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40年間、大衆を魅了し輝き続ける サザンオールスターズの軌跡

2018年にデビュー40周年を迎えたサザンオールスターズ。40年もの間、常にヒットを飛ばし続け、楽曲だけではなく、エイズ啓発活動や被災地でのライブなどの社会活動でも知られています。 この記事ではそんな国民的ロックバンド、サザンオールスターズの軌跡をお伝えします。

公開日:2019年1月20日 更新日:2020年4月12日


この記事の目次 []
  1. ・鮮烈なデビュー 勝手にシンドバッド
  2. ・踊れる歌から泣ける歌へ いとしのエリー
  3. ・サザンを離れた活動も
  4. ・映画監督 桑田佳祐 「稲村ジェーン」主題歌 真夏の果実
  5. ・無期限休止から再始動へ
  6. ・いつまでも真新しい輝きを持ち続けるサザンオールスターズ

鮮烈なデビュー 勝手にシンドバッド




サザンオールスターズは、ボーカル&ギター 桑田佳祐、ベース&ボーカル 関口和之、ドラムス&ボーカル 松田弘、キーボード&ボーカル 原由子、パーカッション 野沢秀行から成る日本を代表するロックバンドです。

デビューは1978年、当時は青山学院大学の音楽サークルのバンドでした。

デビュー曲は、著名パーカッショニスト斉藤ノヴがリズムアレンジを担ったことでも話題になった「勝手にシンドバッド」。

渋谷にある難関私立大学の音楽サークル。

「茅ヶ崎」「湘南」「江の島」といった明るい空と海、キラキラした光を連想させる地名が入った歌詞。

華やかなパーカッションが入ったラテン系のリズム。人をひきつけてやまないボーカリスト桑田佳祐のオーラ。

何もかもが新しくて、サザンオールスターズは喝采をもって大衆に迎え入れられました。

ちなみに、バンド名「サザンオールスターズ」は友人で、後にワーナーミュージックジャパンに勤務し、ラジオDJやレコードコレクターとしても有名な宮治淳一氏がつけたもの。

宮治氏が風呂に入っているときに、たまたまラジオから「ファニア・オールスターズ(ニューヨークのファニア・レーベルに所属するサルサ・ミュージシャンを結集したオールスターバンド)来日」のニュースを聞き、風呂から上がったあと、部屋にニール・ヤングの「サザン・マン」が流れていた。

そこから、この二つを組み合わせてつけたそうです。

踊れる歌から泣ける歌へ いとしのエリー



その高い音楽性に似合わず、初期のころはコミックバンドのような扱いを受けることもあったサザン。

しかし、シングル3枚目で「いとしのエリー」が発売されると状況は一変します。

踊れる曲から泣けるバラードへ。

その音楽性の幅広さに驚かされ、「いとしのエリー」は大ヒットし、国民的ロックバンドの地位を不動のものにしました。

この曲は桑田佳祐から原由子にあてて作られたものとしても知られています。

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泣かした事もある 冷たくしても なお
よりそう気持ちがあれば いいのさ
俺にしてみりゃ これで最後の Lady
エリー my love so sweet
≪いとしのエリー 歌詞より抜粋≫
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ストレートな言葉で愛情を表現した感涙もののプロポーズになっていますね。(直接的なプロポーズは車の中でしたそうです。)

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あなたが もしもどこかの 遠くへ行きうせても
今まで してくれたことを忘れずに いたいよ
≪いとしのエリー 歌詞より抜粋≫
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お互いが愛し合っているときだけではなくて、相手を失ってしまったとしても変わらない永遠の愛情が示されています。

この曲が発売された数年後に二人は結婚し、還暦を超えた今もその仲の良さは変わりません。

「いとしのエリー」はリズム&ブルースの大御所、レイ・チャールズがカバーし、大きな話題となりました。

サザンを離れた活動も

40年の活動期間中には、メンバーそれぞれがサザンを離れても活躍しています。

特に桑田佳祐はアメリカのスーパーデュオ、ダリル・ホール&ジョン・オーツとのコラボレーション、一年限定で活動したKUWATA BAND、小林武史とのユニットSUPER CHIMPANZEE、ソロでの数々のヒット曲、桑田佳祐&Mr.Childrenによるエイズ患者のためのチャリティーシングル「奇跡の地球(ほし)」の発売など、その活躍は多岐にわたっています。

いろんな顔を持つ桑田佳祐。しかし、ここで一つ疑問が浮かびます。

サザンオールスターズとしての活動と、桑田佳祐独自の活動の違いはどこなのか。

これはKUWATA BANDのときに桑田佳祐が「別のものとこすれ合った瞬間ていうのの魅力」という言葉を使いインタビューで言及しています。
(株式会社ロッキング・オン発行 桑田佳祐著「ブルー・ノート・スケール」より)

「サザンオールスターズという帰る場所があるからこそ、新しい刺激を自分に与えたい」。

インタビュー全体から、そのような気持ちがあるのではないかと思います。

映画監督 桑田佳祐 「稲村ジェーン」主題歌 真夏の果実


画像引用元 (Amazon)

桑田佳祐の多彩な活動の一つに映画監督があります。

1990年に東宝系で公開された「稲村ジェーン」。

この映画は大ヒットし、日劇東宝の観客動員数を更新しました。

そして、第14回日本アカデミー賞話題賞作品部門を受賞。

この映画の主題歌はサザンオールスターズの「真夏の果実」です。

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四六時中も好きと言って
夢の中へ連れて行って
忘れられない Heart and Soul
声にならない
≪真夏の果実 歌詞より抜粋≫
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日本で最も有名なリフレインの一つと言っても過言ではない、この切ないフレーズに思わず涙してしまいますね。

無期限休止から再始動へ

2008年、デビュー30周年の記念の年に、サザンオールスターズは無期限での活動休止を発表しました。

サザンの枠にとらわれずに、メンバー各々が独自の音楽活動をし、いつか戻ってきたときには、より新鮮で刺激的なサザンオールスターズでいるために。

5年後に再始動し、その後デビュー40周年の記念の年の瀬を、平成最後の紅白歌合戦で締めくくりました。

再始動のきっかけは、活動を休止していた5年間の間に、様々な世の中の移り変わりや桑田佳祐の病気治療もあって、改めて「ファンをはじめとした多くの人たちと、楽しめるときに大いに楽しもうじゃないか」という気持ちになったからとのこと。

いつまでも真新しい輝きを持ち続けるサザンオールスターズ

40年前のデビュー当時、サザンオールスターズからは「バンドで音楽をやるのが楽しくて楽しくてたまらない」という雰囲気が伝わってきました。

40年経った今もそれは変わりません。

様々なヒット曲を発表しているためか、進学、就職、結婚、出産…人生の節目にはいつもサザンの楽曲がありました。

みんな(大衆)から愛され続け、発表した楽曲が「みんなのうた」になっているサザンオールスターズ。いつまでも色あせない真新しい輝きを放っています。

これからもその輝きは大衆を魅了し続けるでしょう。


TEXT 三田綾子

1978年6月25日にシングル『勝手にシンドバッド』でデビュー。 1979年『いとしのエリー』の大ヒットをきっかけに、日本を代表するロックグループとして名実ともに評価を受ける。 以降数々の記録と記憶に残る作品を世に送り続け、時代とともに新たなアプローチで常に音楽界をリードする国民的ロ···

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