その収録曲である『ら、のはなし』は、たくさんの“もし、例えば”が積み重なってその想いが膨らんでいく恋心を等身大に描いた一曲だ。
ドラマチックではない「ら、のはなし」
これまで数々の楽曲を世に放ってきたあいみょん。
その中でも彼女の歌う“ラブソング”は多くの人の心を揺さぶってきた。
あいみょんが紡ぐラブソングは、時に少女漫画のようにキラキラした世界を描き、時にアダルトな雰囲気の漂う世界を描く。
2019年にリリースされたアルバム『瞬間的シックスセンス』にも様々なラブソングが収録されている。
映画『あした世界が終わるとしても』の挿入歌でもある『ら、のはなし』もその一つだ。
あいみょんのハンサムな歌声で紡がれる、男性も女性も等しく共感できるその歌詞は、あいみょんの魅力を語る上で欠かせないものだろう。
キラキラしているわけでも、ドラマチックなわけでもない『ら、のはなし』が魅せるあいみょんのラブソングの新しい世界観を、その歌詞から紐解いていく。
共通言語である“恋心”を描く
----------------誰かを想う気持ちは決して、少女漫画で描かれるようなキラキラした魅力的なものだけではない。
君のいない世界で
僕が生きるとすれば
それはそれはとても
居心地が悪いことだろう
愛しい人のためなら
なんでもできるつもりさ
ただそれは
君がとなりにいてくれた
ら、の話だから。
こんな歌気持ちが悪いだけだから
ああ 余裕を持って人を
好きになれる人ってこの世にいるのかな
≪ら、のはなし 歌詞より抜粋≫
----------------
誰かを想う気持ちは嫉妬や欲、苛立ちなど、表立って言葉にして訴えるには泥臭くて恥ずかしい感情がその多くを占めていることもある。
“愛しい人のためならなんでもできる”
そのフレーズだけを切り取ったらロマンチックなセリフになるが、その言葉の裏に滲んだ独占欲と虚栄心は、恋が肥大させてしまったものだろう。
しかしこの曲では、その大きくなりすぎた感情に「ら」を付けて、“もし、例えば”という幅を与えている。
手放しで君の心を奪いにいく勇気はないけれど、“もし君がとなりにいてくれたら、君のためになんでもできる”
いい意味でドラマチックになりすぎないこの曲は、夜な夜な思い悩んでは溜め息をつくような、愛しい人を想う気持ちを等身大の姿で描いている。
嘘偽りも誇張もないメッセージ
----------------“好きな人が幸せであってほしいけれど、その隣にいるのは僕がいい”
君との恋を望みながら
誰かの不幸を願いつつあるよ
そんな僕の思いつきも
結局は君がとなりにいてくれた
ら、の話だから。
こんな歌気持ちが悪いだけだから
ああ 余裕を持って人を
好きになれる人ってこの世にいるのかな
≪ら、のはなし 歌詞より抜粋≫
----------------
一見身勝手に感じられるその思いは、恋をしたことがある人ならきっと誰もが共感できる想いだろう。
その身勝手さを自覚しながら、それでも思いを止められないのが恋なのだと感じる。
余裕を持って人を好きになれる人はきっとこの世にいない。
たくさんの「ら」を積み重ねて思い悩む恋心を描いた歌詞は、聴いた誰もが共感できるだろう。
“もし、…だったら”を想像し、その理想と現実のギャップに思い悩む甘い苦しみも丸ごと愛してしまいたくなるような言葉が、この曲では爽やかなメロディに乗せられて聴く者の耳に届く。
大それたメッセージが直接描かれているわけではないけれど、きっと多くの人が味わってきた甘い葛藤がそこに込められている。
恋をして自分の独占欲や嫉妬など、醜い一面に触れることは決して心地よいとはいえないが、それでも人は恋をすることをやめられない。
『ら、のはなし』は、そんな等身大の恋心を過不足なく描いた一曲だ。
TEXT DĀ