「承」と「転」の間の水族館
2020年11月に結成されたロックバンド、カラノア。ボーカル&ギターの雄大、ベースの樹、ドラムのかずきの3人で活動している彼らが、2025年の7月よりテレ東系で放送中の連続ドラマ『雨上がりの僕らについて』のOPテーマを担当しました。
曲のタイトルは「水族館」を意味する『aquarium』です。
『雨上がりの僕らについて』の中でも水族館が重要な役割を果たしています。
そんな『雨上がりの僕らについて』はシリーズ累計発行部数30万部を突破し「繊細な心理描写が胸を打つ」と話題のボーイズラブストーリーです。
あらすじは「6年ぶりに再会した高校時代の親友同士である奏振一郎と真城洸輔の2人が、ときに傷付け合いながらも不器用に思い合う様子を描く」というもの。
作詞、作曲を担当した雄大は原作に対して「作品を読んだ時から、惹き込まれるストーリーと、甘酸っぱい展開にワクワクしながらどんな曲にしようかなぁと想像していました」とコメント。
「見ている方が心躍るような、そんな楽曲にできていたら嬉しいです」ともいっています。
また、雄大はインタビューの中で、「カラノアはどんな音楽をやっているバンドなんですか?」と問われた際に「僕がずっと掲げているのは「なんでも屋さん」みたいなバンドですね」と答えています。
「なんでも屋さん」の「カラノア」にとって『aquarium』は「今までやってこなかった王道ポップス」だと表現しています。
そして、『雨上がりの僕らについて』との関係性については、「水族館でデートする描写があるんですけど、そのシーンが物語の「起承転結」で言うところの「承」と「転」の間くらいだなと、僕は個人的に思っていて」としています。
「承」と「転」の間であり、2人の主人公、奏と真城の繊細な心理を描いた『aquarium』の歌詞の意味を今回は考察していきます。
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雨の匂い、奇跡の序章
あなたに出会ってしまったんだ
くだらない、つまらない僕の臆病な性格を
覆ってしまったんだ
≪aquarium 歌詞より抜粋≫
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『雨上がりの僕らについて』の作中で「好きな人に好きって思ってもらえるのって、奇跡みたいなものなんですね」という台詞があります。
物語が始まる時の視点人物、奏振一郎は雨と猫をきっかけに入った喫茶店で、高校時代に好きだった真城洸輔と再会します。
そのため、「雨の匂い、奇跡の序章」はまさに奏の心境とその先の「奇跡」を思わせる歌いだしとなっています。
だとすれば、「あなたに出会ってしまったんだ」のあなたは真城のことでしょう。
続く、「くだらない、つまらない僕の臆病な性格」は奏の「同性愛者であることを隠し、“もう恋はしない”と心に決めていた」現在と繋がっており、そんな決意と「臆病な性格」を真城が「覆ってしまった」のでしょう。
ここで、「変えてしまった」と表現せず、「覆ってしまった」とするのが奏振一郎というキャラクターの本質を表しています。
『雨上がりの僕らについて』という物語は、考え過ぎてしまう奏を、常にシンプルに行動する真城が引っ張っていくような形になっています。
奏も真城も互いを変えようとするわけではなく、ありのままを伝えて受け入れ合おうとします。
タイトルになっている「雨」は、人の手では変えられず常に受け入れるしかないものであると同時に、必ず晴れるものでもあります。
『雨上がりの僕らについて』の物語で考えると、その一面は必ずしも良い面だけを表すわけではありませんが、「覆ってしまう」という表現は両面を併せ持った印象を持ちます。
「あなた」と「君」

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いつものmorning
変わらないおはように溜息
気にしないでいたってイラってしちゃうような
至ってパッとしない日々
≪aquarium 歌詞より抜粋≫
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ここで、「morning(朝)」という単語が出てきます。
「変わらないおはように溜息」をつくのは一見すると、“もう恋はしない”と心に決めて色んなことを考えすぎてしまう奏のように思えますが、本編を見ると、真城の方が実は朝にため息をつきたくなる状況に陥っていることが分かります。
物語の冒頭で高校時代の真城が「覚悟をしちゃえば強くなれるんだ」「何があってもそれを全部受け入れるって」「そしたら何も悩まなくて済むだろ?」と言ったことを、奏が思い出しています。
真城の家庭環境は、何があっても全部受け入れる覚悟をしなければならないものでした。
それは大人になって東京にやってきて、奏と再会しても変わりません。
歌いだしでは相手のことを「あなた」と呼んでいます。
後に出てきますが、「君」という呼びかけもでてきます。
『aquarium』は奏が真城を呼ぶ時は「あなた」で、真城が奏を呼ぶ時は「君」となり、二人の視点が混ざりあった歌詞になっています。
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僕の心の奥の奥の方で
地道に図る秘密の攻略法を
今から試そうか
≪aquarium 歌詞より抜粋≫
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この「僕」は奏のことでしょう。
奏の「心の奥の奥の方」にある「秘密の攻略法」とはなんでしょうか?
おそらく、それは高校時代の奏の気持ちなのでしょう。
「もう恋はしない」と恋愛に後ろ向きになる前の奏は、真城に対して積極的に休日に遊びに誘ったり、一緒に帰ろうと誘ったりしています。
真城と再会した奏に去来した感覚は高校時代の自分だったのでしょう。
それを「今から試そうか」と思っている奏は真城に対して、前向きであろうとしています。
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2人で雲に乗って
どうせ君はすぐに酔って
幸せに「もう終わり」を知って
悩んでしまう
≪aquarium 歌詞より抜粋≫
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ここで「君」が出てきます。
視点は真城に移り、奏のことを「君」と呼んでいるのでしょう。
前向きになった奏と共に真城は関係性を進めようとしますが、「すぐに酔って」「幸せに「もう終わり」を知って」しまいます。
たとえ友達同士であったとしても、他人同士がそう簡単に分かり合えるわけではありません。
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嘘ついたら言わないでおいて
魔が差したらいつでも言って
この期に及んで
浮ついて
また悩んでしまうけど
君に会いに行こうとする
≪aquarium 歌詞より抜粋≫
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恋愛という関係性を維持する上で「嘘ついたら言わないでおいて」「魔が差したらいつでも言って」は大事な要素にも思えます。
嘘は意図的であり、魔が差すのは無意識的です。
ここで意図的なものは胸に仕舞い、無意識なものは吐き出してと言います。
2人の間で知っておくべきことは自分でも自覚していない無意識なものなのかも知れません。
「この期に及んで」「浮ついて」「また悩んでしまう」のは真城です。
さきほど奏は「幸せに「もう終わり」を知って」悩んでいましたが、真城は浮ついて悩みます。
ここは2人の綺麗な対比となっています。
そして、真城なら「君に会いに行こうと」します。
どこまでも真城はシンプルです。
「枯れるほど単純な世界」

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嫌になってしまうくらいなら
いっそ海にでも落としてちょうだい
これほどの感情を振り撒いたのは
何万年前?あれ、初めて?あれ
≪aquarium 歌詞より抜粋≫
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奏の視点です。
真城に嫌われるなら「海にでも落として」と奏は願います。
奏の中にある感情は「これほど」と表現するものであり、「何万年前?」と自分が生まれるよりずっと以前にまで思いを馳せます。
この飛躍は『aquarium』という楽曲の歌詞の深みを増すスパイスになっています。
タイトルになっている「aquarium(水族館)」にいる生き物たちは「何万年前」からいたでしょうし、人間が他人を思い合うことも果てしない歴史の端っこから脈々と続いていてもおかしくありません。
そして、脈々と続く途上にいる我々はいつも恋愛の最中で「あれ、初めて?あれ」と戸惑うのです。
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雨の匂い、奇跡の序章
あなたに出会ってしまったんだ
雨の匂い、頬に伝う
あなたに知られてしまったんだ
あなただけが分かったんだ
≪aquarium 歌詞より抜粋≫
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歌いだしに戻ってきました。
奏は雨の匂いの中で、「あなたに出会ってしまった」ことを奇跡の序章とした後、「あなたに知られてしまったんだ」と続けます。
この「しまったんだ」という表現には抗いがたい運命のようなものを感じます。
奏からすれば、真城は運命の相手という認識だからこそ「出会ってしまった」と思い、自分の好意を「知られてしまった」と感じます。
そして、その先で「あなただけが分かったんだ」に繋がります。
相手が「知る」ことと「分かる」ことの違いは奥行きの違いです。
知るが手前であり、分かるはより奥にあります。
奏の想いを真城は分かる、理解するまでの関係性になったことが、ここの歌詞で分かります。
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いつか晴れると言う
少し疑ってしまっている
いつもの通りを行く
このままでいいと思っている
≪aquarium 歌詞より抜粋≫
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「いつか晴れると言う」と発言したのは真城です。
奏は真城に分かってもらった後でも「少し疑って」しまいます。
関係性や生活を変えることに躊躇があって、「いつもの通り」「このままでいいと思って」います。
恋愛においてステップを進めることはどうしても勇気が必要ですし、「もう恋はしない」と決めていた奏は自分の想いを分かってもらっても踏み出せない部分があるのでしょう。
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2人で運命を変えて
どうせ君はすぐ寝転んで
物語に「もう終わり」を知って
悩んでしまう
うるさいほど声を聴かせて
枯れるほど単純な世界で
この期に及んで
浮ついて
また悩んでしまうけど
君に会いに行こうとする
≪aquarium 歌詞より抜粋≫
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奏の悩みも、真城が抱える朝の憂鬱も、どちらかが一方的に解決するわけではありません。
『雨上がりの僕らについて』という物語は2人がお互いに少しずつ歩み寄ったり遠慮したり、共に悩んだりして解決していきます。
まさに「2人で運命を変えて」いく物語が『雨上がりの僕らについて』です。
そして、その先にあるのが「うるさいほど声を聴かせて」「枯れるほど単純な世界」です。
「うるさいほど」の声とは、話し合いのことのように思えます。
ただし『aquarium』では、「嘘ついたら言わないでおいて」「魔が差したらいつでも言って」ほしいと語られています。
重要なことは嘘という意図的なものではなく、魔が差す無意識の方です。
話し合いであっても、それが「うるさいほど」の声になり、意図的な言葉の羅列ではなく、自分でも自覚していないような無意識な言葉がでるまで、続けようとしているのでしょう。
その果てにようやく「枯れるほど単純な世界」が待っています。
「あなた」と「君」だけがいる単純で幸福な世界です。
「孤独」をくぐり抜けた今

『雨上がりの僕らについて』は「繊細な心理描写が胸を打つ」と話題になった漫画です。
作者である、らくたしょうこは実写ドラマに関して「私の中の孤独から生まれた作品」だと公式サイトにてコメントしています。
『雨上がりの僕らについて』の1巻の発売日は2020年の2月です。
そして、ここまで考察してきた『aquarium』を歌うカラノアが結成したのは2020年11月です。
どちらも2020年のコロナ禍の渦中で読まれたり、楽曲を聴かれたりしてきました。
そこにあったのは誰もが「孤独」を感じる日常。
2025年の今となってはコロナ禍は遠く感じますが、多くの人が「孤独」をくぐり抜けて今の日常を過ごしています。
『雨上がりの僕らについて』の根底にある孤独感や『aquarium』の中にあるどうしようもない物悲しさは、2020年のあの空気と応答しているようにも思えます。
誰もがふとした瞬間に一人になってしまうことが分かっている現代だからこそ、「何万年前」から「aquarium(水族館)」にいるような生物や、それを大切な人と見つめる眼差しの大事さを感じながら『aquarium』を聴くのはいかがでしょうか。