ドラマ「魔法のリノベ」主題歌は「地の糧」がモチーフ
人気音楽ユニット・ヨルシカが、波留・間宮祥太朗出演ドラマ『魔法のリノベ』の主題歌に起用されている新曲『チノカテ』を2022年8月29日に配信リリースしました。同じく2022年発売の『ブレーメン』『左右盲』に続き、有名な文学作品をモチーフにした“文学オマージュシリーズ”の第6弾で、今作ではアンドレ・ジッドの『地の糧』をモチーフにしています。
『地の糧』は、歌人で劇作家の寺山修司の評論集『書を捨てよ、町に出よう』のタイトルの元となった8章からなる文学作品で、人の感情や人生について深いメッセージを読者に語りかけてきます。
コンポーザーのn-bunaが作詞作曲を担当し音楽として生まれ変わった『チノカテ』にはどのような思いが込められているのか、さっそく歌詞の意味を考察していきましょう。
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夕陽を呑み込んだ
コップがルビーみたいだ
飲み掛けの土曜の生活感を
テーブルに置いて
花瓶の白い花
優しすぎて枯れたみたいだ
本当に大事だったのに
そろそろ変えなければ
あ、夕陽。本当に綺麗だね
≪チノカテ 歌詞より抜粋≫
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シーンは休日の土曜日に自宅にいる主人公の男性を映し出しています。
いつもはきちんと片づけているガラスのコップが飲みかけのまま放置されていて、休日ならではの生活感が漂っています。
そのコップに窓の向こうに見える赤い夕陽が重なってまるでルビーのように輝いて見えていて、何気ない日常の景色の美しさが伝わってきますね。
一方で、近くに置かれた花瓶に生けていた白い花は枯れてしまっています。
「優しすぎて枯れた」という表現は、花の儚さを示しているのでしょう。
白い花には多くの場合、純粋や繊細といったピュアなイメージの花言葉がついています。
そんな繊細な存在は、小さな変化でも影響を受けて駄目になってしまうものです。
主人公はその花が「本当に大事だったのに」枯らしてしまい、「そろそろ変えなければ」と残念そうにしています。
「あ、夕陽。本当に綺麗だね」というフレーズは、主人公とは別の人物の発した言葉と考えられます。
その人は同じ部屋で美しい夕陽を眺めた同棲中の恋人や妻なのかもしれません。
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これから先のもっと先を描いた地図はないんだろうか?
迷いはしないだろうか
それでいいから そのままでいいから
本当はいらなかったものもソファも本も捨てよう
町へ出よう
≪チノカテ 歌詞より抜粋≫
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穏やかな日常の風景の一方で、主人公はこれから先の漠然とした将来への不安について思い悩んでいます。
「それでいいから そのままでいいから」という言葉は、どうせ迷うことになるのならそれも仕方ないことだと割り切っているかのようです。
そして「本当はいらなかった」のに溜め込んでいたものや、なくてもいいものを思い切って捨てようと考えています。
おそらく家にいることは世間から自分を遠ざけて世界を狭めてしまうことを意味していて、町に出ることは人と関わり世界を広げていることを意味しているのでしょう。
自分だけの世界は安心感がありますが、閉じこもると人を臆病にもしてしまうものです。
不安は簡単には拭えませんが、町へ出るかのように世界を広げて前向きに生きていこうという意思が伝わってきます。
枯れても花は美しい
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本当は僕らの心は頭にあった
何を間違えたのか、今じゃ文字の中
花瓶の白い花
いつの間にか枯れたみたいだ
本当に大事だったなら
そもそも買わなければ
あ、散った。それでも綺麗だね
≪チノカテ 歌詞より抜粋≫
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人の心は思考から生まれるものなので、確かに「僕らの心は頭にあった」という言葉の通りです。
続く「今じゃ文字の中」のフレーズは、今のネット社会を表しているように感じます。
本当は一人一人が様々なことを考え思いながら生きているのに、ネット社会となった今では文字で発信し合うばかりで人と直接関わり思いを伝え合うことが少なくなっています。
きっと主人公自身も言葉足らずで失敗してしまったのでしょう。
花瓶の白い花は主人公が気づかないうちに枯れてしまったようです。
彼はその花を気に入って大事に思っていましたが、結局枯らしてしまいました。
自分の不甲斐なさやかわいそうな花のことを考えて、本当に大事ならそもそも買わなければ良かったんだと後悔しています。
しかし、共に生活する彼女の意見は違い、散ってしまった花の美しさに目を留めています。
散っていくということはそれまで花が懸命に生きてきた証なので、その姿に生命の美しさを感じる人も少なくないでしょう。
こういう物事を違う視点でポジティブに捉えられるところに、主人公は惹かれたのかもしれませんね。
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ずっと叶えたかった夢が貴方を縛っていないだろうか?
それを諦めていいと言える勇気が少しでもあったら
本当に欲しかったものも鞄もペンも捨てよう
町へ出よう
≪チノカテ 歌詞より抜粋≫
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ふと自分が「ずっと叶えたかった夢が貴方を縛っていないだろうか?」と考えています。
彼女は夢を追うことを応援してくれていますが、未だ叶えられないせいで彼女を苦しめていると感じているのでしょう。
もし貴方のために「それを諦めてもいいと言える勇気が少しでもあったら」自分にとって必要と思っているものさえ捨てて行動できるのにと思いながらも、そうできない自分の弱さを噛み締めています。
枯れた花の美しさに気づける彼女のようであれば、夢を諦めても別の何かに価値を見いだせるのだろうと羨ましく思っているようにも見えます。
白い花が示す物語の真相とは
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貴方の欲しがった
自分を捨ててしまった
本当に大事だったのに
今更思い出す
花瓶の白い花
枯れたことも気付かなかった
本当に大事だったのは
花を変える人なのに
あ、待って。本当に行くんだね
≪チノカテ 歌詞より抜粋≫
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夢を追う苦しい日々の中で自分自身を捨ててしまった主人公。
それは「貴方」が愛してくれた本当に大事な部分でしたが、そのことを思い出した時にはすでに失った後でした。
花が枯れたことにも気づかなかったように、いつも失ってから大切さに気づいて後悔してばかりのようです。
続く「本当に大事だったのは花を変える人なのに」の歌詞に注目すると、これまで考察してきた状況にさらに深い意味を感じます。
「花を変える人」と言われているのは「貴方」であり、主人公の大切な人です。
そして、その人が変えてくれていた白い花は、主人公と大切な人との関係性を表していると解釈できます。
主人公は繊細な心の持ち主の女性と出会い、いつしか日常の美しさを共有する間柄になりました。
しかし、彼が必死で夢を追うあまりに彼女が愛してくれた部分を捨ててしまったことをきっかけに次第に二人の心は離れていき、遂に別れが訪れてしまいます。
供花や献花に用いられる花に白色が多いことをふまえると、彼女は亡くなってしまったのではないでしょうか。
「あ、待って。本当に行くんだね」という言葉も、自分の元からいなくなってしまった彼女への言葉と思われます。
突然大切な人を失ってしまい呆然としていた主人公が、日々を送るうちに少しずつ一人になってしまったことを実感していく様子が見えてくるようです。
一人きりの部屋でいつの間にか枯れてしまった花を見た彼は、彼女が変えてくれていたから花瓶の花がいつも綺麗だったことに思い至ります。
そうして自分を失ってまで夢を追うことよりも、自分を愛し支えてくれる彼女の存在こそが大切だったことに気づいたのです。
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貴方の夜をずっと照らす大きな光はあるんだろうか?
それでも行くんだろうか
それでいいから そのままでいいから
全部を読み終わったあとはどうか目を開けて
この本を捨てよう、町へ出よう
≪チノカテ 歌詞より抜粋≫
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一人で生きる未来がどうなるのか、主人公にはまだ想像できません。
自身の未来に不安を抱えながらも、彼女の行く先を案ずるところに彼の本来の優しさや愛情を感じます。
強く輝きながらも沈んでいく夕陽とは対照的に、夜を優しく照らす月ように死後の世界を照らし続ける光があればいいと願っているのでしょう。
そして、最後の言葉は「貴方」からの言葉だと思われます。
これまでの二人の日々を振り返った後は後悔し続けるのはやめて、未来へ向けて進んでほしいと語りかけてきます。
きっと主人公は時おり優しかった彼女を思い出しながら、徐々に自分を取り戻して前向きに進んでいけるはずです。
歌詞のストーリーを描くMVにも注目!
ヨルシカの『チノカテ』は大切なものを失ってからでは遅いことを伝えつつも、失敗にばかり固執して自分の殻に閉じこもるのではなく一歩踏み出すことが肝心だと教えてくれます。ボーカルのsuiの優しく切なげな歌声が主人公の気持ちを表しているようで、リスナーの感情に訴えかけてきます。
YouTubeで公開されている実写とアニメーションを融合したMVでは歌詞で表現されている情景がより具体的に描かれているので、ぜひ映像と共にヨルシカならではの世界に浸ってください。