子供と大人の狭間にいる21歳

『車の中でかくれてキスをしよう』はMr.Childrenが1992年12月に発売したセカンドアルバム『Kind of Love』の7曲目に収録されています。
Mr.Childrenがメジャーデビューを果たしたのは1992年5月に発売したミニ・アルバム『EVERYTHING』です。
そのため、『Kind of Love』はメジャー初のフルアルバムとなります。
タイトルはギター・ボーカルの桜井和寿いわく「愛のようなもの」(色々な愛)を意味しているとのことです。
Mr.Childrenがブレイクを果たしたのは1993年11月に発売した4thシングル『CROSS ROAD』です。
ドラマの主題歌だったこともあり、オリコンチャート初登場9位を獲得し1994年4月には累計売上が100万枚を突破しています。
続く5thシングル『innocent world』で初のオリコンチャート1位を獲得し、以降は世代を越えて愛される偉大なロックバンドとして活躍しています。
そんなMr.Childrenのブレイク前の重要なアルバムが『Kind of Love』です。
今聴いても「抱きしめたい」や「Distance」など、その後のMr.Childrenが打ち出すメッセージ性を彷彿させる名曲が収録されています。
今回、考察する『車の中でかくれてキスをしよう』は、インディーズ盤も存在し、桜井和寿にとっても大事な楽曲なのかもしれません。
なお、インディーズ盤とアルバムに収録されている『車の中でかくれてキスをしよう』はメロディや歌詞が変わっています。
この違いを比べて聴いてみるのも面白いのですが、今回はアルバム『Kind of Love』に収録された『車の中でかくれてキスをしよう』に焦点を当てて考察してみたいと思います。
----------------
もう二人は 子供じゃない だけど
いたずらに ただ 傷ついてくだけ
抱きしめても すり抜けてゆく君の
その心を 閉じ込めていたい
≪車の中でかくれてキスをしよう 歌詞より抜粋≫
----------------
二人は子供じゃないことを「もう」で強調した歌いだしです。
しかし、そのあとに「だけど」と続き、「いたずらに ただ 傷ついてくだけ」と大人のようなスマートな振る舞いができないことへの苛立ちが伺えます。
作詞作曲を担当した桜井和寿は、1970年3月生まれです。
『車の中でかくれてキスをしよう』を発表した1992年12月の当時は、21歳。
子供というには大人ですが、十分に成熟を果たしていると本人も世間も思っていない曖昧な時期です。
当時の桜井和寿の気持ちがどこまで反映されているのかは分かりませんが、『車の中でかくれてキスをしよう』の「僕」は「君」のことを上手く「抱きしめ」ることができずにいます。
「すり抜けてゆく君の」心を閉じ込めていたい、と願う僕は「君」に対して、正しい愛し方が分からずにいるのでしょう。
未熟者としての車

----------------
車の中でかくれてキスをしよう
誰にも 見つからないように
君は泣いてるの?それとも笑ってるの
細い肩が震えてる
≪車の中でかくれてキスをしよう 歌詞より抜粋≫
----------------
車の中は半密室です。
「僕」の願う「君」の心を閉じ込めることが、車の中であれば可能なのでしょう。
正しく抱きしめられなくても、心を閉じ込めてさえいれば、「キス」をすることができます。
キスについては「かくれて」「誰にも 見つからないように」と、ことさら周囲の視線を気にします。
続く歌詞は「君」の反応です。
「細い肩」を震わせている君が泣いているのか、笑っているのか、僕には判断がつきません。
僕が気にしているのは周囲の目線と君です。
なぜ、僕はその二つを気にするのでしょうか。
それが子供じゃないけど、大人でもない曖昧な自分の精一杯だからでしょう。
一人前の大人であれば、君を一人暮らしの部屋やホテルの一室に連れて行って「キス」することができるはずです。
しかし、僕はまだ子供じゃないだけなので、車という外から見える密室しか用意することができなかったのでしょう。
車は僕にとって未熟者としての象徴です。
その自覚があるから、大人の階段を登るための「キス」を「かくれて」しかできないのです。

----------------
誰もいない 月の浮かぶプールに
忍びこんで 波をたてる君
震えている 青ざめた唇を
僕に見せて 笑いころげてる
≪車の中でかくれてキスをしよう 歌詞より抜粋≫
----------------
二人のデート先は「誰もいない 月の浮かぶプール」です。
このプールはどこのプールなのでしょうか?
民間のものであれば、営業時間外のプールに忍び込んだことになります。
それは完全に犯罪ですが、僕と君にそのような度胸があるようには思えません。
明言することはできませんが、おそらく二人が忍び込んだプールは学校のものなのかもしれません。
少なくとも90年代のフィクションを見ると、学校に忍び込む描写を多数確認することができます。
あくまで予想でしかありませんが、歌いだしでもう子供じゃない二人は、しかし夜に大人が行くべき場所が分からず、学校のプールに忍び込んだのでしょう。
「波をたてる君」は「震えている 青ざめた唇を」「僕に見せて 笑いころげ」ます。
君は僕の前で子供であろうとしています。
十分な大人になれない僕を前にして、子供に戻ろうよと君が誘っているようでもあります。
愛のようなもの

----------------
車の中でかくれてキスをしよう
誰にも 見つからないように
≪車の中でかくれてキスをしよう 歌詞より抜粋≫
----------------
前半のサビの繰り返しです。
僕は周囲を気にしながら、大人の階段を登ろうと君にキスをしようとします。
続く歌詞は君の反応ですが、前半とは異なります。
----------------
疲れ果てたまま 眠りについた君を
いつまでも 見守ってる
≪車の中でかくれてキスをしよう 歌詞より抜粋≫
----------------
「疲れ果てた」理由は夜のプールではしゃぎすぎたせいでしょう。
そんな君を僕は「見守って」います。
ここで分かることは、君は僕ほど周囲を気にしていないことです。
外から見える車という密室でも、無防備に眠れるほどに、君は「キス」も大人になることも重要視していません。
二人はもう子供じゃありません。
しかし、同じ視線で物事を見れている訳ではありません。
----------------
車の中でかくれてキスをしよう
誰にも 見つからないように
君は泣いてるの?それとも笑ってるの
細い肩が震えてる
≪車の中でかくれてキスをしよう 歌詞より抜粋≫
----------------
サビの繰り返しです。
今回はなにも変わっていません。
大人の階段を登りたいと願う僕は、夜のプールでデートをしても「君」が泣いているのか、笑っているのか分かりません。
僕は『車の中でかくれてキスをしよう』という歌詞の中で、成長することはできずに曲は終わっていきます。
子供と大人の狭間にいる僕は常に周囲を気にしてしまい、目の前にいる君の感情とちゃんと向き合えないままです。
本楽曲が収録されている『Kind of Love』の意味は「愛のようなもの」(色々な愛)でした。
では、『車の中でかくれてキスをしよう』で語られた愛はなんだったのでしょうか。
それは自己愛なのかもしれません。
君に対して正しい愛を向けることができないから、「抱きしめても」すり抜けてしまいますし、「かくれて」しかキスをしようとできない僕は常に周囲の目を意識し続けてしまっています。
僕は僕のために大人になろうとしているに過ぎません。
ちなみに、インディーズ盤の最後のフレーズは「もうこの手を離さないで 君がそっとつぶやいている」です。
インディーズ盤では僕と君の心が通じ合って終わります。
分かり合えないからこそ

メジャーデビュー後に作り直された『車の中でかくれてキスをしよう』では通じ合った心をあえて、あやふやにぼかした印象を持ちます。
そして、僕の幼い内面にフォーカスし、男と女の視点をすれ違わせたまま歌詞を閉じます。
これは21歳の桜井和寿自身が、車の中でかくれてキスをするように大人になることができないんだと実感したからかも知れません。
あるいは男と女は、そう簡単に分かり合うことはできないんだ、と諦念したとも受け取ることができます。
しかし、だからこそ『車の中でかくれてキスをしよう』は青年が大人になろうとする甘く、目を反らしたくなるような苦い瞬間を的確に切り取ることに成功しています。
ぜひ、これから大人になる人にも、もう大人になってしまった人にも、子供と大人の狭間のもどかしさを『車の中でかくれてキスをしよう』から感じとっていただけたら幸いです。
1992年ミニアルバム「EVERYTHING」でデビュー。 1994年シングル「innocent world」で第36回日本レコード大賞、2004年シングル「Sign」で第46回日本レコード大賞を受賞。 「Tomorrow never knows」「名もなき詩」「終わりなき旅」「しるし」「足音 〜Be Strong」など数々の大ヒット・シングル···
