それぞれの時代を彩るヒット曲はどれも個性的で、花の色のようにカラフルな魅力がある。しかし、そんな多くの楽曲には共通点がある。それが、「キャッチーさ」だ。
覚えやすく歌いやすい、思わず口ずさんでしまうような不思議な中毒性を持つ楽曲はいつの時代も好まれるもの。そんな楽曲を生み出すためには楽しく癖になるメロディは勿論大事だが、もっと重要なのは「歌詞」ではないかと私は思う。
覚えやすくキャッチーなメロディが魅力の楽曲で注目を集めた若手人気バンドと言えば、なんと言っても「ゲスの極み乙女。」の右に出る者はいないだろう。
昨年大ブレイクした彼らはindigo la Endのギターボーカルでもある川谷絵音が率いる男女混成四人組バンド。プログレやヒップホップ、パンクロックから歌謡曲まで様々なジャンルの音楽を取り入れた予測不可能でめまぐるしいメロディ展開、そしてメンバーの個性的なキャラクターが投影されているかのようなカラフルなサウンドが特徴的だ。
そして何より、CMなどの短い数秒間でも強烈なインパクトを残すサビのメロディは印象的だろう。たとえそれまで彼らの名前すら知らなかったとしても、コカ・コーラのCMなどをきっかけに、その人を食ったようなバンド名と共にアタマから離れなくなったと言う人は多いに違いない。
そんなテレビでお馴染みの楽曲はよく知られているが、注目を集める以前、インディーズ期の作品の中にもインパクトが強く一度聴いたら忘れられないような楽曲が数多くある。
その中でも圧倒的な異彩を放つ歌詞が特徴的な楽曲が、『餅ガール』だ。
この曲の主人公は、タイトル通り餅が大好きな女の子。餅が食べたいと言うモチベーションだけで描かれているが、うっかり「面白ソング?」と思って聴いてしまうと初っ端からびっくりさせられる。
ギターの軽快なリフと攻撃的なシンセサイザーの音が印象的なイントロからは、作詞作曲を担当したボーカル川谷のメロディセンスがこの頃から既に伸び伸びと発揮されている事をこれでもかと思い知らされる。
しかし、それよりも注目すべきはワンフレーズ目の歌詞。
「ララララッパの音で 上がる心音と熱
なのに何でか腹が減って戦が出来ぬ」
タイトルに「ガール」と銘打っているにも関わらず、よりにも寄って始めから「戦が出来ぬ」と言う物騒な言い回し。餅も出てこなければ「ガール」っぽい可愛らしさすらなく、これではまるで主人公はジャンヌ・ダルクか何かのようだ。
更に続くのは次のようなフレーズ。
「ララララストの饅頭 てんで惹かれないって
わわわ私欲しいのそれじゃない餅なのよ」
ここで遂に餅の登場である。言わばこの曲の主役が現れた事になるわけだが、しかしこの時点では既にさっきまでの「戦」や「ラッパ」は関係なくなっている。しかしまあ、とにかく「餅ガール」が焦がれる餅には参上頂いた訳である。一旦ジャンヌ・ダルクは置いておいて、気分はすっかり餅。遂にサビに突入だ。
しかし、歌詞はそこで再びとんでもない展開を見せる。
「ナイチンゲールが恋に落ちたって風の噂流れた 幽霊船で餅を食ったって話らしいぜ」
なんと、曲の主人公は単なる餅好きの女の子でもなければジャンヌ・ダルクでもない、かの有名なナイチンゲールだったのだ!
「ナイチンゲール」「幽霊船」「餅」と言うハチャメチャな言葉達の関係を理解させてもらう暇もなく、Bメロでは「白いモチっとした感触を思い出してにやけてるあの人が かの有名人だなんてことを 誰も思ってなんていないだろうな」と新たな登場人物の存在が示唆される。ナイチンゲールだけでも充分過ぎるビッグネームだが、今度は一体どんな「有名人」がやってくるのだろう?
うっかり期待に胸を膨らませかけるが、そんなものは到底描かれずに気がつけば「あーあ、幽霊が食べた餅食いたい」と執拗なまでに連呼。
幽霊が食べた餅、確かにどんな味がするのか気になるがそんな細かい事はお構いなしに、再び幽霊と餅を食べるナイチンゲールの登場で楽曲はフィニッシュする。
この曲では、現在の川谷の作風の特徴である「同じフレーズを何回も繰り返す」と言う技法は一切使われていない。寧ろメロ部分の旋律が1番と2番で異なっていたり、彼らの作風の軸を成しているプログレの要素を強く感じる「縦横無尽な演奏がやたら主張する長い間奏」が挟まっていたりと、複雑で脈絡の捉えにくい掴みどころのなさが際立って聴こえる程だ。
だが、それでも耳にすんなりと入ってくるわかりやすさと言葉選びの面白さが随所に溢れていてキャッチーさを充分に感じる。この不思議な魅力は、一体何処からやってくるのだろう?
その秘密は、「詞の奇想天外さ」と「ストーリー性の高さ」だ。
ちぐはぐで不可思議な言葉達が並ぶ歌詞は、一見すると語感の良さだけで言葉を選んでいるように見えるかもしれない。しかしその反面、ファンタジックな物語の世界がきちんと作り上げられているとも捉えられる。
「この登場人物は一体何者だ?」と思いながらも「幽霊と餅を食べるナイチンゲール」「お餅を想いながら思わずにやけるかの有名人」などワンフレーズ毎に情景が、そしてそこに登場するインパクト満点なキャラクター達の人物像がはっきりと思い浮かぶような描き方がなされているのだ。だから印象が強く残りやすく、覚えやすいのだろう。
最近のヒット曲『私以外私じゃないの』『ロマンスがありあまる』などもCMや映画などで使われているわかりやすいサビのフレーズばかり注目されがちだが、実は歌詞全体を通して見ると「自分なりの矜持を持つ凛とした女性」や「身の丈にありあまる幸せに怯える青年」など主人公像のはっきりとした、ストーリー性の高い歌詞になっている。その登場人物達はどれも魅力的で感情移入しやすく、心理の描写には思わずハッとさせられる事が多い。
サビだけ耳にして「ああ、あの曲ね」と知ったかぶりしているそこの貴方も、「餅が食べたい」その一心だけでナイチンゲールになって幽霊船にまで乗り込んでゆくゲスの極み乙女。の詞の世界に飛び込んでみてはいかがだろうか?
TEXT:五十嵐文章