両者の関係から、カジヒデキの今も変わらぬラブリーな世界観に迫ります。
カジヒデキというブレない生き方
カジヒデキは、小山田圭吾、小沢健二と並び、「渋谷系」を牽引したアーティストの一人です。
短パンとボーダーシャツにカンカン帽がトレードマーク。そんなカジヒデキは今、どんな姿をしているのだろうとオフィシャルサイトを覗いてビックリ。
なんと、そこには30年前かと見まごう、短パンとボーダーシャツにカンカン帽のカジヒデキがいるではありませんか。
また、フリッパーズ・ギターの二人ですら、その後の音楽性に多様な変化を見せているにも関わらず、カジヒデキは、迷う事なくUKポップ路線まっしぐら。
ネオアコをベースにトレンドを巧みに取りれながら、ポップでレトロな世界観を貫きます。
2019年にリリースされたアルバム『GOTH ROMANCE』は、そんなカジヒデキのブレない精神の原点を見せつけた、圧巻の一枚となりました。
渋谷系とリンクした雑誌「オリーブ」とは
▲画像引用元(Amazon)
“カジヒデキの世界観とは?”と聞かれたら、“雑誌オリーブのページをめくるような世界”と答えれば間違いはありません。
渋谷系ムーブメントのインフルエンサー的役割を果たした雑誌、それが「オリーブ」です。
1982年に創刊された、パリの女子高生「リセエンヌ」をイメージするハイセンスなカルチャー雑誌オリーブ。
その読者たちは、その他ファッション誌の読者とは一線を画し「オリーブ少女」と呼ばれていました。
そんなオリーブに頻繁に登場したフリッパーズ・ギターが、音楽にも個性を求めるオリーブ少女たちのツボにハマり、その後、渋谷系サウンドはオリーブ少女のマストアイテムに。
こうして、オリーブは渋谷系を象徴するバイブルとなったのです。
「GOTH ROMANCE」で蘇るオリーブの世界
2003年に惜しまれつつ休刊となったオリーブ。伝説的なその世界を『GOTH ROMANCE』の中に散りばめられた渋谷系のキーワードで再現して行きましょう。フランス映画にしようよ
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フランス映画にしようよ 二人の距離縮めるには
オシャレでロマンチックなラブが必要
≪フランス映画にしようよ 歌詞より抜粋≫
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ハイ、来ました。オリーブ少女の必須アイテム「フランス映画」です。
商業的なハリウッド大作より芸術的に優れたヨーロッパ作品に心惹かれたオリーブ少女たち。
1980年代中頃から都市部を中心に出現し始めたミニシアターが、そんな彼女たちのニーズに応えます。
中でも、ジャン・ジャック・ベネックス、リュック・ベッソン、レオス・カラックスら、若手監督たちによるフランス映画界の「ネオ・ヌーヴェルバーグ」の波を、オリーブ少女の流行センサーが敏感にキャッチ。
彼らの耽美な世界に浸り、鼻にかかったアンニュイなフランス語を聴きながら、想像力豊かなオリーブ少女たちは、オシャレでロマンチックなパリに思いを馳せていました。
ノンノン・ソング/NON NON SONG
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CLASHやJAMのレコードや KNACKのDVDも持っていくよ
≪ノンノン・ソング / NON NON SONG 歌詞より抜粋≫
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音楽でも、渋谷系ブームが到来するまで、オリーブ少女たちはもちろん洋楽志向でした。
「CLASH」と「JAM」は、1970年代のイギリスで生まれたパンクバンドとモッズバンド。
「KNACK」は『マイ・シャローナ』の一発屋として名高いアメリカのバンドです。
ただ、この歌詞のバンドのチョイスはとても男子好みで、オリーブ少女的には、ジャム解散後にポール・ウェラーが結成したスタイル・カウンシルの方が断然お気に入り。
ちなみに、フリッパーズ・ギターがオリーブ誌上で“オリーブを愛読している男子の事をなんと呼ぶ?”というかなり高難度の質問を受けた時、二人が出した回答は“オリバー”。
さすがのセンスに驚かされた事は言うまでもありません。
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天使のうたを今すぐ聴こう
天使のうたがホラ!
HARD LAND, HARD RAIN
≪ノンノン・ソング / NON NON SONG 歌詞より抜粋≫
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この歌詞の「HARD LAND, HARD RAIN」の部分は、カジヒデキやフリッパーズ・ギターに絶大な影響を与えたスコットランドのバンド、アズテック・カメラのデビューアルバム『HIGH LAND, HARD RAIN』へのオマージュです。
『GOTH ROMANCE』には、カジヒデキの原点、ゴシックロックとネオアコが、対照的な世界として描かれています。
ゴスが闇ならネオアコは光、ゴスが悪魔ならネオアコは天使。
ネオアコ界の神アズテック・カメラのロディ・フレイムの歌声は、カジヒデキにとって天使の歌声なのです。
アズテック・カメラの原曲そのままのメロディで「HARD LAND, HARD RAIN」と挿入されているところに、カジヒデキのアズテック・カメラへの深い愛が感じられます。
この作品なしには渋谷系は生まれなかったと言っても過言ではないのだから。
夏の終わりのセシルカット
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夏の終わりのセシルカット
急に髪を切ったのは
あの映画また見たからかな?
≪夏の終わりのセシルカット 歌詞より抜粋≫
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オシャレな髪型は、オリーブ少女にとって永遠の課題。
1958年の映画『悲しみよこんにちは』で、主人公「セシル」を演じたジーン・セバーグのベリーショートヘア。それが「セシルカット」です。
ジーン・セバーグは、オリーブ少女たちにとって憧れのファッションアイコンの一人。
オリーブ少女たちは、奥行きの深い頭蓋骨と派手な目鼻立ちの外国人だからこそ似合う「セシルカット」に果敢にチャレンジします。
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セシルカットの横顔は パリで食べたジェラート思い出す
≪夏の終わりのセシルカット 歌詞より抜粋≫
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セシルカットで、アイスクリームならぬジェラートを食べながら、パリのシャンゼリゼを行ったり来たり。そんな自分を、オリーブ少女はどれほど夢見た事でしょう。
5時から7時までのマキ/5 TO 7 SHIBUY- KEI
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5時から7時 マキさんはデートの仕度
≪5時から7時までのマキ / 5 TO 7 SHIBUYA-KEI 歌詞より抜粋≫
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5 TO 7 SHIBUYA-KEI
≪5時から7時までのマキ / 5 TO 7 SHIBUYA-KEI 歌詞より抜粋≫
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「マキさん」とは、渋谷系のディーバ、ピチカート・ファイヴの野宮真貴です。
『東京は夜の七時』へのオマージュとなっているこの曲で、7時に仕事を終えたマキさんは、あの頃と変わらずオシャレして渋谷の街に繰り出すのでしょうね。
マキさんとカジヒデキ、彼らが今も若々しい感覚のクリエイターであり続ける理由は、自分の原点を大切な宝物のように愛し続けているからだと言えます。
渋谷系ブームが去りオリーブが休刊してもなお、彼らの中で息づく「渋谷系」。
今は、ごく平凡な生活を送っているであろうかつてのオリーブ少女たちも、たまにはボーダーシャツとベレー帽で、街へと出かけてみてはいかがでしょうか。
TEXT 岡倉綾子