ヨルシカの文学オマージュ第三弾
コンポーザーのn-bunaとボーカルのsuisから成る男女二人組ロックバンド・ヨルシカ。新曲『月に吠える』は、“日本近代詩の父”と名高い萩原朔太郎の同名詩集からインスピレーションを得て制作されました。
元々文学の要素をふんだんに音楽に取り入れてきたヨルシカが、文学作品をオマージュするのは『又三郎』『老人と海』に続いて三作目。
今回モチーフとなっている詩集『月に吠える』は萩原朔太郎の処女作です。
病的なまでの孤独や絶望、憂鬱といったネガティブな感情をヒステリックに綴った詩が多数収められています。
そこから生まれた楽曲の歌詞は、加藤隆がディレクションを担当したMVの世界観からも分かる通り、孤独を抱える青年の欲望と妄想という形で綴られています。
サスペンスフルなサウンドにマッチする歌詞の意味を考察していきましょう。
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路傍の月に吠える
影一つ町を行く
満ちることも知らないで
夜はすっと深くまで
気が付けば人溜まり
この顔を眺めている
おれの何がわかるかと
獣の振りをする
≪月に吠える 歌詞より抜粋≫
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主人公の「おれ」は、月の出る夜にある海辺の町を歩いています。
「影一つ町を行く」のフレーズが主人公の孤独さを表しているのに対し、たどり着いた場所は「人溜まり」で多くの人がいる風景のようです。
喧騒の中を独りきりで歩く様子を想像すると、余計に物寂しい雰囲気が伝わってきます。
すれ違う人たちが皆「この顔を眺めている」ように見えて、「おれの何がわかるか」と苛立っています。
本当は孤独であることがつらく寂しいのに「獣の振り」をして自分自身を誤魔化し、周囲の目に耐えて生きる青年の苦しい境遇が見えてきますね。
自分の中の獣を解放したい
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一切合切放り出したいの
生きているって教えてほしいの
月に吠えるように歌えば嗚呼、鮮やかに
アイスピックで地球を砕いてこの悪意で満たしてみたいの
月に吠えるように歌えば
嗚呼、我が儘にお前の想うが儘に
≪月に吠える 歌詞より抜粋≫
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1番のサビでは「一切合切放り出したいの」と、つらい状況から抜け出したいという強い感情を言い表しています。
孤独ではありますが、自分自身がこの世界に確かに存在し「生きている」ことを実感したいと考えているようです。
続く「月に吠えるように歌えば」という表現は、獣が月に向かって吠えるように自分の秘めた感情を吐露することを意味しているのでしょう。
それをあえて歌うと表現しているところに、自分に正直になって自由に生きることに対する憧れの気持ちが垣間見えます。
次の歌詞は彼の妄想を言葉にしたものでしょう。
自分のことを「地球」と表して、自らを取り巻く世界を自身の手で壊し、「悪意」を曝け出したいという思いを歌っていると解釈できます。
そして最後に出てくる「お前」とはおそらく心の中に飼っている手に負えない獣のことで、それはつまり自分自身のこと。
自分の中にある獣のように暴れる欲望を解放して、「想うが儘に」生きたいという切なる願いが感じ取れるでしょう。
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青白い路傍の月
何処だろう、と人は言う
誰にも見えていないのか
この醜い獣
指を差した方へ向く
顔の無いまま動く
何かがおれを見ている
波止場のあの影で
≪月に吠える 歌詞より抜粋≫
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2番では、月と獣がどちらも周囲には見えないものとして並んで描かれています。
月も獣と同様に、人の感情の象徴なのでしょう。
だから道端にある「路傍(自分とは無関係なものを指して使われる)」を用いて、個人の感情は他人にとっては無価値で、自分自身も見失いがちなものであることを表しているのかもしれません。
「指を差した方へ向く 顔の無いまま動く」というフレーズも、自分の意思なく誰かに決められた通りに行動する人の傾向を示していると考えられます。
彼はその輪に入ろうとしないから孤独で、そのために周囲に批判的な目を向けられているとも解釈できそうです。
己を解放した先に自由が待っている
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一切合切信じていないの
誰もお前に期待していないの
月に吠えるように歌えば嗚呼、鮮やかに
硬いペンを湖月に浸して波に線を描いてみたいの
月に吠えるように歌えば嗚呼、艶やかに
時間の赴くままに
皆おれをかわいそうな病人と、そう思っている!
≪月に吠える 歌詞より抜粋≫
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2番のサビの始めは、彼が自分の心に言い聞かせている様子と捉えられます。
誰にも期待されていないと感じるのはつらいことですが、見方を変えればその分自由に行動できるということでもあると言えるでしょう。
水に映る月をインクに「波に線を書いてみたい」という、芸術的で自由な発想を形にすることもできるかもしれません。
そのためにはまず、心の中の感情を表に出すことが必要になります。
「皆おれをかわいそうな病人と、そう思っている!」という言葉を境に、彼は遂に自分を解放することに決めます。
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一切合切放り出したいの
ま、まだ世界を犯し足りないの
月に吠えるように歌えば、嗚呼鮮やかに
アイスピックで頭蓋を砕いて温いスープで満たしてほしいの
月に吠えるように歌えよ
嗚呼、喉笛の奥に住まう獣よ
この世界はお前の想うが儘に
≪月に吠える 歌詞より抜粋≫
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孤独に耐えるだけの日々だった自分の世界に、変化を起こそうと行動を始めた主人公。
「ま、まだ」と言い淀むような表現には、自分の気持ちに正直になることに慣れていない彼の不器用さが表れているように感じられます。
ここで出てくる「温いスープ」は、心地良く心を満たすものの比喩と解釈できるでしょう。
「アイスピックで頭蓋を砕いて」というフレーズはかなり過激ですよね。
しかし、孤独に傷つけられてきた彼が隠したがっていた孤独さえも味方にして、前に進んでいこうとしている様子を表現しているのではないでしょうか。
そうして醜いと思っていた感情に対して、「月に吠えるように歌えよ」と背中を押しています。
そうすれば「この世界はお前の想うが儘に」なるのだからという言葉から、吹っ切れて清々しい思いでいる彼の正直な気持ちが伝わります。
「月に吠える」の深い世界に浸ろう
ヨルシカの『月に吠える』は、比喩表現を巧みに用いた歌詞で独特な世界観に引き込む楽曲です。MVで主人公だけでなく男性も女性も影が動物で描かれていることを踏まえると、誰しも言葉にできない感情や、人に知られたくない思いを隠し持っているということでしょう。
ぜひモチーフとなっている萩原朔太郎の詩集にも触れて、それぞれが表現しているメッセージを考察してみてくださいね。