ドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」テーマ曲
フジテレビの人気ドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』のテーマ曲『サンサーラ』。「サンサーラ」という言葉はサンスクリット語で、仏教用語の「輪廻転生(=生まれ変わり)」を意味します。
楽曲が完成したのは2003年。
当時の番組のチーフプロデューサー・味谷和哉が、かつてインドのガンジス川を眺めていた際、サビの歌詞とタイトルを思いついたそうです。
以来、様々なアーティストに歌い継がれ、2020年1月からは竹原ピストルが歌唱することになり、大きな話題を呼びました。
なかでも親しみ深いのは「地上で、もっとも優しい歌声」と称される奄美大島出身の歌手・中孝介の『サンサーラ』ではないでしょうか。
澄み渡った繊細な声で歌われる中孝介の『サンサーラ』。
生まれ変わりをテーマとする神々しい歌詞には、果たしてどのような意味が込められているのでしょうか。
生から悟る「生きることはサンサーラ」
まずは1番の歌詞を見ていきます。
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川の流れは 時を超えてゆく
時は流れゆき 人を超えてく
遥か昔に 誰かが見た夢
僕たちに宿り
明日へ向かう
≪サンサーラ 歌詞より抜粋≫
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川の流れは時を超え、時の流れは人を超えていくとのこと。
これは、時が経っても姿を変えずに流れゆくガンジス川と、時とともに老いたり世代が替わったりする人間を対比していると考えられます。
大自然にとっては人の一生さえ瞬間的なものなのかもしれません。
人間が持つ時間感覚に縛られることのない、泰然としたガンジス川の存在感が伝わってくるようです。
しかし『サンサーラ』は、人間の存在の儚さをマイナスに捉えているわけではありません。
「遥か昔に 誰かが見た夢 僕たちに宿り 明日へ向かう」という歌詞からは、一生は短くても、世代を超えて大切なものは受け継がれていくという希望が感じられます。
次の歌詞です。
サビも一緒に見ていきます。
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彷徨う昼と夜のストーリー
命つないで
朝もやに煙る ほとりに佇みながら
耳をすまし 聴くのは
生きてる 生きている
その現だけが ここにある
生きることは サンサーラ
≪サンサーラ 歌詞より抜粋≫
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「彷徨(さまよ)う昼と夜のストーリー」とは、迷いながら昼夜をやり過ごす人生、人の営みを表しているのではないでしょうか。
朝もやに白んだ川のほとりに立ち、人が活動を始めた気配に神経が反応しているようなイメージが湧いてきます。
そうして人の営みを感じ取ったときに「生きてる 生きている」と生を実感したのではないでしょうか。
自分たちが今ここで生きているという現実。
「生きることは サンサーラ」というフレーズは、人の生に直面し、川の流れに追い越されるほどささやかな輪廻の一部を体感したことを表しているのかもしれません。
死から悟る「生きることはサンサーラ」
ここからは2番の歌詞を見ていきます。
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つかの間の世に なぜ人は嘆き
涙流すのか 繰り返すのか?
永遠を信じて 歩みを止めずに
なぜ別れるため 人は出会う
≪サンサーラ 歌詞より抜粋≫
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悠然と存在するガンジス川に比べると、人の一生は「つかの間」です。
そんな短い間に、なぜ人は嘆き悲しむことを繰り返すのか。
仏教には「一切皆苦(いっさいかいく)」という教えがあり、人生は思い通りに進まないものであると考えます。
ここでは、その「一切皆苦」を柔らかく伝えているのかもしれません。
そして後半の結びは「なぜ別れるため 人は出会う」。
一切皆苦の「苦」の1つに「愛別離苦」があります。
どんなに愛する人とも、いつか必ず別れる運命にあるという苦しみのことです。
人は生まれ変われるという「永遠」を信じて歩き続ける人生。
その中で悩まされる「一切皆苦」、とりわけ「愛別離苦」について聞き手に問いかけ、自身の愛する人に思いを馳せるよう導いているかのようですね。
次の歌詞を見てみましょう。
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戸惑う 生と死のストーリー
愛を紡いで
夕映えに光る 川面を見つめながら
耳をすまし 聴くのは
≪サンサーラ 歌詞より抜粋≫
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「戸惑う 生と死のストーリー」は、川辺で眺めた「人の生死」に心が揺れ動いている様子ではと考えられます。
そうなると、ここで初めて出てきた「死」は何を意味するのでしょうか。
1つの可能性として、川で行われる「水葬」のことではないかと推察できます。
ガンジス川では、ヒンドゥー教の儀式として川に遺灰を流す水葬がよく行われるようです。
それを踏まえると、人の営み(=生)と水葬の儀(=死)が同居する目の前の川に心がざわついている様子が想像できます。
また、1番とは異なる「夕映えに光る 川面」は一日の終わりを思わせ、ひいては一生の終わりを連想させる描写だといえそうです。
愛別離苦が繰り返される人生の切なさが感じられますね。
最後のサビです。
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生きてる 生きている
その現だけが ここにある
生きることは サンサーラ
≪サンサーラ 歌詞より抜粋≫
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1番では活動的な人の営みから生を実感しているようでした。
2番も同じ歌詞ですが、サビの前の文脈を踏まえると「人の死」から生を実感しているように読み取れそうです。
愛する人と別れることもまた人生の重要な要素であり、永続する輪廻の一部なのだという達観が、2番の「生きることは サンサーラ」では表現されているのかもしれませんね。
歌われることも「サンサーラ」
今回は、中孝介『サンサーラ』の歌詞の意味を考察しました。「輪廻転生」という壮大なテーマでありながら、しみじみと感じ入ることのできる優しい歌詞でしたね。
朝もやと夕映え、生と死といった対比的な表現もよく見られました。
ひょっとすると、生(1番)から死(2番)への細やかな転換が、一貫して歌われる「生きることは サンサーラ」というサビのフレーズを際立たせているのかもしれません。
いずれにせよ、これからも『サンサーラ』は多くのアーティストに歌い継がれ、その度に「輪廻転生」のように生まれ変わっていくのでしょう。