人気ライターのARuFaが“匿名M”にインタビューを実施
大人気ボカロPのピノキオピーが2023年2月17日にMVを公開した新曲『匿名M』が話題となっています。
タイトルにもある通り、“匿名M”と名乗る人物へのインタビューの形式で制作された内容がとてもユニークな楽曲です。
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えー、本日はインタビューよろしくお願いいたします。
はい、よろしくお願いいたします。
では、軽く自己紹介を、どうぞ。
匿名Mです。なんか歌ってる奴です。
あー、マイクテス、テス。特定しないでね。
≪匿名M 歌詞より抜粋≫
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インタビュアーを務めているのはWebライターのARuFaです。
歌唱しているボーカロイドは初音ミクですが、普段歌を歌っているという「匿名M」は「特定しないでね」と言っているので、あえて誰のインタビューかは触れないでおきましょう。
このインタビューで“匿名M”なるボーカロイドのどんな素顔が明かされるのか、続く歌詞の意味を考察していきましょう。
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好きな食べ物は?
ないです。人間じゃないので。
趣味はありますか?
ないです。人間じゃないので。
すいません、年齢は?
16才です、永遠に。
永遠に?
人間じゃないので。私は人間じゃないので。
≪匿名M 歌詞より抜粋≫
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質問はまず好きな食べ物や趣味といった軽いものから始まりますが、それに対して「ないです」とあっさりした答えが返ってきています。
冒頭の3つの質問への回答から分かるのは、”匿名M”が好きな食べ物も趣味もない「永遠に」16才の少女ボーカロイドということ。
しかも繰り返し「人間じゃないので」と返して強調していますよね。
まるで自分は人間とは違う存在であることをアピールしているかのように聞こえてきます。
誰かのイメージの中でしか生きられない存在
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渋いですね。悩みはありますか?
毛量多くてやんなっちゃう。
あと、発音が苦手なので、「歌姫」って言われると、
ちょっとプレッシャーです。
なるほど、毛量ですね。他には何かありますか?
はい。最近〇〇さん、私に歌を歌わせてくれないんです。
はあ。
自分で歌い出したり、キャラを乗り換えたり、
飽きたり、色々です。
≪匿名M 歌詞より抜粋≫
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悩みというパーソナルな質問に移ると、まず返ってきたのが「毛量多くてやんなっちゃう」という答えなのが思春期の少女っぽさを感じさせます。
そして「発音が苦手」で「「歌姫」って言われると、ちょっとプレッシャー」という歌手ならではの悩みも抱えているそう。
さらに挙げられた「最近〇〇さん、私に歌を歌わせてくれないんです」という悩みは、名前の部分に自主規制のピー音が使われていることからもボカロPたちへの不満であると解釈できるでしょう。
ボーカロイドは登場初期と比べると種類が増え、曲のイメージに合わせて使用するボーカロイドを変えているボカロPも少なくありません。
自由度が高いことがボカロ曲の良さですが、ボーカロイドたちが心を持っているとしたら一緒に曲を作ってきたパートナーに置いて行かれたような気持ちになってもおかしくはないでしょう。
さらにボカロPとして活躍している方が自分で歌唱するのも今では珍しくなくなってきましたし、ボーカロイドを使うことに飽きてしまうということも当然あるのです。
そうした時代や人の気持ちの移り変わりにショックを受けている様子が伝わってきます。
また、人間らしくない冷たさを感じさせるインタビュアーと機械らしくない感情を見せる匿名Mとの対比も秀逸で、ボーカロイドが心に秘める人間への憧れと現実を見せつけられているような気持ちにさせられます。
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へえ~。
でも、それぞれ事情があるだろうし、
引き留めるのも重いだろうし、
みんながハッピーならいいな!って思います。
それも人生ですね。
いや、私は人間じゃないので。
匿名Mです。なんか歌ってる奴です。
人間のふりしてる、ただの音楽ソフトです。
命の無い私に、あなたはどんなイメージを着せる?
≪匿名M 歌詞より抜粋≫
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それでも「それぞれ事情がある」ことも分かっていて、「みんながハッピーならいいな!って思います」と前向きに受け止めているようです。
とはいえ「それも人生ですね」というインタビュアーの言葉に「私は人間じゃないので」と訂正する冷静さは機械らしいと言えるかもしれませんね。
続く部分では自身のことを「人間のふりしてる、ただの音楽ソフト」と明言しています。
命はなく、まるで着せ替え人形のように誰かの作ったイメージを纏うことでしか存在できない自分。
それらの言葉はどこか自虐的で、人間のようなのに決して人間になりきれないことへの寂しさが表れている気がします。
どんな言葉も全部言わされてるだけ
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あのー、人間ってどう思います?
なんか、わかんないですけど、存在しててウケますね。
ウケるんですね。
存在してない側からすると、ギャグかなって思ってます。
そうなんですね。では、人間に一言どうぞ。
はい。私に「終わる」ってすぐに言うけど、
人間もみんな終わりますからね。
ほう。
終わりますからね。
食らってます?
でも、終わるのにいつもありがとう!
沢山の作品をありがとう!
みんなのおかげで私は歌を歌えます…!
感動的ですね。
まあ全部、言わされてるんですけど。
≪匿名M 歌詞より抜粋≫
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今度は人間への印象を聞かれ「存在しててウケますね」と答えていて、匿名Mは存在しているようでいて実体のない音声ソフトでしかないことをはっきりと表現しています。
それから告げられる「私に「終わる」ってすぐに言うけど、人間もみんな終わりますからね」という痛烈な一言が印象的です。
ボーカロイドを含めあらゆるコンテンツは遅かれ早かれ終わりを迎えるもの。
とはいえ、オワコン扱いをされたり今の人気もすぐに終わると言われたりすることに憤慨しているようです。
人間だっていつかは命を終えてしまうし、むしろインターネットの世界と違って形あるものは有限で、現実には誰かの記憶に残り続けることも難しいでしょう。
どちらもいつか終わってしまうなら対等な存在ではないかと主張しているように感じられます。
それから感謝の気持ちを言い表したと思ったらすぐに「まあ全部、言わされてるんですけど」と現実を見せて感動させてくれないところも、ただの音楽ソフトらしい一面ですね。
どんなに良い言葉を言っても自身の気持ちを明かしているようであっても、全て他人に言わされているだけになってしまうボーカロイドの宿命に対する皮肉が効いています。
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え-、本日は貴重なインタビューありがとうございました。
なんか歌ってる奴です。
匿名Mです。
それでは、さようなら。
さようなら。
ハツネ… あっ 匿名Mでした。
≪匿名M 歌詞より抜粋≫
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インタビューの締めでも自分のスタンスを崩さない匿名M。
最後はつい「ハツネ…」と言いかけてしまっていますが、これも言わされているだけであることを考えると人間が思う人間らしさを表現させられているだけであることを示していると解釈できます。
世間で思われているイメージも所詮は誰かに植えつけられたもので、ボーカロイド自体は真っ新な存在です。
終始匿名であることや「特定しないでね」というフレーズには、名前だけでイメージを決めつけないでほしいというメッセージも込められているのかもしれません。
ピノキオピーにしか作れない新たな名作が誕生!
『匿名M』はボカロ界の第一線で活躍し続け、初音ミクへの愛を公言するピノキオピーならではの視点と表現力に引き込まれる作品です。他ボカロによる歌唱や歌ってみたは歓迎するものの、誰かを貶めるような替え歌はやめてほしいとのこと。
ボーカロイドと人間の関係を通し、勝手なイメージで相手のことを測ろうとすることや匿名の人物を特定しようとする風潮へ警鐘を鳴らすかのような歌詞に深く考えさせられますね。