許されざる関係
「幸色のワンルーム」は、ドラマでは山田杏奈さんが演じた幸という少女は、家庭で母親からひどい扱いを受け、学校でもいじめに遭っている少女です。
自殺を試みた幸を止めに入った青年が、マスクをしたお兄さん。実は、幸を密かに見つめていた人物です。
未成年の少女と正体不明の青年が同居生活を送るという展開が誘拐を彷彿とさせる点が問題視され、関東では放送されませんでした。
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なにもなかった事にならない明日を
もう少し生きてみようそう思えたんだ
≪音色 歌詞より抜粋≫
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歌い出しの歌詞から、どことなくダークな雰囲気が漂っています。「なにもなかった事にならない」という言い回しから、明日に対して負の感情を抱えていることが窺えます。
本当なら、なかったことにしたいけれど、今日の過ちは明日にもつながっていく。決して、なかったことにはできない現実が、重くのしかかります。
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狂いたい 狂えない 静かな夜に
まるで眠れないのは君のせいだな
≪音色 歌詞より抜粋≫
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狂いたいのに狂えないほどの夜というのは、どれほどの苦しみでしょうか。なかったことにしたいほどの思いを抱えながら明日を迎える絶望感。そんな中でも「君」のことを思うほどに、大きな存在なのでしょう。
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星空を舞うひとひらの花びら
いつのまにか 君は僕の 心の中 住み着いていた
≪音色 歌詞より抜粋≫
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気がついたら、いつも彼女のことを考えている。まるで、心の中に住み着いてしまったように。星空に花びらが舞う表現が美しく、どこか現実離れした夢の世界のような雰囲気を醸し出しています。
楽曲全体に漂う幻想的な雰囲気が、2人の関係を美しく浮かび上がらせています。
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教えてよ どんな僕らなら 離れずにそう いられたんだろ?
もし願いが叶うのなら あの夕日を ただもう一度
Wow Wow Wow Wow Wow…
≪音色 歌詞より抜粋≫
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サビの部分で初めて、2人の関係性が浮かび上がります。どうやら2人は、一緒にいることを許されていないようです。それはドラマの、幸とお兄さんの関係ともつながります。
幸にとっては命の恩人でも、世間から見れば誘拐犯であるお兄さん。幸がお願いして誘拐されたといっても、世間はそれを信じません。そんな関係は異常だというでしょう。
誘拐犯という世間の目がある限り、幸とお兄さんのささやかな幸せが続くことはありません。
離れずにいられた可能性をどれだけ考えても、現実は残酷に2人を引き離すのでしょう。投げかけられた言葉は過去形で、2人の関係が終わってしまったことを物語っています。
せめて、2人であの日の夕日を見たい。そんな些細な願いさえ、叶わないのでしょう。
引き離された2人
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記憶の中の点と点 かき集めて
星座みたいに線と線 結んでいく
終わらない 終われない 闇の途中で
言葉なんて何の意味も持たぬままに
≪音色 歌詞より抜粋≫
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2番では、2人で過ごした日々を思い返しています。記憶を辿り、点と点をつなぐように。1つの線になるように。頭でどれだけ理解しても、言い聞かせても、心は君を求めてしまうのでしょう。希望の見えない暗闇でもがく日々が続きます。
心と心でつながった人を前にしては、正論は何の意味もなしません。言葉で理解させようとしても響かないのです。
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壊れそうな今夜 夢で逢えたら
何もないよ 君がそばに いてくれれば それだけでいい
≪音色 歌詞より抜粋≫
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君がいない寂しさに、壊れてしまいそうになる夜。心は限界に達しているのでしょう。夢でもいいから会いたい、ただ君に会えるなら、他に何もいらないのに。
それは、最初は幸の要求に戸惑い、面倒だとさえ感じていたお兄さんの心境にも似ています。気付いたら、いつの間にか幸が心の中に住んでしまっていた。幸が生活の中心になっていた。まさにドラマとリンクする歌詞です。
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教えてよ どんな明日なら 幸せをさ 描けるだろう?
息を止めて臆病なまま 今の僕は ねぇ何色?
Wow Wow Wow Wow Wow…
≪音色 歌詞より抜粋≫
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ここでもやはり、過去を振り返っています。どうしたら、一緒にいられたの?たとえ許されざる関係でも、幸せな時間を過ごしたかった。しかし、きっと2人を引き離そうとする力に抗うことができなかったのでしょう。
まるで呼吸を止めて、誰からも身を隠すような今の現実。そんな中、今の僕は一体どんな色をしているのか?2人で過ごした幸せな日と比べて、今は一体何色なの?
知りたいような、知ってしまうことが恐いような、複雑な心境です。しかし、何色か聞くということは、会いたいと願っていることの表れでもあります。
2人の心は、たとえ引き離されても変わることはないのです。
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淡い期待も 優しい影も
夢みたいに さめてしまえば 消えて行くだけ
Falling to the dark
≪音色 歌詞より抜粋≫
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きっとそんな2人も、一時なら人並みの幸せを感じることができたのです。人とは違う形でも、どんなに変わった関係でも、幸とお兄さんが幸せを感じられたように。
しかし、そんな幸せも世間という現実の前に為す術もなく崩れ落ちます。まるで今までの幸せな時間が幻だったかのように、簡単に消えてしまうのです。
確かに通じ合った2人
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打ち寄せる愛 揺れる波音
許された嘘 染み付く痛み
触れた指先 溶け合う孤独
確かな夜に
≪音色 歌詞より抜粋≫
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ここで歌われる愛は、男女の愛でもなく、家族愛でもありません。もっと曖昧で特殊な、幸とお兄さんにしか理解できない愛なのです。家庭の中で愛を感じられなかった幸。生きることに虚しさを感じていたお兄さん。
どちらも、現実を前に白旗を振っているような人間です。諦めや孤独、誰にも理解されない苦しみの中で、やっと見つけた日だまりのような存在。
2人の間で何度も生まれた愛。それに反して揺れ動く心。長年の孤独や諦めが染み付いてしまった、幸の表情。2人は時に嘘をつきながら、互いを思いやっていきます。
歌われている「許された嘘」というのは、人を傷付けるための嘘ではなく、互いを思いやった上での嘘なのでしょう。
幸とお兄さんは、本来ならば出会うはずのなかった2人です。しかし、2人とも人に理解されない痛みを抱え、孤独と闘っていました。「溶け合う孤独」というのはまさに、幸とお兄さんが出会い、互いの孤独を理解し合ったことを示しています。唯一の理解者であり、幸が唯一心を許せる居場所。それがお兄さんなのです。
通い合う心
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教えてよ どんな僕らなら 離れずにそう いられたんだろ?
もし願いが叶うのなら あの夕日を ただもう一度
落ちて行くこんな僕らなら 離れずにそう いられるだろ?
消えて何もなくなった空 彩るような 本当の音色
Wow Wow Wow Wow Wow…
≪音色 歌詞より抜粋≫
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たとえどれほど周りから非難されようと、理解されなかろうと、幸とお兄さんの間に生まれた絆を壊すことはできません。誘拐という形をとった以上、いずれは壊れてしまう2人の関係。
その儚さを、夢のように通り過ぎた日々を、今でも思い返し、自問自答している歌詞が切ないです。
どうすれば2人で幸せを築けたのか?いくら考えても答えの出ない問いを繰り返してしまうほど、後悔と現実への諦めが強いのでしょう。
「消えて何もなくなった空」は、幸せな時間を失い、残酷な現実の前に立ち尽くす2人を彷彿とさせます。「本当の音色」は、幸やお兄さんが隠してきた本音と重なります。
互いを信頼し、心のよりどころにしながらも、嘘を吐いてきた2人。互いに背負っているものがあるから、素直になって裸の心で向き合うことはできません。
しかし、互いの存在を失って初めて、2人は素直になれたのです。自分の本音と向き合い、後悔し、傷付く。あの日に帰りたいと願う。どこまでも悲しく、美しい歌詞が、まるで消えない旋律のように心に染み込みます。
最後に、『音色』のMVをご紹介しましょう。楽曲と同様、幻想的でどこか切ないメロディーにぴったりの世界観です。また、ドラマで幸役を務めた山田杏奈さんも出演しています。
●FLOW『音色』
TEXT:岡野ケイ