りんごだからって、ただ食べられるだけじゃなくってよ。
2003年10月、NHK番組「みんなのうた」にラテン系りんごがデビューした。
いや、正確には女性シンガーソングライター、椎名林檎のラテン調楽曲『りんごのうた』が放送開始されたのだ。
この楽曲はそれから11月まで放送され同月25日に椎名林檎9枚目のシングル、そしてソロ名義最後の楽曲としてリリースされている。
歌詞からクレジット名まで全てひらがな表記という特徴があるが、これは椎名自身が子供に聴いて欲しいと思って作った為。日本のりんごが出荷される様を歌っていながら和風ではなくラテン調なのも、親しみを感じてもらおうという工夫である。
椎名はこのアレンジの為に編曲を、音楽から映画、ドラマと様々なジャンルで活躍する編曲家、服部隆之に施してもらっている。
冬には真っ赤に色づいて、甘い蜜をたっぷり入れて食卓へやってくるりんご。神様の楽園では禁断の果実だったりんご。
でも、いつだってにんげんにあこがれているのです。
りんごのうた
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わたしの なまえをおしりになりたいのでしょう
でも いまおもいだせなくてかなしいのです
はたらく わたしになづけてください
およびになってどうぞ おすきなように
5がつに はなをさかす わたしに にあいの なを
≪りんごのうた 歌詞より抜粋≫
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歌詞内容は、先に触れたようにりんごが出荷されるまでの過程である。
しかし、椎名林檎が持つフェロモン全開の声が成せる技なのか、ラテン系だからなのか花魁風の女性がしなだれかかり、実りの歌を浪々と歌っている様にも聴こえる。
ひらがな表記によりしゃべり方が浮世離れした、どこか独特に感じてしまうせいもあるかもしれない。
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あけびが ひらいたのはあきいろのあいずでしょう
きせつがだまって さるのはさびしいですか
なみだをふいてかおをあげてください
ほら もうじきわたしも みをつくります
ふゆには みつをいれて あなたに おとどけします
≪りんごのうた 歌詞より抜粋≫
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相手は人間ではなく、りんご。
それなのに、脳内では艶やかなあかい着物をきたりんごさんが、しろいゆびで自分の顔にそっと手を添えてくる…これで、歌詞にあるセリフを言われて夢中にならない人なんているだろうか。
きっと冬を代表する果物だからこそ、どうすれば相手が自分の虜になるかわかっているのだ。実際にりんご嫌いでもなければ口にしない人はいない。
ただ、りんごさんにかかれば嫌いな人にも好きと言わせてしまいそうだが。
人に憧れる、真っ赤なりんご
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わたしがあこがれているのはにんげんなのです
ないたりわらったりできることが すてき
≪りんごのうた 歌詞より抜粋≫
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秋は過ぎ、冬将軍がゆっくりと今年もやって来る。それに伴うように、旬になるりんご。
この楽曲を聴いてしまった後、きちんと食べることができるだろうか。
私にはもう、あこがれるにんげんを見つめてうっとり笑う、りんごさんにしか見えない。
●りんごのうた / 椎名林檎
TEXT:空屋まひろ