宇多田ヒカル「初恋」
うるさいほどに高鳴る胸が
柄にもなく竦む足が今
静かに頬を伝う涙が
私に知らせるこれが初恋だと
突然ですが、あなたは「初恋」というキーワードで、何を思い浮かべますか?
私は単純に、幼馴染と初めてした恋のような、淡いレモンの味がするイメージを思い浮かべます。
古いでしょうか(笑)。でも、それは架空の話で、実際に私がした初恋といえば、相手に思い焦がれ過ぎて、気が狂いそうになるような、そんな切実なものでした。
宇多田ヒカルの「初恋」もそうです。うるさいほどに胸は高鳴り、足は竦み、涙が頬を伝う。相手という存在に、切実に突き動かされている様子が伝わってきます。
そのあとに続く、“I need you.”という歌詞の連呼。「First Love」が、日本語詞と英語詞の見事な融合で注目されたのに対し、「初恋」では、英語詞はこのワンフレーズしかでてきません。
「私にはあなたが必要です」。相手を人間として、本能から「必要」だと感じること。それが、宇多田ヒカルが20年目にして出した「初恋」の答えなのです。
宇多田ヒカルは、自身の創作のテーマを、他者とのつながりを求める中で、自分のなかの原体験…例えば親との関係が影響してくるのを、「何故なんだろう?」とひも解くことだと述べています。
前作のアルバム「Fantome」が、母の喪に服したアルバムだとすれば、今回は母の死を乗り越え、咀嚼し、そこからどう生命観を深めるかに重点が置かれたアルバム。
「私にはあなたが必要です」という思いも、彼女が生きてきたなかで、親や周りの育ててくれた人に思った、一番深いメッセージだった、という見方もできます。
初恋とは、そんな思いを相手に求めること。15歳の時に歌った大人な恋愛とはまた違った、自分の存在意義にまで向けられた深い深い思いです。
始まりでもあり終わりでもある、自身のキャリアを象徴するかのような楽曲
言葉一つで傷つくようなヤワな私を捧げたい今
二度と訪れない季節が
終わりを告げようとしていた
不器用に
「First Love」が失恋の曲だったのに対し、「初恋」は、恋の終わりとも始まりともとれるような構成。
手の届きそうな果実に手を伸ばすのか、はたまたひとつの季節が終わるのか。
アルバムの最後の曲を書き終えたとき、彼女は、「すべての物事は始まりでもあり、また終わりでもあるんだ」という心境になったといいます。
アルバムに収録されている「嫉妬されるべき人生」という曲には、「今日が人生の最初の日だよ」という歌詞がでてきます。
アメリカのことわざに、「今日という日は、残りの人生の最初の日である」というものがありますが、彼女もまた20年という一つの区切りを迎えて、そういった心境になったというのは偶然ではないのかもしれません。
自身のキャリアの象徴としても、この20年目の「初恋」は位置づけられそうです。
TEXT:毛布