使えないモノをあえて持つ平成マウント男子
SNINE’Sは平成初期に活躍した伊藤洋介と杉村太郎によるユニットである。一流大卒業後、一流企業で仕事をこなしながら芸能活動もしっかりとこなす二刀流のはしりだ。ジャニーズ系の美形ではなかったが、さわやかなスーツ姿と巧みな話術で、バブル世代のアイコン的存在となった。
この歌には6種類の“私の彼”が登場する。そのすべてに共通するのは誰もがうらやむ職業、環境に置かれている男たちだ。
しかしその実態は、外見のかっこよさからかけ離れたみじめなものであり、そこが昭和生まれの人間にとって笑いのツボとなる。
----------------といっても、平成生まれの人々がこの歌詞を読んでも、笑いどころか無表情のままだろう。
私の彼は商社の男
プライド高いが腰は低い
アタッシュケースで
決めて
中身はムースと
ブラシだけ
中古の BM
乗っているけど
習志野ナンバー
商社 商社
商社の男
ゴマをするのが悪い癖です
≪私の彼はサラリーマン 歌詞より抜粋≫
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だからまず、平成を彩った“彼”の持ち物から説明しなくてはいけない。
まず「アタッシュケースで決めて」のアタッシュケースとは、長方形の硬い箱型のブリーフケースと言ったらいいか。
そのとにかく硬い形状から、出来る男のアイテムとされてきた。
しかし、ブリーフケースと決定的に違うのは、その開け方だ。
まずケースの上下を確認した状態でテーブル状の平らな場所に置き、左右のスイッチのようなものを操作し、ワンタッチで開けるのだ。
つまりこれは“誰かに見せるために開ける構造”になっているのだ。
もし、電車の中で、あの書類のあそこの部分だけちらっと見たいという場合、座っている状態なら何とか開けることができるが、ぎゅうぎゅう詰めではなく、そこそこ満員の立っている状態なら、わざわざしゃがみ込み、“アタッシュケース開けますよスペース”を確保した状態で開けなくてはいけない。
つまりこのアタッシュケースなるものは、今の令和の時代において、これほどまでに使い勝手の悪いアイテムなのだ。
しかし、平成時代はこのアタッシュケースの機能性の悪さを指摘する者は誰もいなかった。
むしろ、アタッシュケースは男にとって最強の鎧であり、だからこそ、仕事に命を賭けていることの証拠品のみが、アタッシュケースに入ることを許されていたわけだ。
つまり、そんな男の要塞に、“ムースとブラシだけがいる”という状態は男として最低だと、SHINE’Sは歌っているのだ。
できるだけ無駄なものを持たない男がかっこいいとされる令和からすると、極めて異常な論理だ。
バブリーに生きながらも、すでに令和が見えていた2人
このあと“私の彼”はアパレルの男 銀行の男 ディスコの黒服 業界の男と続き、最後は金持ちボンボンで締めくくられる。
----------------この“私の彼”だけ職業が不明である。
私の彼は
金持ちボンボン
財布は厚いが
常識うすい
車も毛皮もみんな
支払はパパのカード
グルメを気取っているけど
セロリと にんじん
食べられない
ボンボン ボンボン
金持ちボンボン
ママに聞かなきゃ
キスもできない
結婚するには
いいかも しれない
≪私の彼はサラリーマン 歌詞より抜粋≫
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ただ「私の彼はサラリーマン」というタイトルからして、親の会社に雇われた特殊サラリーマンなのだろう。
“彼”の深刻性は職業につきながら、自分の金を持っていないことだ。自分の金がないのではなく、自分の金というものが不要であることがわかる。
“私”は自分の金を持っていない“彼”に対して、むしろ自分の金を必要としないところに魅力を感じて“彼”との結婚を考えているのだ。
“彼”はこの先“私”と結婚した後も、血反吐吐く想いでアイデアを生み出すことも、会社の業績に貢献することも、敵を倒し、信頼の置ける部下を育て上げ、人間として成長していくこともない。
永久的に、両親のお告げに従って、好きなものを買い、好きなものを食べ、好きなことをしていくのだ。
それでもいいのだではない。そこがいいのだ。そこが“私”が“彼”と結婚したい最大の理由だ。
つまり“私”は、“彼”という個の力ではなく、“パパの信用”という絶対的バベルの塔に人生を託しているのだ。
この「私の彼はサラリーマン」は小、個を否定し、巨大なもの、安定したもの、引き継がれたものの正当性と不滅性を歌い上げることで笑いをとっている。
が、その裏側にあるのは、個が生み出す、莫大な経済力、国の力を変えるほどの利便性ー天文学的数値の富を否定した人間の愚かさだ。
そしてその愚かさがもたらすであろう取返しのつかない損害、負担、不安を予言しているのだ。
平成はいい時代だった。というギャグセンス。平成は誤解と勘違いという塔を必死に登っていた時代だったという静かなる検証。
活動停止後のSHINE’S
SHINE’S活動停止後、伊藤洋介は新ユニット「東京プリン」で 『携帯哀歌』をヒットさせ、2009年にサラリーマンを辞めたあとは、音楽プロデューサー、ラジオのパーソナリティーなど多岐にわたる活動をしている。杉村太郎は㈱ジャパンビジネスラボおよび就職スクール「我究館」を設立。著書「絶対内定」はベストセラーとなる。
実業家として絶頂期の2011年、彼は志半ばで病死するが、「我究館」はホワイト企業就職塾として安定した活動を続けている。
SHINE’Sー見た目は軽いが中身は果てしなく重いアーティストだった。
そして、伊藤洋介と杉村太郎は,ふざけたふりをして命を賭けて時代と戦った真の侍なのだ。
「私の彼はサラリーマン」は令和の今だからこそ、読み解かなければいけないのだ。
TEXT 平田悦子