『だんご3兄弟』に『およげ! たい焼きくん』……食べ物を描いた曲は数多く存在する。親しみやすく覚えやすいそのテーマ性からヒット曲になることも多いが、大体の曲が食べ物をキャラクター化したり心温まるエピソードになぞらえていたりと、楽しい曲や可愛い曲が多いのが特徴だ。
しかし、そんな平和な「食べ物ソング」の中には油断して聴いていると戦慄に導かれる曲もある。
そんな、ある意味での「隠れた名曲」のひとつが、アルカラの『ミックスジュース』だ。
アルカラは、今年結成14年目になるロックバンド。ギターロックやオルタナティブ、歌謡曲などの要素を強く感じる力強いサウンドと軽快なメロディを武器に、邦楽ロックシーンで圧倒的な独自の存在感を放ち続けている。2013年からは地元である神戸でライブサーキット型フェス『ネコフェス』を主催するなどライブ活動も盛んだ。
彼らを慕う後輩ロックバンドも数多く存在する程人気の高いアルカラだが、その楽曲の中でも『ミックスジュース』は異質なオーラを放っている。
2012年に発売されたミニアルバム『おかわりください』に収録されているこの曲は、タイトルの通りミックスジュースについて歌う歌詞が印象的だ。ディズニーアニメの曲のようなメルヘンチックなリフが楽しいイントロを抜けると、ボーカル稲村太祐の跳ねるような歌声が続く。
"戸棚 奥に眠る 名前の知らない電動ミキサー
スイッチを入れてみる 刃 鈍い音 ぎゅるるるるる
檸檬、ニンジン、オレンジ"
NHKの『みんなのうた』を彷彿とさせるようなテンポ良く可愛らしい歌詞と小洒落た変拍子の効いたドラムがコミカルな雰囲気を際立たせ、普段はエモーショナルな男臭さが魅力の稲村の歌声にも「ウキウキ」と言う言葉を体現するかのような伸び伸びとした響きを感じる。ここまではもう完全に、「ミックスジュースの歌」にしか聴こえないだろう。
しかし、次のフレーズから少々様子がおかしくなってくる。
"酸いも甘いも一気に搾って"
ん? 酸いも甘いも? 突然人生の話にでもなったのだろうか? 脳裡にふっと過る疑問符に解答がもたらされる暇もなく、サビに差し掛かる。
"ミックスジュースが飲みたいな あなたと一緒に飲みたいな
お味はいかが? 血液型は? あなたの事ちゃんと知りたいの"
更におかしい。おいおい、ついさっきまでいなかった「あなた」が突然登場してるぞ! しかもこの曲の主人公はその「あなた」に、あろうことか血液型を聞いている。そのさまはさながら、好きな男の子との会話の糸口を一生懸命探している少女のよう。もしかして、この曲はラブソングなのかもしれない。
しかし、そんな主人公の少女のような純真さは2番冒頭の歌詞で一気に吹っ飛ばされる。
ついさっきまでスキップするように楽しげだった稲村の歌声が、突然呪詛のように静かな響きを持つようになる。しかも、そんな歌声で歌われるのは次のような、ちょっと怖いフレーズ。
"あたしの知らない 貴方はいらない"
このフレーズの後から、ミックスジュースはほぼ主役にはならなくなってしまう。歌詞に登場してはいるが、その扱いは到底主人公としてではなく、まるで歌詞にインパクトを与えるための装置のよう。どうやらこの曲の主人公「あたし」が飲みたいのは、単なる「檸檬、ニンジン、オレンジ」のミックスジュースではないようだ。
"ミックスジュースが飲みたいなー 愛しささえも 悲しみさえも
全部が全部 まとめてさ 飲み干してしまいたい あたしだけ あたしだけ
笑顔も涙も膝小僧も 貴方のヘンテコな中指も"
そう、「あたし」が飲みほしたいのは「貴方」の全て。愛する相手である「貴方」を、過去も未来も些細な癖まで全てまとめて、独占したいのだ。
さながら、ミックスジュースにでもして飲み干すように。
ラストの大サビでは「ミックスジュースが飲みたいな まりまりもるもる飲みたいな」などと可愛い事を歌っているが、それまで散々狂気的な程の独占欲を振り撒いてきた後である。意味が無いどころか寧ろ可愛らしすぎて狂気すら感じる。
『猫ふんじゃった』をオマージュした小気味好いアウトロもインパクトがあり、覚えやすいメロディにはキュートな茶目っ気がこれでもかと徹底されているが、それがかえって歌詞に漂う清々しい程の独占欲を際立たせていてとても怖い。絶妙に歪んだギターの音色が、心地良い不気味さで聴き手の精神をじわじわと侵食してくる不思議な曲だ。
「ロック界の奇行師」を自称するアルカラの楽曲には、『ミックスジュース』の他にも歌詞がユニークで格好いい曲が沢山ある。タイトルからの先入観を一度捨て、じっくり聴いてみては?
一見コミカルで面白いからといって油断していたら、その予測不可能な展開にびっくりさせられるかも…………。
TEXT:五十嵐文章