美しいテーマ曲
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本作で音楽を担当するのは『予告犯』や『スマホを落としただけなのに』など話題作の音楽を担当し脚光を浴びる作曲家の大間々昂です。
全編を通し、登場人物たちの複雑かつ一途な心を映す繊細で静かな音楽が流れます。
なかでも心を掴むのは、映画タイトルを冠したテーマ曲『ひとよ』。
ピアノを基調としたオーケストラの音色が美しいメロディが、壮大で重厚なイメージを創ります。
本作で描かれるどこまでも深い家族の愛情と重なり、心に沁みる一曲です。
音楽によって温かな空気を感じられるので、ぜひ音楽にも注目してください。
映画「ひとよ」を観て家族を見つめ直そう
映画『ひとよ』は家族や親子、兄弟の間の愛について深いメッセージを伝える作品です。
誰もが様々な一夜を繰り返しながら、日々を過ごしていきます。
15年前の衝撃的な一夜の出来事によって歪んだ家族は、それぞれどのように一夜を越えていくのか。
愛しく、時に残酷で切ない家族の姿に心を揺さぶられます。
本作を観たら、きっと家族に会いたくなりますよ。
TEXT MarSali