歌ってみた動画で大人気のボカロ曲「フォニイ」の世界観にハマる
初音ミクから始まったボカロ文化の新星として令和に誕生したボーカロイド・可不を使用したボカロ曲が増えていますが、いま特に注目を集めているのがツミキが制作した『フォニイ』です。
ツミキの持ち味であるスタイリッシュな歌詞と音楽性の高いサウンドに、どこか人間味のある歌声を持つ可不のボーカルが加わり、独特な響きと不安定さのある世界観が癖になる楽曲に仕上がっています。
多くの人気歌い手が歌ってみた動画を公開したことでさらに注目度が上がり、公式MVは公開から1ヶ月足らずで100万回再生を突破。
コメント欄は「最高」「天才」と絶賛の嵐で、リピーターが続出しています。
この楽曲のキーワードとなる「フォニイ(phony)」とは、英語で「偽物」を意味する言葉です。
そして歌詞全体に一貫するテーマは、冒頭の歌詞から見えてきます。
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この世で造花より綺麗な花は無いわ
何故ならば総ては嘘で出来ている
antipathy world
≪フォニイ 歌詞より抜粋≫
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美しさの象徴と見られているはずの生花ではなく、造花が最も美しいと捉えている主人公は、その理由をこの世の「総ては嘘で出来ている」からだと歌っています。
造花は生花をまねて作った偽物でありながら、嘘でできたこの世では本物を超えることさえある。
バーチャルシンガーの花譜から生まれた可不がこの歌詞を歌うことで、可不が意思を持って自身の存在について考えているようにも聞こえてきます。
「antipathy」は「反感」を意味する単語なので「antipathy world」を「反感を抱く世界」と考えると、主人公がそんな世界を不快に思っている様子が伝わってくるのではないでしょうか。
それはどんなに本物を超えても、偽物が本物になることはできないからかもしれません。
『フォニイ』のテーマを嘘や矛盾でいっぱいの世の中を生きる苦しさやもどかしさと定義して、続く歌詞の内容も考察していきましょう。
偽って見えなくなる本当の自分
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絶望の雨はあたしの傘を突いて
湿らす前髪とこころの裏面
煩わしいわ
何時しか言の葉は疾うに枯れきって
事の実があたしに熟れている
鏡に映り嘘を描いて自らを見失なった絵画
≪フォニイ 歌詞より抜粋≫
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世界への絶望感は、どう身を守ろうとしても容易に「こころの裏面」にまで浸食していきます。
絶望しているということは、裏を返せばこの世界に希望や期待を抱いていたということ。
「煩わしい」のは絶望を感じさせるこの世界と、つい期待してしまう自分の心の両方なのかもしれませんね。
続く部分では言葉と事実をそれぞれ「言の葉」と「事の実」と表現していて、冒頭の花に合わせて植物に関連したフレーズを用いているようです。
そして「絵画」を「メイク」と読むところも特徴的ですよね。
絵画も造花と同様に、ある風景をまねたり本当はない世界をあるかのように描いた偽物。メイクも本当の自分の姿を偽っているという点で見れば、自分の偽物と言えるでしょう。
どちらも偽物の方を重視しすぎると、本来のあるべき姿を見失ってしまいます。
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パパッパラパッパララッパッパ
謎々かぞえて遊びましょう
タタッタラタッタララッタッタ
何故何故此処で踊っているでしょう
簡単なことも解らないわ あたしって何だっけ
それすら夜の手に絆されて 愛のように消える
さようならも言えぬ儘 泣いたフォニイ
嘘に絡まっているあたしはフォニイ
≪フォニイ 歌詞より抜粋≫
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滑稽さも滲むこの部分では、世間や自分への疑問を「謎々」と表現していると考えられます。
「何故何故此処で踊っているでしょう」というフレーズで、自分を見失ったせいで生きる意味が分からなくなっていることが表されているのではないでしょうか。
結局、最も簡単な疑問であるはずの「あたしって何だっけ」の問いにさえ答えられません。
「愛のように消える」と愛が消える前提で歌われているところにも、主人公の絶望感が表れているように感じられます。
そして自身を「フォニイ」と呼び、ついに自分が偽物だと明言しています。
MVの少女のイラストが猫のお面を被っているのも、猫を被り自分を偽っていることを示しているのでしょう。
言葉が枯れた彼女は「さよならも言えない儘」泣くことしかできず、その弱さもとても人間らしく思えます。
AメロからBメロ、サビへと流れるように変化するメロディが、本当の自分と見せたい自分の間で揺れる心を表現しているかのようですね。
偽物のあたしも本当のあたし
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何時しかそらの音がいやに鳴り合って
色の目があなたを溶いている
鏡に映るあたしを欠いて誰しもが見間違った虚像
如何して愛なんてものに群がりそれを欲して生きるのだ
今日も泳いでいる夜の電車が通り去っていく
踊り明かせよ
≪フォニイ 歌詞より抜粋≫
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2番の初めの「そらの音」とは、空の音というよりもソとラの二音が鳴り合っている状況のように思えます。
同じ音が繰り返される様子はどこか緊迫感や調子の狂ったイメージを受けるので、彼女の矛盾した気持ちを示しているでしょう。
彼女の目には「あなた」という別の誰かの存在がはっきり映っているのに「鏡に映るあたし」は偽りの自分で、周囲の人が本物だと「見間違った虚像」であるという事実にもがいているようです。
愛といういつかは消える不確かなものに「群がりそれを欲して生きる」人々の姿にうんざりするのは、きっと自分の心も「あなた」からの愛を欲してしまっているから。
だから余計に本当の自分を見てほしい気持ちになっていると考えられます。
これまでの文脈からすると「夜の電車」も、本来はない夜景を作り出すという意味で一種の偽物と言えるかもしれません。
電車の光を見送りながら、偽物でできた世界の中で「踊り明かせよ」と疑問を後回しにしてハイになることを選択します。
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パッパラパッパララッパッパ
謎々騙して歌いましょう
タタッタラタッタララッタッタ
何故何故此処が痛むのでしょう
散々な日々は変わらないわ
絶望の雨は止まないわ
≪フォニイ 歌詞より抜粋≫
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多くの疑問は解決できないまま、周囲と自分を騙しながら生きなければならないことを主人公は悟っています。
痛む「此処」とは、自分を偽ることで傷ついていく自分の心とイメージできます。
「散々な日々」も「絶望の雨」もどんなに願おうと良くなることは叶わないでしょう。
誰しもより良く生きることを目指して、胸の痛みさえ誤魔化しながら生きていくしかないのです。
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さようならまたねと呟いた フォニイ
嘘に絡まっているあたしはフォニイ
造花だけが知っている秘密のフォニイ
≪フォニイ 歌詞より抜粋≫
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さよならを言えなかった彼女が、最後に「さよならまたね」と言っています。
これは偽物の自分を受け入れたことを表しているのかもしれません。
偽物には偽物にしか分からない感情がある。だから同じ偽物の造花だけは本当の自分の存在に気づいてくれる。
偽物である自分こそが「あたし」だと受け止められたなら、嘘ばかりの世界の中でも少しだけ生きやすくなるはずです。
たとえメイクで素顔を隠したり何かのまねをしたりしていても、本来の自分がいなくなるわけではありません。
世界を変えることは難しいですが、まず自分自身の価値を認めてあげることできっと世界は広がっていくということが伝わってくる楽曲です。
「フォニイ」でボカロの新しい世界と出会おう
『フォニイ』にはツミキの類まれな音楽制作の技術がたっぷり詰まっています。
表現力の高い言葉選びや効果的に用いられる可不の息遣いから、まるで可不が意思を持った人間で苦しい胸の内を明かしているように思えるのではないでしょうか。
そして、自分を偽りながら生きなくてはならない現実に対する思いにも共感できるでしょう。
ボカロの新たな可能性を感じさせる作品で、あまりボカロに触れたことがない方にもおすすめしたい名曲です。