「Dolly」で幕開け
本当は、孤独なんて好きじゃない。ただ、一人で居る時間に愛しさを覚えたいだけ。
現実という目の前で起こる出来事を呑み込む余裕もないときほど、それを素直に受け止められる孤独という時間や空間を大切にしたくなる。
もしかしたら、それは立ち向かう現実から逃げる行為かも知れない。だけど、その中へ飛び込まないと、ますます自分の心が乱れてしまう。
気持ちを整理するはずが、さらに混乱へ陥ることだってあるだろう。弱い自分を知りながらも、心の避難所へ身を置くことで自分を保てることは実際にある。自分を守りたくて相手を貶してしまうことも。相手への想いが強すぎるあまり、ますます自分の心を刺してしまうことも…。
心には、幾つもの正解や間違いがある。いや、すべてが正解であり、すべてが間違いにもなる諸刃な存在だからこそ、それを冷静に考えたくなる時間は、とても大切だ。その時間が、結果的にますます熱を上げて混乱を巻き起こすことだとしても…。
そんなときに、人は、救いの手を誰かに求めたくなる。自分の中に描き出した答えが明確だろうと、不鮮明だろうが、自分ではない言葉や想いに心が救われることや、気持ちを委ね、ひとときの安心感を覚えるときは、きっと、いろんな人たちが経験していることではないだろうか。
須田景凪の歌が、その答えだ…とは言わない。彼の歌にも、模索してゆく心模様がいろんな情景や場面を通して描き出されている。
須田景凪自身も答えを出しているかと言ったら、けっしてそんなことはない。むしろ、満たされない想いにさいなまれ、ひどく心が揺れ動いている。
僕自身は、須田景凪に直接インタヴューをした経験もないだけに、彼が、どんな心模様を持って歌を、生きる証を歌に乗せて届けているかの真相は知らない。
そこは、読者と同じ立場なのかも知れない。いや、この記事を読んでいる人たちのほうが自分以上に須田景凪の音楽を知っているから、自分など須田景凪という存在の端っこを齧った程度。その目線で、これからの記事を受け止めていただきたい。
この日のライブは、『Dolly』から幕を開けた。舞台前を覆った紗幕の裏側で、須田景凪は薄明かりの中、揺れ動く感情へ導かれるように「正しくはいれないよ それなのに前を向いてみたい」と歌いながら、乱れ、揺れ動く感情を突きつけてきた。
須田景凪自身もそうだろうか。少なくとも、僕らは明確な答えなどは求めていない。いや、求めたいけど、わからないことのほうが多い。そんなときほど葛藤する気持ちに寄り添える彼の歌が、葛藤する感情を少しだけ"許してくれる"。だから、その想いへ寄り添いたくなる。
舞台を覆っていた幕が上がるのに合わせ、熱を上げて走るように飛びだした『farce』。繊細な心模様をエネルギッシュにぶつけてゆく姿勢に、滾る気持ちを抑えられない。この流れの意味、ここではあえて何も言わないので、ぜひ探っていただきたい。
続く情熱ナンバー『idid』を通し、会場中に作りあげた一体化した熱狂。この享楽に身を溺れるのも、冷静に見つめるのも、すべては「自分次第」です。
映画「ニノ国」の主題歌「MOIL」も披露!
続くブロックでも、須田景凪はバルーン名義曲の『メーベル』『雨とペトラ』など、胸を熱く騒がせる楽曲を突きつけ、会場中の人たちの感情を高ぶらせ続けていた。須田景凪のライブの面白さが、たとえ曲調を通して気持ちをアッパーへ導こうと、必ず自分自身の心と向きあう瞬間を与えてゆくところにある。
憂いを帯びた『Cambell』に描いた、答えの見えない感情。何時しか演奏は、心の内側へ、奥底へと想いを落としてゆく。
切々とした感情を掻き立てた『シックハウス』や『レソロジカ』。自分で心の痛みを背負い続けながら、須田景凪の歌は、ふたたび光をつかむように『morph』へと感情の揺れを繋いでいった。
「どうか この日常を愛してほしいんだ」「手離したくないんだ」と歌う声が、胸を痛く抉っていた。
放送中のTVアニメ「炎炎ノ消防隊」のエンディング主題歌としても流れている『veil』では、気持ちの揺れが声を通して伝わるほど、とてもエモーショナルな歌を響かせてくれた。
同じく、心揺れる想いをエモーショナルにぶつけた『mock』。闇の感情が渦巻いていた世界の中へ、情熱的な歌声や演奏を介し光を授けた代表曲の『シャルル』。激しく…いや、アグレッシブな演奏を通し、感情を熱く高ぶらせた『ポリアンナ』を通し、会場はどんどん熱を帯びてゆく。
様々な感情を、眩しい光で包み込むみように抱きしめた『パレイドリア』。優しさと温かさを抱いた『浮花』。そして最後に須田景凪は、「大人になってしまったみたいだ」と高らかに歌いながら、映画「ニノ国」の主題歌『MOIL』を届けてくれた。
とても気持ちを熱く揺さぶる楽曲だ。背景にアニメの映像も投影。誰もが、心地好い恍惚の中へ溺れていった。
感情のストッパーを外したまま、気持ちの赴くままに届けた『レド』。最後の最後に須田景凪は、「心に隠した言葉ひとつも 口に出せずに消えてしまう」と歌いながら『密』を届けてきた。
そこへ彼はどんな想いを込めたのか。自分なりに感じることはあったが、そこも、この記事を読んだ人たちに託したい。なぜなら音楽には、その人自身がだした無限大の答えがあるのだから。
須田景凪のライブに、大勢の人たちが共鳴し足を運ぶのも、その人自身が出したい答えに近づくヒントやガイドがあるから…と、自分は受け止めている。それが正解か間違いかは、自分でもわらかない。
でも、それでいいんだと思う。須田景凪の音楽には、人の心を巡らすいろんな「答えに近いヒント」が詰め込まれている。それに心すがりたくて、須田景凪の音楽を求めてしまう。
もちろん、他にも理由はあると思う。でも、少なからず自分はそこに想いを馳せてしまうからこそ、須田景凪の音楽を心の支えにしたくなる。
須田景凪は、8月21日に2ndEP『porte』を発売する。その後には、来年2月29日のZepp DiverCity(TOKYO)を皮切りに行う初めての全国ツアーも決定している。これからも、須田景凪の動きをしっかりと追い続けて欲しい。
TEXT 長澤智典
Photos by Taku Fujii