90年代の新ジャンル「J-POP」の誕生
日本のミュージシャンによるポップミュージックの総称として、すっかり社会に定着した「J-POP」。しかし、「J-POP」が誕生したのは、今からたったの30年前だった事をご存知でしょうか。
“じゃあそれまで日本の音楽を何て呼んでたの?!"と、気になりますよね。
1980年代まで、日本の音楽市場のジャンル分けは、超大雑把に言うと「洋楽」と「邦楽」でした。
邦楽に含まれるのは、演歌、歌謡曲、ニューミュージックにロックンロール。
そう、当時は、まだ「J-POP」に該当する音楽がなかったのです。
「J-POP」の先駆けとして、テクノミュージックのイエロー・マジック・オーケストラが登場し、その後、1990年代に入ると、80年代の洋楽ブームの洗礼を受けたアーティストたちが、続々とデビューし始めます。
彼らによって、邦楽の世界は、ハウス、ラップ、ネオアコ、そして小室ファミリーに代表されるダンスミュージックと、急速に多様化が進みます。
日本の音楽市場には、これらをひとまとめにする新たなジャンルが必要となり、こうして「J-POP」が誕生したのです。
90年代トレンドの象徴「小室ファミリー」
「J-POP」の中で、なぜ小室哲哉プロデュースによるアーティストが次々とブレイクし、「小室ファミリー」を形成するほど一斉を風靡したのでしょうか。それは、小室哲哉の作る楽曲が、90年代のトレンドを手っ取り早く「いいとこ取り」したからです。
小室哲哉が取り入れたトレンドは、ダンス、DJ、そしてカラオケでした。
ストリートダンスを「振り付け」ではなく「パフォーマンス」として扱い、そこにDJを加える事で、クラブシーンのイメージを作り上げます。
そして、お父さんたちのスナックでのお楽しみだったカラオケが、90年代に入ると、カラオケボックスの登場により、一気に若者のカルチャーとなります。
このカラオケブームを小室哲哉は見逃しませんでした。
そもそも、小室哲哉が狙ったファン層は、ナイトクラブに通うダンサーでもコアな音楽ファンでもなく、圧倒的大多数の「一般人」でした。
小室哲哉による、トレンドをいいとこ取りした曲はカラオケにもうってつけ。目論見通りの万人受けに成功したのです。
「Overnight Sensation」の先にある未来
小室ファミリーが万人受けしたもう一つの要因は、説教臭い歌詞にありました。その説教臭さが、小室哲哉の楽曲を、誰にでも親しみやすいものにしたのです。
しかし、その説教臭い歌詞を今、改めて聴くと、あまりに奥深いメッセージが込めらていた事に驚かされ、小室哲哉が時代を先読みする天才であった事を再認識させられます。
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20才やそこらじゃ 人生のモチベ-ション
身についたら気分もしらけるだけだし
≪Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~ 歌詞より抜粋≫
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冒頭のこの歌詞は、1990年代の空気感をとてもよく現しています。
90年代は、“いい大学を出ていい会社に入って幸せになる"という終身雇用制神話が崩れ始め、若者の価値観が大きく変化した時代でした。
また、何をするにも真面目に必死にやる根性論は時代遅れとなり、若者は、自分らしく楽しい生き方を重視するようになっていきます。
ハタチくらいでは、まだ将来の方向性が定められない時代になったのです。
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電話をかければ誰かはつかまる
なぐさめの KISS はかんたんにはいかないけど
時代が何とか気持ちを落ちつかせている
≪Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~ 歌詞より抜粋≫
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パソコンが登場し、世の中のデジタル化が進んだのも90年代でした。
そして、PHSと携帯電話の普及が、若者のライフスタイルを劇的に変化させます。
例えば失恋して落ち込んでも、電話をすれば誰かは話し相手になってくれる。
新しい恋人を見つけるのは難しくても、とりあえず気は紛れる。
今はそんな時代だ、と言う事です。
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誰でも一夜の夢を見ている
たとえば交差点でロマンスの様な…
それでも何かと世間は冷たくあしらう
≪Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~ 歌詞より抜粋≫
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デジタル化されて行く便利な社会で、90年代の若者は、「一夜の夢」=『Overnight Sensation』を求めて生きていました。
しかし、心の奥底では、見えない未来への漠然とした不安を自覚していたのです。
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学校に行きたきゃ 勉強もできるよ
毎晩うたって楽しく生きれる
時代は全てをあなたに委ねてる
≪Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~ 歌詞より抜粋≫
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未来への不安とは裏腹に、90年代の若者の前には、自分の未来のために自由に選べる、無限の選択肢が広がっていました。
様々な専門学校で、年齢に関係なく自分の好きな勉強が出来るようになり、「フリーター」という新しい働き方の出現で、アルバイトでも充分な収入を得て、なんら不自由のない生活が送れるようになりました。
90年代という時代は、若者に未来への全ての選択肢を委ねた時代だったのです。
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Anyway you want Anytime you need
輝く世界が欲しかったら立ち上がろう
Everybody shakes Everytime dAnce
ハングリ-な精神で動こう
≪Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~ 歌詞より抜粋≫
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時代が全ての選択肢を与えたのだから、選ぶのはあなた自身。
将来、幸せになるかどうかもあなたの頑張り次第。
世の中がどれほどデジタル化しようとも、結局は泥臭いハングリー精神を持って、不恰好でも戦わなければ、輝く未来は手に入らない。
90年代のトレンドに乗せて、人間が成功を手にするための本質を描いた小室哲哉。
それは、一見自由なようで実は厳しい実力社会の始まりだった、90年代という荒波を生きる若者への、警鐘でもあったのです。
TEXT 岡倉綾子