今につなぐ大切な過去
----------------歌い出しから、すでに思い出を語っているところが切ない。
思い出すのは砂を噛む様な
茹だった焦燥と幼い白昼夢の続き
今となってはあの感触も笑えるほど
するり 手からこぼれてしまった
≪MOIL 歌詞より抜粋≫
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すでに幸せな思い出や大切な人の温もりは失われて、脳裏に焼き付いた記憶だけが忘れ形見になっているのだ。
まるで白昼夢のように曖昧でぼやけた記憶だけが大切な過去と今の自分をつないでいる。
漂う虚無感
----------------あの日の焦燥や感触が遠い記憶になってしまったことで、自分が大人になったことを悟る。
大人になった 大人になってしまったみたいだ
左様なら 違う世界に交わる 雲にでもなりたい
明日がいつか 記憶になって 些細な言葉になる前に
今、募るこの想いを あなたへと伝えたい
≪MOIL 歌詞より抜粋≫
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手からこぼれてしまったものが一体何かは分からないが、とても大切で忘れたくないものなのは確かだ。
いつまでも覚えているように、あの日の自分と変わることがないように頑張ったけれど、いつの間にか変わり果ててしまった現実。
それを実感した虚しさや喪失感が漂っている。
これから訪れる未来さえも過去の記憶となり果ててしまう前に、今、この瞬間を刻みつけたい。
忘れないうちにこの想いを伝えたい。切なる想いが聴く人の心に迫りくる、印象的な歌詞だ。
感情に振り回される苦悩
----------------大切な人を失くした時、生きる望みを失ってしまうのは人の性だ。
「あなた無しでは意味がない」
など感情は盲目だ 尚更また膨らむ欠落
生きていく度 より鮮明に
胸の底で別れが育つ様な気がした
故に懸命に腕を伸ばし
身勝手な光を追うのは何故
≪MOIL 歌詞より抜粋≫
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たとえ1人でも生きていかなくてはならない苦しみの中、「あなた無しでは意味がない」などと、言っても意味のないことが口をついて出てしまう。
意味がないと知りながら、思考を埋め尽くすその考えに悶えるのは、愚かといえば愚かだ。
しかし、理屈ではどうにもならないのが人の心というもの。
言い聞かせれば言い聞かせるほど、時が経てば経つほど、大切なものを失った喪失感や損失の大きさを思い知らされるのだ。
純粋なうちに伝えたい想い
----------------『MOIL』では、「大人」というものが、なってはならないもの、成り下がりたくないものの象徴として描かれている。
大人になった 大人になってしまったみたいだ
左様なら 日々の中で揺蕩う 風にでもなりたい
心がいつか 飾りになって 安い空夢になる前に
今、募るこの想いを あなたへと伝えたい
≪MOIL 歌詞より抜粋≫
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大人になることは、悲しみや欠落、大切ななにかとの決別であり、人として失ってはならないものを失うことを意味している。
それでも、人はいつか大人になる。今苦しんでいるこの感情も痛みも、いつかは忘れ去ってしまう。
だとするならば、痛みを伴うほどに純粋な感情が生きているうちに、大切な「あなたへ」、この想いを伝えておかなくてはならない。
それは切なる願いであり使命だ。だからこそこの楽曲には、どこか切羽詰まる印象が漂っている。
何をそんなに急いでいるのか?それは、刻一刻と迫る、大人への道だ。時の流れに抗うように「今」を生きる姿が胸に焼き付く。
「大人」への抵抗
----------------「大人」というものを否定し続け、今という時間を必死で生きようとする姿を描いた『MOIL』。
夕凪に世界が身勝手に沈んでも
もう決して目を逸らしはしないだろう
輪郭は段々と曖昧に変わっていく
その様すら愛していたいんだ
≪MOIL 歌詞より抜粋≫
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最後は変わりゆく世界の中で、無情に流れる時の中で、自分だけは現実から目を背けないと誓う。
「夕凪に世界が身勝手に沈んでも」「輪郭は段々と曖昧に変わっていく」これらは、確実に時間が流れ、自分が大人に近づいていくことを示している。
抗えないなら、その変化さえも愛してしまおう。もがいてもがいて、ようやく辿り着いた答えが人間らしく、愛おしい。
2人のかけがえのない人間の命を天秤にかけなくてはならい「二ノ国」の物語を彷彿させ、見事に作品世界と音楽を融合させた楽曲だ。
TEXT 岡野ケイ