DIR EN GREYメンバーの年齢・身長などを紹介!
DIR EN GREYは1997年の結成から現在に至るまで、京(Vo)、薫(Gt)、Die(Gt)、Toshiya(Ba)、Shinya(Dr)の5人体制を維持し続けているロックバンドです。メンバーチェンジが一度もないというのは、活動歴の長いバンドの中でも珍しく、彼らの結束の強さを表すポイントといえるでしょう。
ここからは、それぞれの誕生日や出身地、担当パートといった基本プロフィールを紹介していきます。
京(きょう)

| 誕生日 | 2月16日 |
|---|---|
| 年齢 | 50歳 |
| 出身 | 京都府 |
| 血液型 | B型 |
| 身長 | 160cm |
| パート | Voice |
DIR EN GREYでフロントマンを務める京は、全楽曲の作詞を一手に担っています。
グロウルやファルセット、ホイッスルボイスまで多彩な歌唱法を使い分ける表現力の高さで、世界中のリスナーを惹きつけてきました。
中学1年生のときにクラスメイトが持っていたBUCK-TICKの切り抜きを見たことがきっかけで、音楽に興味を持ったという京。
2013年からは「sukekiyo」というソロプロジェクトも始動し、DIR EN GREYと並行して精力的に活動しています。
ライブではほぼMCを行わないストイックなスタイルも、京ならではの魅力です。
薫(かおる)

| 誕生日 | 2月17日 |
|---|---|
| 年齢 | 52歳 |
| 出身 | 兵庫県 |
| 血液型 | A型 |
| 身長 | 170cm |
| パート | Gt. |
ギターを担当する薫は、DIR EN GREYのリーダーとしてバンド全体をまとめる司令塔的な存在です。
また、インタビューでは音楽性の変化や活動方針について語ることの多い役割を担っています。
中学生のころにDEAD ENDや筋肉少女帯を愛聴し、X JAPANのアルバム『BLUE BLOOD』にも衝撃を受けたといいます。
高校時代にはD'ERLANGERやBOØWYのコピーを経験し、ヴィジュアル系シーンへの礎 を築いていきました。
バンドの音楽性が変わるたびに方向性を言語化して伝えてくれる、頼れるリーダーです。
Die(ダイ)

| 誕生日 | 12月20日 |
|---|---|
| 年齢 | 51歳 |
| 出身 | 三重県 |
| 血液型 | B型 |
| 身長 | 178cm |
| パート | Gt. |
もう1人のギタリストであるDieは、上手(かみて)側を担当するDIR EN GREYの音作りの要です。
カッティング奏法を得意とし、メロディアスでポップな楽曲の作曲を多数手がけていることでも知られています。
中学時代にJUN SKY WALKER(S)やTHE BLUE HEARTSに触れてバンドに興味を持ち、高校時代に観たZIGGYのコピーバンドに衝撃を受けて音楽の道に進みました。
2015年からはソロプロジェクト「DECAYS」を立ち上げ、自らボーカル&ギターを担当しています。
DIR EN GREYのヘヴィな楽曲群の中でも、Dieが作るメロディアスな一面はバンドの幅を支える重要な要素です。
Toshiya(トシヤ)

| 誕生日 | 3月31日 |
|---|---|
| 年齢 | 49歳 |
| 出身 | 長野県 |
| 血液型 | B型 |
| 身長 | 181cm |
| パート | Ba. |
ベースを担当するToshiyaは、メンバー最長身の181cmという恵まれた体格を持つベーシストです。
DIR EN GREYの前身バンド「La:Sadie's」には参加しておらず、1997年の結成時に京から声をかけられて加入した経緯があります。
中学時代にBOØWYに熱中し、高校時代にはLUNA SEAのJに憧れてベースを始めたというToshiya。
2015年にはファッションブランド「DIRT 100% Natural Dirty」を立ち上げ、デザイナーとしても活躍中です。
指弾きを基本としつつ、ベースを縦に持って弾く独特のスタイルもステージ上での見どころとなっています。
Shinya(シンヤ)

| 誕生日 | 2月24日 |
|---|---|
| 年齢 | 48歳 |
| 出身 | 大阪府 |
| 血液型 | B型 |
| 身長 | 170cm |
| パート | Dr. |
ドラムを担当するShinyaは、DIR EN GREYのメンバーの中で最年少です。
中学1年生のときにテレビでX JAPANを見たことがきっかけで、ドラムを始めることを決意したというShinya。
影響を受けたアーティストにはYOSHIKIを挙げており、その影響はDIR EN GREYの楽曲全体にも色濃く反映されています。
2017年からはソロプロジェクト「SERAPH」を結成し、DIR EN GREYとは異なるクラシカルな世界観の音楽も発信。
バンド内では一番年下でありながら、楽曲のメロディラインを生み出す重要な役割も担っているドラマーです。
DIR EN GREYのメンバーカラーは?
DIR EN GREYには、結成25周年を迎えた2022年に公表されたメンバーカラーがあります。TSUTAYAのオンラインゲーム「Giftole(ギフトーレ)」とのコラボで限定オリジナルサイリウムが発売され、その際にメンバーごとのカラーが明らかになりました。
ただし、このサイリウムは「DIR EN GREYのライブ会場では使用いただけません」と商品説明に明記されている、ちょっと変わったアイテム。
リーダーの薫も「ライブでは使えないので、別の使い方を探してもらえるとなぁ(笑い)」と語っており、彼ららしいユーモアを感じさせるエピソードとなっています。
将来的にはサイリウムが映えるスペシャルなライブも検討しているとのことで、今後のライブ演出にも注目したいところです。
| メンバー名 | メンバーカラー |
|---|---|
| 京(きょう) | 黄色 |
| 薫(かおる) | 紫色 |
| Die(ダイ) | 赤色 |
| Toshiya(トシヤ) | 青色 |
| Shinya(シンヤ) | ピンク色 |
DIR EN GREYとはどんなグループ?

DIR EN GREYは、1997年に大阪で結成された日本を代表するヴィジュアル系ロックバンドです。
「人間の弱さ、あさはかさ、エゴが原因で引き起こす現象により、人々が受ける様々な心の痛みを世に広める」という強い意志のもと、結成以来一貫して「痛み」をテーマにした楽曲を発表し続けています。
日本国内だけでなく世界各国でツアーを行うグローバルなバンドとして、ヴィジュアル系シーンを超えた幅広いファン層に支持されてきました。
「DIR EN GREY」の意味、読み方は?
バンド名「DIR EN GREY」の読み方は「ディル・アン・グレイ」。ドイツ語・フランス語・英語の「Dir」「en」「grey」を組み合わせた造語で、「灰色の銀貨」という意味合いが込められています。
ただ実際には響きの良さが最優先されており、当時のヴィジュアル系シーンに存在した同名楽曲のタイトルからインスピレーションを得たという説も有名です。
活動初期は「Dir en grey」と小文字混じりの表記でしたが、シングル『凌辱の雨』以降は現在の「DIR EN GREY」表記に統一されました。
ファンや業界内での略称は、日本では「ディル」、海外では「DEG」と呼ばれることが一般的です。
結成から30年近く経った今もなお、この独特な名前は彼らの深淵な世界観を象徴し続けています。
ファンの呼称は?
DIR EN GREYのファンは、「虜(とりこ)」という呼称で親しまれています。この呼び名は、インディーズ時代のシングル「-I'll-」のカップリング曲「虜」に由来しており、長年にわたってファンの間に定着してきました。
特定のメンバーを推しているファンは「京虜」「薫虜」「Die虜」「Toshiya虜」「Shinya虜」というように、メンバーの名前と組み合わせて呼ぶこともあります。
公式ファンクラブの名称は「a knot(エーノット)」で、会報誌の名前は「灰色の銀貨」というバンド名の由来と同じタイトルが採用されています。
ファンクラブ会員向けの限定ライブも頻繁に開催されており、コアファンほど深く楽しめる仕組みが整っているバンドです。
前身は「La:Sadie’s」というバンド!
DIR EN GREYの結成前、京・薫・Die・Shinyaの4人は「La:Sadie's(ラ・サディーズ)」という前身バンドで活動していました。La:Sadie'sは1995年12月に結成されたバンドで、約1年の活動期間を経て解散しています。
その後、解散したメンバー4人が再び集まり、新たにベーシストとしてToshiyaを迎えて1997年2月2日に大阪でDIR EN GREYが結成されました。
京自身は「あくまでLa:Sadie'sを再結成する気はなく解散した」と語っており、DIR EN GREYはあくまで新たなコンセプトのもとに生まれた別のバンドだと位置づけています。
La:Sadie'sからDIR EN GREYへの流れは、現在のメンバー編成が生まれた重要なルーツといえるでしょう。
「X JAPAN」YOSHIKIプロデュースでメジャーデビュー
DIR EN GREYは、1999年1月20日にX JAPANのYOSHIKIプロデュースでメジャーデビューを果たしました。デビュー作は『アクロの丘』『残-ZAN-』『ゆらめき』の3枚同時発売という異例のスタイルで、3枚すべてがオリコンチャートのトップ10入りを記録しています。
インディーズ時代にはシングル「-I'll-」がオリコン7位という当時のインディーズ史上最高位を記録し、1998年11月にはインディーズバンドとして異例の日本武道館単独公演も実現していました。
メジャーデビュー当時、テレビ朝日系『ミュージックステーション』にも出演し「残-ZAN-」を演奏しましたが、過激な演出が話題を呼び、当時の音楽番組では異色の存在として注目を集めました。
YOSHIKIプロデュースによる華々しいデビューが、その後の世界的な躍進への大きな足がかりとなったのです。
『UROBOROS』が米ビルボード誌で1位、世界各国で単独ツアーも
DIR EN GREYの世界進出を決定づけたのが、2008年11月にリリースされた7枚目のアルバム『UROBOROS』です。本作は世界17カ国で同時発売され、米ビルボード誌の「Top Heatseekers」チャートで見事1位を獲得しました。
さらに「Top Independent Albums」チャートでも9位、アルバム総合チャート「The Billboard 200」でも114位にランクインするなど、日本のロックバンドとしては快挙ともいえる成績を残しています。
ヨーロッパでは「Rock am Ring」「Rock im Park」といった世界最大級のロックフェスティバルに出演するなど、各地で熱狂的なファンを獲得しました。
ライブ活動は北米、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアを含む多くの国で展開されており、文字通りの世界的なロックバンドとして地位を確立しています。
DIR EN GREYのおすすめ・人気楽曲4選
DIR EN GREYは結成以来、シングル・アルバム合わせて膨大な数の楽曲を発表してきました。ヘヴィなロックナンバーから繊細なバラードまで、その音楽性は時代ごとに進化を続けており、どの曲から聴けばいいか迷ってしまう方も多いのではないでしょうか。
ここでは、初めてDIR EN GREYに触れる方にも、久しぶりに彼らの楽曲を聴き返したい方にもおすすめの4曲を紹介します。
MVや配信音源と合わせてチェックすると、DIR EN GREYの世界観をより深く楽しむことができますよ。
GLASS SKIN
「GLASS SKIN」は、2008年9月10日にリリースされたメジャー22枚目のシングルです。
ピアノの前奏から静かに始まるアコースティック寄りのナンバーで、デスボイスやシャウトは一切使われていないのが大きな特徴。
京がインタビューで珍しく歌詞のテーマについて語っており「環境破壊」をモチーフにした繊細な世界観が描かれています。
タイトル通りガラスのような脆さと、純粋であるがゆえの悲しみが繊細な旋律にのせられた1曲で、DIR EN GREYのバラード曲の代表作といえる存在です。
シングル盤は日本語詞ですが、同年11月発売のアルバム『UROBOROS』には全英詞バージョンが収録されているので、聴き比べてみるのもおすすめです。
THE FINAL
「THE FINAL」は、2004年3月17日にリリースされたメジャー16枚目のシングルです。
タイトルが「最後」を意味することから、リリース当時はファンの間で「これで解散するのでは」と噂が立つほどの衝撃を与えた1曲でした。
京は雑誌のインタビューで「これで解散だったら、まじベタすぎでしょ(笑)」と笑い飛ばし、解散説をきっぱり否定しています。
ドラマチックなイントロから始まり、重量感のある音の中にアコースティックギターの音色が織り込まれた、ヘヴィ・メランコリックなバラードナンバー。
生きる意味を問うような重い歌詞と、痛みを抱えた京のボーカルが胸を締めつける、DIR EN GREYの初期を代表する名曲です。
ゆらめき
1999年1月20日に3枚同時発売された、メジャーデビューシングルの1曲である「ゆらめき」。
作曲はShinya、編曲にはYOSHIKIとDir en greyが名を連ねる豪華な布陣で制作されました。
TBS系アニメ『日本一の男の魂』のオープニングテーマに my 起用され、デビュー3作の中で最多となる18万枚のセールスを記録。
失った愛を描いた切ない歌詞とメロディアスなサウンドが融合し、初めて彼らの音楽に触れる人にも親しみやすい仕上がりです。
2024年にリリースされたシングル『19990120』では、25年の時を経て再構築されたバージョンも収録されており、デビュー当時との聴き比べも楽しめます。
SUSTAIN THE UNTRUTH
「SUSTAIN THE UNTRUTH」は、2014年1月22日にリリースされたメジャー27枚目のシングルです。
近年のDIR EN GREYの楽曲は複雑な構成のものが多い中で、本作はメンバー5人が向き合いセッションをしながら制作された、シンプルな構成のロックナンバーとなっています。
グルーヴィーでヘヴィなベースとドラム、テクニカルなギター、多様な表現で歌い分ける京のボーカルが融合した、印象的なサビが耳に残る1曲。
ミキシングはディスターブドやマリリン・マンソンを手がけたベン・グロッセが担当し、マスタリングはテッド・ジェンセンというグラミー賞受賞経験のあるエンジニアが手がけました。
本作以降のアルバム『ARCHE』の方向性を示した重要な楽曲でもあり、現在のDIR EN GREYを知るうえで欠かせないナンバーといえるでしょう。
最新DIR EN GREYの活動
1997年の結成から長きにわたって第一線で活動を続けるDIR EN GREYですが、近年もリリースやツアーを精力的に展開しています。特に2024年のメジャーデビュー25周年や、2026年4月の最新アルバムリリースなど、ファンにとって見逃せないトピックが続いています。
ここでは、近年のDIR EN GREYの活動についてピックアップして紹介します。
2024年でデビュー25周年
DIR EN GREYは、1999年1月20日のメジャーデビューから数えて、2024年でデビュー25周年を迎えました。これを記念して、2024年1月17日にはメジャー33枚目のシングル『19990120』をリリース。
タイトルにはメジャーデビュー日である「1999年1月20日」が刻まれており、デビュー作『アクロの丘』『残-ZAN-』『ゆらめき』の3曲を25年の時を経て再構築した特別な作品となっています。
当時の胸に刺さる歌詞やメロディラインを踏襲しつつ、研ぎ澄まされた現在のDIR EN GREYのサウンドと感性で蘇らせた、まさに節目の作品。
昔のファンも久しぶりに触れたくなる、原点回帰と進化が同居した1枚に仕上がっています。
2026年4月8日に12thアルバム『MORTAL DOWNER』発売
2026年4月8日、DIR EN GREYは通算12作目となるニューアルバム『MORTAL DOWNER』をリリースしました。2022年6月15日に発売された11thアルバム『PHALARIS』から約3年10か月ぶりのフルアルバムで、ファンにとって待望の作品となっています。
収録曲は、2024年4月に発表された「The Devil In Me」のほか「ISOLATION」「灰燼に帰す」「蜿蜒」「MOBS」など新曲を多数加えた全14曲。
完全生産限定盤や初回生産限定盤には2025年春に開催されたUSツアーのライヴ音源が収録され、完全生産限定盤の特典映像には「TOUR25 蜿蜒」のZepp Haneda(TOKYO)公演が全編収録されています。
さらに2026年4月からは全国10都市12公演のツアー「TOUR26 Downer Absolutely No One」がスタートし、7月18日・19日には東京ガーデンシアターで2デイズ公演「MORTAL DOWNER」の開催も決定しています。
DIR EN GREYメンバーは結成から同じ!25周年以降の新たな活動にも注目
DIR EN GREYは、1997年の結成から現在に至るまで、京・薫・Die・Toshiya・Shinyaの5人体制を一度も変えることなく活動を続けてきた稀有なロックバンドです。「痛み」をテーマに掲げ続けながら音楽性を進化させてきた彼らは、米ビルボード誌の「Top Heatseekers」チャートで1位を獲得するなど、世界的な評価も確固たるものにしています。
2024年にメジャーデビュー25周年を迎え、2026年4月には12thアルバム『MORTAL DOWNER』をリリース。
全国ツアー「TOUR26 Downer Absolutely No One」や、7月の東京ガーデンシアター2デイズ公演など、これからも国内外で精力的な活動が続いていきます。
昔ファンだった方も、これからDIR EN GREYの世界に触れる方も、25周年を超えた先に進化し続ける彼らの音楽をぜひ体感してみてください。



