実は『THE KIDS』に収録されている「PINKVIBES」の中で、すでに「FIRST CHOICE LAST STANCE」と歌っていることには後から気が付いた。
そんな、自主レーベル発足前最後のアルバムであり、「日本レコード大賞」最優秀アルバム賞を受賞した『THE KIDS』から、彼らの生き方に対するスタンスや音楽への野望を読み取っていきたい。
Suchmos「A.G.I.T」
『THE KIDS』の1曲目は「A.G.I.T」。彼らは、特に2016年から様々なフェスに出演をしてきた。
その経験からYONCEは、自身が感じたこととして「現在の日本の音楽シーン対する危機感」、「フジロックだけは特別なフェスだと感じた」などを挙げていた。
《参考資料:『GOOD ROCKS!』vol.82 P.18,19》唯一信頼できるフェス・フジロックのグリーンステージに出演することを夢見て作られた楽曲が「A.G.I.T」なのだ。
Turn It On 迷いは無い
眠れない夜にDancin’
体温 わからないくらい
溶けて煙になって
「見せつけろ、迷いはない 眠れない夜にダンスしよう
体温が分からなくなるくらい 溶けて 煙になろう」
真夏のじっとりした苗場に、タバコや肉を焼く煙が漂う。
金曜日から始まるオールナイト公演だから、独特の高揚感が充満しているフジロック。そこで踊り狂え!と歌っている。
高く飛びたい yeah
青い鳥のさえずりの聞こえないとこ
I Just Feel Like Fire
波打つ心臓 でたらめなサーフィンしよう
「青い鳥のさえずりの聞こえないとこ」とは、世間が決めた幸せの場所のことを指しているのだろう。
そんな小さな常識から高く飛び出して、自分がワクワクできる世界へ行こうと言う彼ら。
私は、東京へ上京してもすぐ地元に帰っていった彼らの姿が思い浮かんだ。一般的には東京は夢を追う者が憧れて訪れる街。
そんな街より、YONCEはじめメンバーの心の中には、いつでも圧倒的な強さを持った地元の海があるのだと思う。
初めて彼らを見たときに感じた、同年代とは思えぬ堂々とした姿は、そんな地元への愛の強さも背景にあるのではないか。
結局、2017年のフジロックに彼らは出演できなかった。
しかし、茅ヶ崎の次に彼らが新たな「A.G.I.T」=アジトとしたのは、フジロックという一筋縄にはいかない音楽の神が住むところのようだ。
Suchmos「PINKVIBES」
『THE KIDS』発売後、最初にMVが公開されたのが「PINKVIBES」だった。
実はこの「PINKVIBES」は、1番のサビの前でのちのち彼ら自身のレーベル名となる「FIRST CHOICE LAST STANCE」が歌われている。
フルアルバム制作段階で、自主レーベルの構想があったのかもしれない。
歌詞の内容は、1番では軽い女について、2番では上っ面だけの男について―つまり中身のない人間に対しての否定。
愛する女について歌った「BODY」の中でも「根拠がない 具体性がない 尊厳がない you」と、最後には蔑むような言葉が出てくる。
はっきりとは書かれていないが、おそらくyou=女のことである。
Suchmosの歌には英語、とくにスラング(隠語)を多用して本音を吐いている曲が多いので、1つ1つ調べていくと意味が分かってきておもしろい。
この曲で彼らが示したのは、一度これと決めたら最後までやり抜く自分や仲間たちの生き方だと思われる。
Suchmos「TOBACCO」
続いて、「TOBACCO」。きっと仕事、会社に不満がある人は世の中にたくさんいると思う。
それでも家族のため、会社のため、生きていくためにみんな頑張っているのだ。
この曲は日本語が多く、耳で聞いてすぐに言いたいことが分かるようになっている。
彼らがストレートに伝えてくれたメッセージであり、ある意味一番主張したいことなのかもしれない。
関心なんかない
右から左へ
実際誰もがそう
言いなりなら簡単だって
一生言ってろ
プライドをグラムで売れ
それを買うやつに
死ぬまで従え
すがすがしいほどはっきりと会社員の仕事っぷりに一石を投じている。
やりたくてやっている人ももちろんいると思うが、「とくにしたいことがないから、なんとなく会社で働いている」人や、「本当にやりたいことではないけど、生活のために」という人は要注意だ。
いつの間にか、会社の言いなりになってないか?自信のない自分にある少しだけのプライドも、少しずつ会社に売ってはすり減らしていないだろうか?と自分に問いかけてみてほしい。
指示待ちの讃歌
不自由な参加
舌打ちのセッション
生半可な殺生
安売りのパッション
クソ混んだ電車でDona Dona Dona
有能奴隷根性
Oh Yeah 小銭勘定
何をするにも上からの指示を仰ぐことや、決裁が必要なのは、会社員としては常識だ。
しかし、クリエイティブな仕事をする彼らから見れば、ただの言いなり奴隷に見えてしまうのだろう。
誰だって好きな仕事をしたいに決まっているし、自分のペースで、自分の思い通りに自由に生きていきたい。
でも現実には叶わないから、音楽を聴いてストレスを発散したり、アーティストの夢を応援したりして気持ちの調整している。
Suchmosの生き方は憧れそのものだが、改めてやり場のない現実を突きつけられる1曲だ。
まとめ
彼らの代名詞である「STAY TUNE」や「MINT」が収録された『THE KIDS』。だからこそ、1stフルアルバム『THE BAY』では控えめだった彼らのロックな一面を味わえる、Suchmosの振り幅を見せつけた1枚だ。
そして、音楽に対しても生き方に対しても真面目な彼らは、伝え方に若さはあれど、反抗することを忘れた大人の私たちに「本当に自分を大切にするということとは?」と考えるきっかけを与えてくれる。
つまり『THE KIDS』とは、彼らが一番大切にしている、子供のような純粋な音楽・仲間への愛が詰まっているのである。
自主レーベルの1stフルアルバムでは、この子供たちが何をしでかすのだろう?発表が楽しみで待ちきれない。
TEXT:さこたろう