何もない場所で下手なまま
2019年現在23歳の若きシンガーソングライター、「Sano ibuki」がリリースした1stシングル『決戦前夜』。
本曲は、透明感と力強さを内包した歌声と美しいメロディが印象的だ。
そして特に、理不尽に過ぎ去る日々の中で、自分の信じた自分になる為にガムシャラに世界に挑もうとする想いを歌った歌詞は、聴く人へと確かに響くものになるのだろう。
この歌詞は主題歌として起用された映画『ぼくらの7日間戦争』の、理不尽な境遇を押し付ける大人への「挑戦」というテーマにも寄り添ったような、そんな歌詞の意味を考察していく。
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なんにもない景色で何かを探し始めた
答えも知らないまま
下手な歩幅で進めている
≪決戦前夜 歌詞より抜粋≫
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平凡な日常に包まれた世界。
刺激的な出会いや恵まれた才能、環境もなくただ過ぎていく日々。
もしも自分に誰もが羨む才能が最初から眠っていたら、もしも自分が生きる場所が今よりも刺激的な場所で、望むモノにすぐ手が届く環境だったら。そういった"初めから与えられたモノがあったら"と、みんな夢を見ることもあるだろう。
しかし誰しも物心がつくころ、自分にはそんな夢のようなモノが無いことに気づくはずだ。
この歌詞の中の彼もそれに気づき、与えられたモノが「なんにもない」日常が続く「景色」の中を生きている。
そして自らその現状を変えようと、自分に必要な何かを探し始めるのだ。
しかしそれが、本当に自分に合っているのか、本当に自分が必要としているものなのかわからないまま、不器用にただ歩んでいる姿が見えてくるのではないだろうか。
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みんな ひとりぼっちで
透明な道で迷っている
飛べない僕は途方に暮れて
それでも 夜は明けるんだ
≪決戦前夜 歌詞より抜粋≫
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人にはそれぞれ、一人一人の人生があり、ひとつとして同じものはない。
自分の人生は、自分だけが歩んできた道であり、その形は同じ時間を過ごしてきた家族や友人ですら全く同じ形にはならないのである。
そして、誰かの人生をそのまま受け継いだり、誰かの人生にお邪魔して、同じ一つの人生を二人で生きることはできない。
あくまで、自分の人生は自分だけしか生きることはできない。当たり前の話ではあるが、人生という道の上では、誰しも「ひとりぼっち」なのだ。
それぞれにひとりで、それぞれの道を進まなければならない。
だがその道は無数に別れていて、その先に何があるのか分からない。そして現在すら何処に立っているのか見えない。ここで描かれる「透明な道」とはまさに人が常に抱える人生そのものを表しているといるだろう。
そんな道の上で、何もない彼は真に選ぶべき道を見つけられないまま途方にくれているのだと考えられる。
それでも、時間が止まることはなく、人生の道の歩みを止めることはできない。
彼はいたずらに、どうしようもない不器用な一歩を進めるしかないのだろう。
何者にでもなれる
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何者でもないからさ 何者にでもなれるんだと
教えてもらった 言葉が
夕焼けと共に 蘇った
≪決戦前夜 歌詞より抜粋≫
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人は誰とも同じではない、それぞれの異なる「ひとりぼっち」の人生を歩んでいる。
そして、そこで誰かが見つけた正解とは異なる、自分だけが持つ正解を導き出さなければならない。
つまりそれが、自分が「何者」かになるということなのだろう。
それは自分自身とだけ対話する孤独な作業であり、やはり「ひとりぼっち」の人生といえる。
だがその答えを導き出す為に、誰かかが導きだした答えを参考にしてもいいはずだ。
自分の答えとは明確には違うが、似た姿をしたモデルケースは世界に溢れている。
それを模範とし、自ら進むべき道を見つけることもできるのだろう。
「何者でもないから、何者でもなれる」
いつか聞いたこの言葉こそ、彼にとって答えを導き出せる言葉であり、透明な道に確かな色を加えられる言葉だったのだろう。
だからこそ、これまでの風景にあった色を塗り替えた夕日を見たときに印象づけられたと考えられる。
無色で透明な何者でもない自分は、たった一つのキッカケがあれば、鮮やかな色をもった何者にもなれる。という耳にしていたはずの言葉の意味に真に気づけたのは、いつも通りの景色を夕焼けの景色に変えた瞬間を見たからなのだろう。
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ポケットに忍び込ませた
伝えられない想いの
ひとつを守るためなら
幾つでも僕は 失えるんだ
≪決戦前夜 歌詞より抜粋≫
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「透明な道」で散々迷っていた彼がたどり着きたい場所をようやく見つけたのだ。
その場所に想いを届けるためなら、最後まで守り抜き、他の全てを犠牲にできることをこの節で誓っているといえる。
いつだってぼくら
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あぁ ずっと 終わりの続きで
まだ見ぬ 居場所探している
それでも生まれた この目で
見つけた全ての夜は明けるんだ
≪決戦前夜 歌詞より抜粋≫
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いつだって人生は、自分の意志で終わらせることができる。
今日がその日で、今がその瞬間で、この一瞬を終点にすることができる。
だが、進もうとする意志がある限り、簡単にその瞬間を過去へと送り、続く未来の見たかった場所へと進めることができる。
だからいつだって、自分の意志で過去にした「終わり」の「続き」を生きているといえる。そして進もうとした意志が、見ようとした景色が見れるチャンスを与えてくれるのであろう。
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晴れた空の青さすらもう
雨に呼ばれた虹の行方も
見えたはずの光を見落とし
その目で今を追いかけていた あぁ
≪決戦前夜 歌詞より抜粋≫
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ようやく自分が信じるに値する答えを見つけたとしても、全て終わってみないとそれが本当の答えであったかは分からないのが人生である。
自らが信じた答えの為に進もうとするあまり、見逃してしまった幾重の可能性もきっとあるはずだ。
しかしその可能性さえも、掴んで最後までたどり着かなければ、本当の答えであったかどうかはわからない。
ならば、今その瞬間の心を信じるしかない。
それが本当に正しいかどうかという真実を度外視して、ガムシャラに信じるものだけの為に進むことこそ、人生においての必要な一つの正しさであり答えなのだ唄っているのだと考えられる。
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こんなに寂しいから笑えるように
全てを捨てたから進めるように
呼吸のように過ぎ去る日々だから
抱きしめて 今
この決戦の地に僕は立っている
生きている
≪決戦前夜 歌詞より抜粋≫
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どれだけ強い悲しみに襲われて泣いても、理不尽に過ぎ去っていく日々だから、自らの心で信じる答えの為に、一日一秒一瞬を抱きしめて大切にしていこう。そして、信じるモノの為に、その一瞬に挑み続けよう。
いつだって、誰もが何者かになれる。そのキッカケは何処にでも転がっている。
だから何処だって世界に挑める決戦の地であり、いつだって決戦の日であり、決戦前夜になりえるのだ。そういった想いを最後の節から感じることができる。
力強いメッセージが随所に込められたこの曲は、理不尽な日々の中で自分を見失いそうな全ての人の側で、道を照らしてくれる歌になるといえよう。
TEXT 京極亮友
2017年、本格的なライブ活動を開始。 ⾃主制作⾳源「魔法」がTOWER RECORDS 新宿店バイヤーの⽿に留まり、同年12 ⽉に同店限定シングルとして急遽CD 化、期間限定販売 (現在は販売終了)。 2018年7月4日、初の全国流通盤となる1st mini album 『EMBLEM』を発売。 構想約2年かけて、Sanoが紡ぎ···