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「それでも愛するから」――GOOD ON THE REEL『素晴らしき今日の始まり』は、大切な「生命」へのラブソングだ

生命はとても大切だ。 そんな事は当たり前の事実で、今更とやかく反論するような人もいないだろう。 でも、実はこの言葉以上に無力な言葉は無いんじゃないかとも思う。特に、本当に死んでしまいたい程絶望している人に対してはその効力を全く見せないんじゃないか?
アナタの生命は大切かもしれない。乗っている電車の目の前の席に腰掛ける純粋無垢な小さな女の子の生命は大切かもしれない。でも、私の生命は果たして彼らと同等と言えるのかしら?
そんなふうに思った事がある人は決して少なくないだろうと思う。


じゃあ、ひとの優しい言葉にすらも溶かせない程に心が凍えてしまった時、アナタならどんな言葉をかけるだろうか?

GOOD ON THE REELの解答は、「愛してる」だ。


一昨年結成十年目を迎えた五人組ロックバンド、GOOD ON THE REEL。メンバーそれぞれの安定感あるプレイヤビリティに裏付けされた力強い演奏と、圧倒的な歌唱力と表現力を誇るボーカル千野隆尋の歌声を武器に長年インディーズシーンを牽引し、十周年を迎えた年には遂にメジャーデビュー。昨年十月には日比谷野外大音楽堂でのワンマンライブも成功させた実力派バンドだ。

『素晴らしき今日の始まり』は、彼らの楽曲の中でも特に人気の高い作品だ。映画のタイトルのような美しい名前をしているが、その歌詞世界もその名を裏切らない。




物語の幕開けのような男臭いギターのメロディからこの曲は始まる。印象的なイントロを経て千野の柔らかい歌声が、様々な朝の風景を描き出す。




――――
懐かしい匂いがしました
誰かは上司に頭を下げます
誰かはリングに崩れ落ちます
僕は多摩川に着きました

運送トラックの風に吹かれて 大して星の見えない空を
明けない内に見上げます
――――

歌詞の冒頭では、様々な人々の様子が敬語の語尾で淡々と歌われている。韻を踏むでもなくキャッチーな英語やカタカナ語が紛れるでもなく、ただただ丁寧に情景を描写する言葉達は歌詞というよりは「詩」に近い印象だ。一見すると、JPOPの歌詞としては拙いようにさえ見えてしまうかもしれない。
でも、一度この「詩」の主人公になったつもりで、彼が見ている世界を一緒に見てみて、想像してみてほしい。

「僕」は、まだ夜が明けないうちに外に出る。彼の住む街がある世界は限りなく広く、そんな世界の何処かで、彼の知らない誰かが上役に頭を下げている。他の誰かは敗北を味わい、また他の誰かは新生活への期待と不安で胸がいっぱいだ。他の誰かは自分の未来を思ってか、或いは家族の無事を望んでか、ひとり病室で祈っている。

様々な人達の生きるこの世で、「僕」は橋の手すりに手をかけ、星も見えない都会の空に両手を広げる。勿論だが、「僕」の広げた手は「羽根じゃない」「僕」には天使のように大切な誰かを救う事も、自分を囲う小さな街から鳥のように飛び立つ事も出来ない。
広い広い世界にひとり佇む、無力な「僕」。たとえ虚しい想いに胸を責められても、容赦なく今日も朝はやってくる。

――――
伝えたいコトがあります
届けたいモノがあります
叶えたいユメがあります
守りたいイノチがあります
消えないキズがあります
咲かないハナがあります
言えないコトバがあります
守れないイノチがあります
それでも生きていくから…
それでも愛するから…
――――

いかにも明るい印象のタイトルに反して、ここまでの歌詞に明確に前向きな表現は一切と言って良い程見られない。「〜したい」と言う希望形と不可能だった事への悔恨しか並べられていないのだ。

だけど、この曲からはそんな悲壮感は全く伝わってこない。何故だか不思議な程に、とてつもなく清々しい。
そんな不思議な清々しさは、この曲の歌詞の「詩」としての完成度の高さ、そしてとにかく力強く美しいサウンドに由来する。


――――
誰かは空に祈ります
誰かは風に囁きます
誰かは雲に嘆きます
誰かは空に歌います

「愛してる。」
「愛してる。」
「愛してる。」
「愛してる。」
――――

大サビを前に、象徴的に四回繰り返される「愛してる。」と言う言葉。
これにはきっと、ひとつずつ違った意味合いが込められているのだろう。
「愛してる」と言うと恋人同士の愛の言葉の印象が強いと思うが、「祈り」「嘆き」等、様々な場所で様々な感情を抱いて様々な日々を過ごす人々の様子を描き出す事によって、その後に続く四つの「愛してる。」のひとつひとつに、全く違った意味を持たせる事が出来ている。

他の歌詞の描写も決して主人公の内面が描かれているわけではないが、先程のように主人公の気持ちになって聴くことでその切なさや虚しさを感じることが出来る。ごくシンプルで端的な描写から、生々しい程の感情が伝わってくるのだ。
この曲の歌詞は、JPOPではなく詩歌として描かれているのだろう。谷川俊太郎やサンテグジュペリを敬愛し、「歌う文学青年」と呼ばれる千野らしい表現方法だ。


また、ギターの伊丸岡亮太の手による唱歌のような歌メロは千野のよく通るハイトーンやヴィブラートを最大限に活かし、神々しいまでの輝きを引き出している。

更に、歌に花を添えるのは何処までもロックバンドらしいサウンドだ。歌うようなツインギターの骨太さや繊細なベース、ダイナミックなドラムが後半へと進むにつれどんどん熱を帯びてゆく様は圧巻としか言いようがない。歌詞の内容はあくまで「僕」の半径三メートル以内のような狭い世界を描いているのに、とんでもなくドラマチックに聴こえてくる。都内の音楽学校で出会った事をきっかけにロックバンドを結成した彼ららしい、音楽的な素養の深さを感じる点だ。


千野は以前、「電車の中で呼吸音が誰かの迷惑になっているんじゃないかと思って呼吸の仕方がわからなくなることがある」と語った事があった。
そんな彼にとっては、道端に咲く雑草同然の花さえも捨て置けないものなのかもしれない。

千野から見えている世界では、愛=恋愛や無償の愛ではなく、道端に咲く花を慈しむ心すら立派な愛なのだろう。彼らが全身全霊でパワフルに鳴らす「愛してる。」の言葉は「生」の肯定であり、ありのままの生命を受け入れてくれる底なしの優しさだ。
この曲は、「大切な生命」へ向けられた全身全霊のラブソングなのだ。


「生命は大切だ」と何回言われるよりも、「愛してる。」の一言が弱った心を力強く支えてくれる事もあるかもしれない。
この曲の最後は、こんな歌詞で終わっている。

――――
守れなかったイノチがあります
それでも生きていくから…
それでも愛するから…

さあ、素晴らしき今日の始まりです
――――

爆ぜるように煌めくアウトロに乗った千野の歌声は、生命という奇跡を祝うファンファーレのように聴こえるに違いない。

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